第6話

「なんなのよもう……魔法はうまく使えないわ、カラスは人になるわ、メイドは行方不明だわ、何なの、私なんかしたっけ」




 シアラの言葉を無視し、鴉はフライドポテトをつまんだ。その姿を恨めしげにみつめるも、同時に目に入った新しい客にシアラは眉をひそめた。




(やば)




「どうした?」




「だまんなさい」




 鴉は首を傾げた後、シアラが見たほうに視線を向ける。


 シアラは魔道具に『力』を通した。焦って少し強引に魔力を通したせいか、魔道具が少しゆがむ気配を感じる。




(間に合え……)




 どうにか安定させ、一息つく。これでシアラの周囲の空気が少しゆがみ、あちらからはシアラのことが見えなくなったはずだ。多分。


 シアラは鴉で顔を隠すようにしながらこっそりうかがう。


 レジの前で三人の少女がメニュー表を見ている。シアラと同じ年頃の少女たちだ。


 くすくすと笑いあっている彼女たちは、シアラがいることに気づいていないようだ。




「お前何してるんだ?」




 鴉はいった。




「隠れてるの」




 おもしろそうに眺めてくる鴉をにらんでから、シアラは再び顔を上げ、確認する。




(同じクラスの、えっと学級委員長の御厨さんとええと、中屋さんと遠田さんだったよね)




 シアラが見ている間に、少女たちが買い物を終え、店を出ていった。飲み物を買うためだけにはいったらしい。ほっと一息ついて、魔法を解く。


 さっきは見つかりたくないあまりにとっさに魔法を使ってしまったけど、あの様子だったら、別に魔法を使わなくてもよかったかもしれない。


 シアラは腕にはめた魔道具をみた。『力』の通し方が悪かったせいで、少し回路がゆがんだようだ。




(もう、この魔道具、使えないかも……)




 家にもう何個かあるので、当分は大丈夫だろうけども。




「さっきのは知り合いなのか」




 鴉の言葉に、シアラは頷いた。




「クラスメイト、――あんたにはわかんないか。ただの知り合い」




「仲悪いのか」




「悪いというか、私が興味なくて、あっちが中途半端にあるだけ。関わりたくないけど、あっちが関わりたがるのよ」




「へぇ」




 中屋と遠田はともかく、学級委員長の御厨はシアラにかまってくることが多い。多分、学級委員長だから、一人でいるシアラが心配になるのだろう。厚意はありがたいが、正直放っておいてほしい。


 色々あって、小学校の頃の知人とは距離をとっている。中学校では最初から人との関わりを減らそうと思っていたのに、何故か近寄ってきてしまう人がいる。




(どうせ、関われば関わるだけ辛くなるだけなのに)




 興味は抱かれないほうが楽だ。もっとシアラが器用だったら、よかったのかもしれない。


器用に相手に嘘をつき、魔女であることを隠しきって、なおかつ、利用する。そうできればきっと一番いいだろう。


 でも、シアラは器用ではない。そうなると、まずは近づかないのが一番いい。


 お互いのためにも。




「――魔女って、あんまり人間と関わっちゃいけないと思うの」




「そうかもな、異分子は集団からは省かれる。当然だ。それを自分で避けるのは賢いと思うぞ」




「……何でそんなにあんたが偉そうなのよ」




 鴉の言葉にシアラは頬を膨らませ、視線を外した。


 言った後で恥ずかしくなる。こんな人間でもないような奴に、自分は何を言っているのだろう。


 ちっぽけなプライドだって、守らなければ自分を見失う。


 それが本当に守るべき価値があるものなのか、正直よくわからないところはあるものの。


 シアラは気持ちを切り替えるため、コップに入ったジュースを飲み干した。




「ともかく、もう今度こそ見つけるわよ」




 シアラは机の上に、コップを置きながら言った。鴉はうなずいた。








 しかし、そう簡単に見つからないのは、やはり、今日の運のなさが影響しているのかもしれない。




「人が多すぎる……」




 夏休みに入って曜日感覚がなくなっていたが、よく考えたら今日は休日だった。おまけに、この繁華街はめちゃくちゃ広くて入り組んでいる上に、空調設備が良く、真夏なのに非常に過ごしやすい環境になっている。みんな集まるわけだ。


 こんなところで奇抜な格好とはいえ一人の人間を探すなど、無謀に等しいのではないか。




「確かに邪魔な位に多いな。飛べればもう少し探しやすいと思うんだが……。人間は空を飛べないから厄介だな」




「ここアーケードだし、地下もあるし、飛んでも危ないだけでしょ」




 鴉をにらんでから、シアラはため息をつく。




「……よく考えたらメイドを見かけたバス停で待っててもよかったのかも。あーでも帰ってきたらステッキ持ってなかったとかだったら……」




 色々考えると、自分の馬鹿さ加減に嫌になる。まだギリギリ動いている魔道具は一応この繁華街の中にステッキがあることを示しているので、やはり地道に探すしかないのだろう。




「そもそもなんでステッキ持ったままどっか行っちゃうのよ……、あ、もしかして、――警察にもってくつもりとか?」




 もしそうなら警察署なり交番で聞くのもありかもしれない。




(確かどっかに交番があった気がする……)




 シアラが交番の場所を思い出そうとした瞬間、鴉がシアラの肩をたたいた。




「おい」




「ちょっとまって。今、交番の場所を思い出そうと……」




「お前がさっきいってたメイド服ってあいつか?」




「え?どこ!」




 シアラは鴉の指さす方向を見た。


 黒のワンピースが見えた。今度は間違えないよう、ちゃんと細部まで確認する。十メートルほど離れたところに、黒のメイド服に白のヘッドドレス、確かにステッキを振ったメイドだ。


 それに、魔道具をみる。反応も近い。




「あれよあれ!いくわよ」




 シアラはメイドに向かって走り出した。




(人が多い……!……あ、路地裏?)




