第5話
「まって…!……うぐ」
シアラは声を張り上げようとして人目に気づき、口を閉じる。
目立つことは得策ではない。
何しろ、ここはシアラの通う中学校からさほど離れていない。よくクラスメイト達が友達同士で遊びに行く約束をしているような繁華街なのだ。
(知り合いがいそう……!)
夏休み明けに変な話題になることが、一般人にとけ込む魔女としては避けたい事態だった。人との関わりを最低限にしておきたい。関わってもいいことないし。
首を振っていやな妄想をはじき出す。そして、人混みをかき分けつつ、じりじりと黒いワンピースを追った。
目標がなかなか近づかない。こういうときは、自分の身長の低さにいやになる。
母は背が高いのだから、シアラもいつかは大きくなるはずだけれども。
(そういえば、さっきの鴉って大きかった……)
少しでも高いところから見れば、メイドの位置がもうちょっとわかるのではないか、そう思い、シアラは振り返ったが、鴉の姿は見えなかった。
慌てて前後左右を見渡すが、どこにもいない。
(はぐれちゃった……⁈まぁ……ちょっとなら大丈夫でしょたぶん。先にメイドを捕まえたほうが優先……!)
不安が全くないわけではないが、まぁ、少しの間だったら大丈夫だろう。少なくとも、彼の身体にはシアラの魔力がにじみ込んでいるため、居場所はある程度わかる。まずはメイドからステッキを取り戻す事が重要だ。
「す、すみません……すみません……っ」
小声で謝りながら人混みをかき分け、いったん道の端により、人混みから外にでる。
そして、人の少ない通りを歩く黒の後ろ姿を見つけ、シアラは速足になった。
「みつけッ、……あれ?」
違和感を覚えたのはそのときだった。
確かに追いかける後ろ姿は黒のワンピース姿だった。しかし、頭の上の白いものはリボンだ。そして、どう見てもエプロンはしていない。
(もしかして、脱いだとか?いやいや、外では脱がないよね……)
さりげなく歩調を落とし、シアラは黒のワンピースを追い越しつつ、腕輪を見る。
(げえ)
腕輪の反応が鈍い。ステッキから遠ざかっているのだ。
追い越した顔をちらりとみても、あのときみたメイドとは別人だった。
(うわぁああ、やっちゃったああああ)
後悔先に立たず。シアラは通りがかった自動販売機に用があるふりをして、立ち止まり、黒のワンピースが通り過ぎるのを待った。
通り過ぎたワンピースの女を後ろからじっとりした目で眺める。私の、馬鹿。
本日何度目かのぼやきに、肩を落とし、今きた道を帰る。
今日はついてない。本当についてない。
(あぁ、馬鹿はどこいったんだろう)
私がこんな思いをしてるっていうのに、あの馬鹿は。
「早いなぁ」
走り去るシアラをながめながら、他人事のように青年――鴉は延びをした。そして、後を追おうとする、と。
「きゃっ」
「おいねーちゃんきをつけろよなぁ」
横から声が聞こえた。鴉が声の方向へ目を向ける。
女が八百屋の前で人とぶつかり、手に持った袋からタマネギを、店頭に並べられたリンゴを落としたようだった。
リンゴがコロコロと転がり、歩行者を縫って鴉に近づく。
鴉は足下に転がるリンゴを拾い上げた。そして、女に近づき、地面に手を伸ばす彼女の手を掴んだ。
「ほら」
その手にリンゴを渡してから、路上に転がったままのタマネギも拾い上げ、袋に入れ、それも手渡す。
「あ、ありがとうございます」
「気にするな」
頭を下げた女に軽く手を振り、鴉は彼女から遠ざかり、人混みにまぎれる。
そして、さりげなく女を助けた際に隠しとったリンゴを懐から取り出し、歯をたてた。
(おいしいな)
先ほどからリンゴが食べたくなっていたので、女のタイミングはちょうどよかった。
鳥の姿であれば、飛んで逃げることができるものの、人間の姿に慣れていない今、盗んで走って逃げるのは、避けたかったのだ。
(そういえばあの魔女はどこいったんだ)
ぼんやりと思いながら、同時に首を傾げた。
(そもそもメイド服って、いったいどんな奴なんだ?)
騒がしい若い魔女の話を聞くばかりで、メイド服なるものについて確認していなかった。
そういえばシアラの追った姿も黒い服だったが、タマネギを落とした女も黒い服だった。思い起こそうとするも、リンゴの方に気がいっていたために女はあまり記憶に残っていない。
実は黒いワンピースに白いエプロンとヘッドドレス。それは彼らが探しているメイド、六月いりせそのものであったが、もちろん、元カラスたる彼にはわかるはずもなく、
まぁ、いつかはみつかるだろう。楽観的に彼は考える。ただ。
(どうして、あのステッキを狙ったのか――、か)
そういわれると、魔女に伝えたように、キラキラしていて綺麗だったから。以外に理由はない。ないのだが……。
(あの見掛けないやつらは、なんで魔女のステッキをもらうつもりだったのか)
見掛けない鳥だった。少なくとも、同族――カラスではない。雀でも、鳩でもない。
(まぁ、どうでもいいけど)
してしまったことも、おきてしまったことは変わりない。
(せっかくだから魔女に恩を売るのもいいだろうし)
鴉は余計なことを考えるのをやめた。
「そ、それがメイド服ってやつ!あんた馬鹿なの?!」
シアラは自分と離れている間のことを鴉から聞き、頭を抱えて小声でうめいた。
シアラと鴉は今、繁華街のはずれにあるファストフード店にいた。
「いや、聞いてなかったからな」
向かいの席に座り、ストローでオレンジジュースを飲みながら鴉が肩をすくめる。
顔がいいせいで無駄に様になる姿に苛立ちが増す一方だ。
「聞いてないじゃないわよ、私に最初に確認したらいいじゃない‼メイドって何ですかって‼」
「見たらわかるかなって」
「わかってないでしょーが!」
激しく突っ込んだシアラだったが、まわりからの視線に気づくと、口を閉じ、顔をしかめながら肩を落とした。
目の前のテーブルには、エコからほど遠い大量の紙ゴミがある。これらに包まれていた不摂生きわまりない小麦粉と油と肉と申し訳程度の野菜の集合物体は、すでに腹の中だ。味はしつこく、癖になる。さらには普段食べないものだから少し胃が重い。
シアラは小さくつぶやいた。
「もう、なんなのよ……」
合流したとたん、「おなかが空いた」と言い出した鴉にこめかみをひくつかせたものの、シアラは自分も空腹であることに気がついた。
そういえば、今日は朝から何も食べていなかった。
すぐそばの喫茶店(高め)ではなく、少し遠いファストフード店に入ったのは、少しでも金銭的に楽をしようとしたからだ。
(ここなら割引券が……)
生活費を母の気まぐれ不定期な送金に頼っている身としては、金銭の負担はゆゆしき事態であった。
そういう事情はまずは一人前をぺろりと平らげた鴉の、「まだ足りない」という言葉に破壊された。我慢しろといえば、まぁ、我慢できないこともない。という彼に安心してみれば、また、盗めばいいなどと不穏な発言が聞こえた。シアラは嫌な予感がした。
詳しく聞けば先ほどリンゴをくすねたという。
おまけに、その話をさらに聞けば黒のワンピース姿の女と出会ったという。
そこまで聞いたあたりで鴉が真顔でいった。
「おなか、まだ空いてるんだけど」
もう一セットは割引が利かなかった。そして、現在に至る。
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