第11話

「……大丈夫ですけど……、いりせさんどうかしたんですか?」




 シアラの肩をつかむ勢いで、問いかけてくるいりせはやけに鬼気迫っている。




「その、大丈夫なら大丈夫だと思います……」




「?いりせさんって、魔法が使えるんですか?」




「魔法は……その使い方を習ったことはないんです。ただ、思わぬところで魔法、のようなものが勝手に動いてしまうことがあって。その、暴走というか……」




「暴走、ですか?」




「はい……以前それで、大きな迷惑をかけてしまって……。私個人の問題ならいいんですけど、どうも私の能力は他人の『力』を勝手に使ってしまうんです。その時はぎりぎりのところで止めることができたのですが、暴走の度合いによっては、その人の命を奪うこともありうると。前の世界でも、それが問題になって……」




「あー」




 シアラは納得した。なるほど、確かに魔法の暴走は危険だ。


 しかも、自分の『力』ではなく、他者の『力』を奪うとなると……。




「私は魔女で魔力も多いから大丈夫だったってことですかね」




「そういうこと、なのかもしれません……」




 しょんぼりした様子のいりせに、シアラはどう声をかけていいか悩んだ。


 シアラのような魔女は『力』を持つものだ。使い切っても生きていれば、すぐに戻るし、器も大きいので常に一定量を保持している。


 しかし、この世界の普通の人間は『力』を持っていない。


 いや、持ってはいる。人の持つ生気が『力』ともいえるのだ。しかし、それは魔女とはもう大きさが違う。


 魔女が海や湖のような量の『力』を常に持っているとすれば、普通の人間はコップ一杯をもっているかどうか。




(確かに、その能力はだいぶ危ない……)




 魔女は生気とは別で貯めることが出来るので、使い過ぎてもそう困ることはないが、普通の人間では生死に直結するだろう。


 だから彼女はこの屋敷にいるのか。




「本当にすみませんでした……」




「いや、ステッキはなくした私も悪いので……」




 シアラはうなだれたいりせに、そう声をかけるしかなかった。




 シアラは部屋に戻り、行儀悪く勢いをつけてベッドに転がってから、嘆息する。




(色々いるんだなぁ……)




 いりせはシアラがはじめてであう、母以外の魔法が使える存在だ。


 魔女はお互いに近づかない。魔女同士が直接会うのは年に一度だけだし、連絡を取るのも半年に一度ほどらしい。それ以外はそれぞれの住処でそれぞれの好きなことをして生活している。


 シアラだって、母たる魔女と最後に直接会ったのは二年前。小学校のころ。


 母が去ったのは、突然だった。




(普通の人間になりたかったわけじゃない。そんな自分は想像できない。それでも)




 自分は母に捨てられた。母が自慢の創造物といっても、正直母の狙った目的――魔法少女になることを果たせなかったのがシアラだ。


 正直、それが未だに魔女になりきれないもの原因の一つだと思っている。


 魔法少女という存在を作れなかった母はさっさとシアラを捨てて、どこかに行ってしまった。そして、今はもう、以前のように『人間らしく育ち、魔法少女として振る舞う』よう言い聞かせるのではなく、早く一人前の魔女になれという。そして、魔女になるのだからわざわざ高校や大学に行く必要はない。それでもいきたいのであれば、自分の力でいきなさい、と。




(私はどうしたいんだろう)




 わからなくなる瞬間がある。


 魔女であれば必要ないのかもしれない。学校教育なんて。『普通の人間』と同じような生活なんて。


 でも、シアラはここしか知らない。魔女の生活なんて知らない。魔法を使うことができても、この日本で生きてきたただの中学生とおんなじなのに。


 結局やりたいことは変わらない。魔女であることは捨てられない。しかし、人間の生活を捨てるのも、――何かが違う気がする。


 魔女は基本的に繁殖しない、増えない生き物だ。


 定数を守っているわけではないが、自身以外の存在を必要とすることはほぼない。


 そんな中、シアラの母だけが百年ぶりに魔女の子をつくったと話題になったほど。また、シアラ以降、魔女の子は産まれていない。つまり、この世界に存在するシアラを除く魔女は少なくとも百十四歳以上。