 人を避けながら近づいていくと、メイドが人影と一緒に路地裏に入るのが見えた。


 シアラは舌打ちをして、メイドが入った路地裏に差し掛かる。


 しかし、姿は見えない。




「あれ?」




「こっちだ、魔女」




 シアラの数歩前に出た、鴉が彼女に声をかける。




「大きな声でいうな!」




 シアラは言い返しながら追いかける。路地裏には更に入り組んだ小道があった。


 鴉を追い抜きながら足を踏み入れると、メイドがいた。




(やっと見つけた……!)




「あの!」




 シアラが声をかけた瞬間、メイドが振り返る。


 メイドが自分の見かけたメイドだったことに安心した。しかし、次の瞬間彼女と一緒にいる人影が目に入り、シアラは眉を寄せた。


 季節外れのダッフルコートに帽子をかぶった姿は確かに人の形にみえる。それでも、正面から見ればそれは人間ではなかった。鳥だ。灰色で黄色の目、濃い黒のくちばしがある。どう見ても人間じゃない。そして、この地球上に存在するものではない。


 あえていうなら、鳥人間か。




「て、転移者……?」




 思わずシアラはつぶやいた。


 シアラ、鴉、メイド、そして、鳥人間。四人が見つめあい、沈黙。


 次の瞬間、固まったままのメイドの横で鳥人間がかがめ、シアラへの距離を縮めた。


 魔法、それに準ずる力は感じない。ただの圧倒的な脚力だ。




「ひぁッ」




「危ない」




 逃げる余裕もなくシアラは身をかがめたとき、緊張感のない声と同時にシアラは腕を強く引かれた。バランスを崩して壁に手をつく。


 いつのまにか鴉がシアラの前に立っていた。




「ちょ、なんなの⁉あんた‼」




 謎の鳥人間は走り去っていった。




「か、鴉!」




「おいかけろってか?」




「そうよ!」




「なんで?」




「なんでってぇ……!あああ、もう、どっかいっちゃう!」




 シアラは慌てて路地裏から出る。しかし、左右を見渡してももう、先ほどの鳥人間は見えない。




(なんで、なんで今度は転移者っぽい不審者が……!……あ、ステッキ)




 シアラは慌てて路地裏に戻ると、メイドはまだそこにいた。


 おっとりした様子で、首をかしげる。――なかなか図太そうだ。




「大丈夫ですか?何か慌てていらっしゃいましたけど……」




「大丈夫だ。こいつはお前に用があるんだと。お前、さっきのやつよりこっちが優先じゃないのか?」




「ぐ」




 鴉の指摘にシアラは唇を噛んだ。


 そして、改めてメイドに向き直る。深呼吸。とりあえずステッキだ、ステッキ。


 ステッキさえあれば、さっきの鳥人間の調査だってできるはずだし。




「私、そのあなたを探していて。今日、ここに来るバスにのるとき、ステッキ持ってましたよね。白と金と緑で、桃色の宝石のついた」




「はい。もってました。――あれ、貴方、転んでいた子?」




「ひ」




 見られていた!恥ずかしさにシアラは顔を赤らめるも、ステッキステッキと頭で繰り返し、メイドに向きなおす。




「あ、あの、その、あなたの拾ったステッキ、私のなんです。だから返してほしくて!追いかけてきました!」




 メイドは驚いたように目を丸くした。




「うそ。似たようなこと、さっきの人にも言われました」




「え?!」




 さっきの人って、鳥人間か。嫌な予感にシアラは顔を引きつらせる。




「そ、それで、ステッキは」




「お見せしていたところであなた方が来られて……その」




 メイドは申し訳なさそうに眉を下げた。




「そのまま、持っていかれちゃいました。ごめんなさい、ちょっと状況がわからないんですけど、ま


ずかった……みたい、ですね?」




 メイドの言葉にシアラは青ざめた。




「うそ……」




 と、つぶやく自分の声がはるか遠くに聞こえる。




「転ぶぞ魔女。気をつけろ」




 つい一時間ほど前に母に言われた言葉が、脳裏をよぎる。




『まぁ、シアラちゃんはママの最高傑作だから、転移者なんかにやられたりなんかしないと思うけど♡』




 どの面下げてこの事態を母に報告すれば良いのか。




「はは、はははは……」




 乾いた笑いが聞こえる。これは自分の声だ。




 ――本当に今日はついてない。ついてない日だ。


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