第十二話


 雨音に連れられて次に向かった場所は遊園地だった。

 雨音と遊園地に来るのなんて小学生以来の事で楽しみにしている自分がいる。

 園内は休日という事もあってか子どもから大人まで沢山の人がいてかなり混んでいた。

「うへー、人が多いねおにいちゃん」

 参った様子で言う雨音。おそらく、ここまで混んでいるとは予想外だったのだろう。

「そうだな、はぐれるなよ?」

「おにいちゃんがちゃんと手を握ってくれてれば大丈夫だよ」

「そうだな。んで、どこから回る?」

「まずは遊園地のど定番、ジェットコースターだよ」

「まじか……」

 雨音に聞こえないほどの小さな声で呟く。

 俺は絶叫系が苦手なのだが雨音はその事を知らない。

 なぜなら昔来た時は雨音がまだ小さく、身長制限で乗れなかったからだ。

「どうしたのおにいちゃん?早く行こ?」

 心配そうにのぞきこんでくる雨音に俺は「ああ、行くか」と言ってジェットコースターのある場所に向かって歩き始めた。

 ここで断らなかった理由はもちろん雨音に楽しんで欲しいからだ。

 ジェットコースターのある場所に来ると案の定たくさんの人が並んでいて、待ち時間が書かれている看板を見ると一時間待ちと書かれていた。

「うわぁ、結構時間掛かりそうだね」

「諦めて他の場所回るか?」

「わたしは別に並んでもいいんだけど、おにいちゃんはどう?おにいちゃんが嫌って言うならあきらめるけど」

「俺も並んでいいぞ」

 遊園地は待つのが醍醐味とも言うしな。それに雨音となら待ち時間もそこまで苦ではないのは明白だ。

「わーい、やったぁー」

 満面の笑みを浮かべて抱きついてくる雨音。今日初抱きつきだ。

 他愛のない話をしていると案外早く俺たちの番が回ってきた。

 よりにもよって最前列になってしまった……。

「楽しみだねおにいちゃん」

 隣では雨音が目をキラキラと輝かせて今か今かと待ち望んでいる。

(大丈夫だ怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない)

 そんな中俺は心の中で自分にそう言い聞かせていた。

 こうすれば少しは怖くなくなるはずだ。

 そんな努力も虚しく、怖いものは怖いままでみっともない叫び声を上げるのだった。

 ちなみに隣にいた雨音は楽しそうに声を上げていた。




 ジェットコースターを乗り終わったあと、俺は近くのベンチで敗北したボクサーのような感じで座っていた。

「はい、おにいちゃん」

 雨音が近くにある自販機で買ってきたであろう水を手渡してくる。

「ありがとう、雨音」

「っていうかジェットコースター乗れないなら言ってよねー」

「悪いな心配かけて、今日はいける気がしたんだけどな」

「もー、なにそれーバカなおにいちゃん」

 「あはは」と楽しそうに笑う雨音。

「よし、だいぶ回復してきたし他のとこ回るか」

「うん!じゃあ次は……ここ!」

「ん、了解」

 俺たちは次の目的地に向かって歩いていった。




「ねぇ、おにいちゃん。トイレ行ってきていい?」

 雨音がそんな事を言ってきたのは半分ほどアトラクションを回った時だった。

「おう、いってら」

「ありがとうおにいちゃん。待ち合わせ場所はここね」

「ん、わかった」 

 そんな訳で三十分程待っていたんだが……

「戻ってこない……」

 遊園地の女子のトイレは列が長く、時間が掛かるのは知っているんだが、さすがに遅すぎる気がする。電話にも出ないからなにかあったに違いない。

 俺はいち早く雨音を探しだすために走った。

 少し走った先にガラの悪い男二人が雨音を囲んでいるのを見つけた。おそらくナンパっていうやつだろう。

 雨音が俺の事を見つけるやいなやガラの悪い男二人の間を潜り抜けて俺の方まで走ってきた。

 すぐさま俺の後ろに隠れさせる。

 雨音の事を諦めきれないのかガラの悪い男二人が俺たちの方に近づいてくる。

「俺の連れだから諦めてくれ」

「ふーん」

 品定めする目で見てくる男二人。

「はっ、こんな男より、オレたちと遊ぶ方が楽しいぜ、ほら、こっちこいよ」

「た、助けておにいちゃん」

「任せろ」

 さて、どうしようか。殴り合いなんて絶対勝てないし、こういうやつらには話も通じなそうだ。じゃあもう、手段は一つしかない。

「しっかり手、握っとけよ」

「もしかしておにいちゃん……」

 雨音が最後まで言い切る前に手を引いて走り出した。

「もう、ダサすぎるよ、おにいちゃん!」

 雨音の呆れ声が聞こえてきた気がするが聞こえないふりをして、走り続けるのだった。




 走って逃げているとガラの悪い男二人は興味を失ったのか、追いかけてきていなかった。

「もう追ってきてないみたいだな」

 肩で息をしながら雨音の方に身体を向ける。

 すると、雨音が抱きついてきた。

「うぅ、怖かったよおにいちゃん」

 緊張が解けたのか嗚咽混じりにそう言うと雨音は泣き始めた。

 あぁ、相当怖い思いをしたんだな。

 俺は雨音の頭を優しく慰めるように撫でた。




 雨音が泣きやんだのは日が傾き始めた頃だった。

 時間も遅くなってきたし、俺たちはそこで切り上げて帰る事にした。

「うぅ、めちゃめちゃ恥ずかしい」

 顔を真っ赤にしている雨音。

「昔だって俺に抱きついて泣いてたんだから今更だろ」

「むっ、今と昔は違うじゃん色々と」

「そうか?雨音は昔から全く変わってないぞ」

「おにいちゃんは気づいてないかもしれないけど色々と変わってるんだから」

 ない胸を張って主張しているが、やはり何が変わったのかさっぱりだ。

「……変わってないな」

「どこ見て言ってるのさ、おにいちゃんのエッチ!!」

 そんな会話をしていると家の前まで来ていた。

「そういえば今日は珍しく母さんが帰って来てるんだったな」

 そう呟いてドアノブに手をかけると雨音に「待って」と言われた

「どうした雨音?」

「ちゃんとお礼を言いたくて」

 ひと呼吸おいて雨音は話し始める。

「今日は色々とありがとうおにいちゃん。来てくれた時、ほんとにかっこよかったよ、まぁ、逃げるのは少し、かっこ悪かったけど」

 それでね、と雨音は続ける。

「これは感謝の印だよ」

 その瞬間、雨音が俺の頬にキスをしてきた。

 茫然と立ち尽くす俺の横を通りすぎて家に入る。

「ただいまー!」

「おかえり雨音、今日の夜ご飯は唐揚げよ」

「わーい、やったぁー」

 リビングの方から話し声が聞こえる。

「ところで友義はまだ帰って来ないのかしら」

「おにいちゃんならもうそろそろ帰って来るんじゃないかな?」

 そんな会話を聞き流しながら俺は落ち着くために一旦家から離れるのだった。

 俺は自分が思っている以上に雨音の事が好きなのかもしれない。



あとがき

近況ノートにも書きましたが不定期投稿になります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る