第4話

(は、恥ずかし……)




 シアラは慌てて立ち上がり、脚についた砂をはたく。血は出ていない。だが恥ずかしさで顔が赤くなるのを感じる。よそ見をして転倒するなんて、小学生か。声を上げてしまったから、メイドがこちらに気づいてしまったかもしれない。見るのが怖い。




 ――私はステッキを探すの!……あぁ、こんな時に役立つ使い魔がいればよかったのに。この際カラスでもいい……。




 自暴自棄義気味に思いながら、立ち上がり、何事もなかったかのように歩き出す。そして、再び腕の魔道具に目をやった。




「――あれ?」




 目的の地点はいつの間にか後方にあった。


 振り返る。


 メイドのいるバス停にバスが止まっていた。シアラの位置からバスに乗り込むメイドが見えた。老人と楽しげに会話をし、唐突にバスケットから何かを取り出し、振った。




(あれ、あれ?あれ!)




 見覚えがあるステッキに、心で叫んだ瞬間、フッと力が抜ける感覚がした。




(え?)




 魔力が使われた。そう気づいて混乱する。


 安全策は?なんで?シアラは慌てて、メイドに向かって叫んだ。




「っ、それ私の――!」




 シアラの声と同時にバスのドアが閉まり、走り去っていく。




「うそ」




 シアラはそれを眺め、立ち尽す。


 その時だった。




「おぁっ」




 男の声が頭上から聞こえた。揺れる樹、舞い落ちる葉。落下してくる黒い影。




「ぎゃあっ」




 シアラは頭を抱えて、悲鳴を上げた。その横に影が落ちる。


 ぶつからなくてよかった。でも、一体何なんだ?そう思いながら、恐る恐るシアラは自身をかすめるように道にたったものを見た。


 それは黒のパーカー、黒のズボン、黒の靴に黒の髪、瞳も黒で、ただ、肌だけが白い青年だった。




(なにこれ)




 顔に見覚えはない。ただし、彼の纏っている『力』には覚えがある。


 シアラの魔力だ。というか、青年とシアラは魔力のパスがつながっている。この感覚はもしや。




「あんた……」




「さっきの」




 ――私の使い魔、みたいな感じになってる?というか、今の何。


 シアラは不測の事態に、メイドを追いかけるのも忘れて、固まった。






「もう、なんでこうなるかな!!」




 シアラは憤慨しながらずんずん歩く。身長差による足のコンパスの違いにより、いくらシアラが早足になろうが、相手のペースは変わらない。それが非常に腹立たしい。


 同行者はシアラの独り言に口を挟んだ。




「お前の魔法が使えないのが悪いんじゃないのか?」




「違う、魔法は使えてる!精度が弱いだけ!ちゃんと説明したでしょ!」




「俺がお前のところから盗んだあのキラキラしてるやつがないとお前は魔法使えない。だからそれを探してる。んでもって、そのステッキはお前じゃないと魔法が使えないはずが、何故か、拾った女が触ったら、魔法が使えて、俺が人間の姿になった。ってやつだよな?」




「わかってるじゃない、じゃあいいでしょ。あとはステッキを探すだけ!ステッキさえあればあんたをカラスに戻せる!それで協力関係は終了、使い魔契約もどきも終了!それだけ!」




 眉を寄せながら吐き捨てるようにシアラが言うと、カラスだった青年――鴉(仮)は「ふーん」と特に興味がない顔でうなずいていた。




「ねぇ、本当にあんた、ステッキがキラキラしてたから盗んだだけなの?」




「そうだ。小さかったのに、なんか途中でデカくなったせいで落としたけど」




「私から離れたせいで、魔法が途切れたんだ……。っていうか、普通部屋の中にまで入って盗む⁈あんた、野生動物でしょ?危険すぎるでしょ?」




「――まぁ、そうだけど。でもカッコよく見えたんだよな。なんか、他のやつも同じこと言ってたし。だったら、先に盗っておこうと」




 飄々とした様子の青年は答える。


 そんなどうでもいい好奇心のせいでこんな事態になるとは。だいぶシアラにとって嫌な話だ。




「何それ!流行に流されやすい女子高生かお前は!?……ていうか、そもそも何であのメイドに私のステッキが使えるのよ……」




 メイドは人間に見えたが、転移者なのだろうか?しかし、そうなると彼女は何故カラスと人間の姿に変えたのか。




(私が使い魔ほしいって思ったから……?)




 正直納得的ないところがたくさんあるが、そういう理由しか浮かばない。


 突然現れた青年こと鴉に驚いた後、メイドを追うことを思い出したシアラは、鴉を引きづって、バスを追いかけた。


 道中、意思疎通を図ると、青年は『自分はカラスであり、そもそもお前のステッキをいただいたのは自分。うっかり落として、やっちゃったなーと落とした付近の樹で休んでいたら突然人間になった』等と、とんでもないことを言い出した。




――そうして、今に至る。




 鴉が何故人間の姿になったのかよくわからないが、シアラの魔力をまとった姿で放置するわけには行かない。少なくとも、言葉は通じるし、使い魔のような状況になっているためなのか、シアラのいうことには一応従っているので、まぁそこに関しては本当にありがたい。


 それにしても、この状況。自分の魔法の後始末は行わねばなるまい。自分が行ったわけではないとはいえ、鴉は確かにシアラの魔力を帯びているし、使い魔のような状況になっていることに変わりはない。


 母に言われた通り、魔女だって好き勝手やり過ぎれば、調停されるような立場にあるのだ。




(……それ以外にも、人目ってもんがある……!動物の姿を変えるのは禁呪じゃないけど、それって使い魔として支配下に置いている場合に限るし、好き勝手されたら魔女のプライド云々の問題も発生するし、えっと……)




 指折り数えてもイヤになるくらい問題だらけだった。一応元カラスの青年はやけに物わかりがいいらしく言葉もわかれば、意思疎通もできる。いうことも、文句は言ってくるが聞いてくれる。




(私の魔法がすごいって事にしておこう……)




 あのメイドが何者で、何を考えてステッキを振り、何がしたかったのか全く訳が分からないが、それだけは行幸といえる。




(今日は何もかもがうまくいかない……)




 シアラは大きく息を吐いたところで、目的地に着いたことに気が付いた。




「ついたわ」




 シアラは気持ちを切り替えるように周囲を見渡した。簡易魔道具の腕輪はこの付近にステッキがあると告げている。


 問題は、ここは繁華街であり、人が多すぎることだが。


 若者向けの服屋の隣に紳士靴を売る店、古めかしい古本屋の隣に、はやりの石鹸屋、などと節操のない商店街の様子にシアラは仏頂面で、鴉はふらふらと視線を巡らせた。


 女子中学生と青年の組み合わせは、両者の外見の派手さと相まって非常に注目を浴びていた。


 しかし、割り切ったシアラは自分のステッキの行方に集中しているし、鴉はもとより人目など気にしない。


中途半端な距離を開けて、二人は繁華街に足を踏み入れた。




「メイド服よ、絶対見つけなさい。そしたら、あんたも戻してやるわ」




「はいはい」




 シアラは真剣な顔で、腕輪を眺める。


 うん、わかりづらい。しかし、方向はあっている。そんな気がする。よし。……あれ。


 顔を上げて周囲を見渡したシアラは足を止めた。それにつられて、鴉も立ち止まる。




「どうした?見つかったか」




「あれじゃない……?」




 指さした先には黒のワンピースの後ろ姿。




「早く捕まえないと!」




 鴉の返答を待たずに、シアラは人混みに紛れていく後ろ姿を追った。


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