 魔女たちは人に紛れるが人を愛さない。人を知ろうとしない。知る必要もないと思っている。しかし、シアラは魔女も人の価値観を覚えるべきだと思う。




(私もそんなにしっかりできてないけど……)




 人付き合いは苦手だし、出来るだけ近寄りたくないし。


 それでも、いま、シアラはここにいる。形ばかりとはいえ、人の社会になじみ、学校に通い、生活している。魔女であり、人の感覚も持っている。それが、大事なことだとシアラは思っている。




(それに)




 例え、人が苦手でも、嫌いにはなれない。だから、シアラはここにいる。


「まぁ、魔女であることも捨てないけど!」




 そうだ、魔女らしく自由気ままに使えるものは全部使って自分にやりたいことをやりたいようにやりきってやる。


 それが魔女だ。




(調停者だの異世界からの転移者だの、この際全部知ったこっちゃない)




 私が私でいられればそれでいい。こんなピンチ、あるもの全部使ってやる。




「しかし」シアラはドアをみた。




「藤峰――さんって、声聞く限り男の人だよね?成人男性が異世界から来たばかりの身寄りのない若い女の子にメイド服着せて、ご主人様って呼ばせてて、仕事とはいえ中学生の監視をしてたってことだよね……」




 ちょっと背筋がぞわぞわする。




「この家、とまって大丈夫なのかな」




 シアラの疑問は誰にも聞かれることはなかった。








 夕食は春巻きだった。上げたてほやほや。アチチとなりつつも、ジューシーなそれを満喫して満足してから、思い出したように鴉の服についてどうしようかと相談すると、すきなくいりせに「用意しておきました」と微笑まれた。


 夕食の席に藤峰はいなかった。忙しいといっていたので、残業があるのかもしれない。




(明日の朝には帰ってきてるかな……あいさつしないとな。しかし、服のサイズはご主人様と同じだと思うので、か)




 夕食後、シアラは鴉の部屋に顔を出した。




「開けていい?」




「好きにしろ」




 シアラがクローゼットを開けて指さすと、鴉はうなずいた。


 クローゼットの中には、数は多くはないが、パジャマにシャツにワイシャツにスーツ、ズボン、ジーパンに短パンと色々な種類の服がそろっていた。




「着てみたの?」




「あぁ、いりせが部屋に案内した時に着てみろって言ったから何着か。サイズはあってたぞ」




「ふーん」




 鴉は長身だ。シアラより軽く頭一つは大きい。つまり、ご主人様なる人物も鴉くらい大きいということか。




「……布地もいい素材ね……」




 手を突っ込んで触ってみる。未使用に見えるし、高級な素材でできているようだ。流石お屋敷のご主人様ということか。




「姑みたいに家探しするのはやめて、そろそろ今後の話をした方がいいんじゃないのか?」




「ぐ」




 鴉の言葉にシアラは動きを止めた。何故この鴉は鳥類のくせに、こういう言葉を知っているのだろうか。




「で、これからどうするんだ?」




 ベッドに座り、シアラを見上げる鴉を見ながら、彼女は腕を組んだ。




「ステッキを探す、しかないわね。探して、見つけないとどうせ満足に魔法も使えないし」




「まぁ、シンプルでいいな。そういえば、今日使ってたやつはどうだ?場所探すやつ」




「これ?」シアラは腕を上げた。「もう壊れかけ。ま、あと何個かはあるけど……」




「早く見つけたほうがいいことに変わりはないな」




「そういうこと」




 鴉の言葉にうなずく。




「そういえば、お前の母親の話を藤峰がしていたが、連絡はもうしたのか?」

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