おじさんランド

光河克実

  

 西暦2030年代前半、45歳を超えた全ての男性サラリーマンはオジサマとおじさんに選別される時代になった。

 身長180センチ以上の高身長、腹が出ておらず、髪はロマンスグレー、パチンコもたばこもやらず、飲酒においてもホッピーは口にせず、品性と教養を兼ね備え、同じ話を何度もせず、さらにその話も長くない紳士をオジサマ、それ以外は全ておじさんと定義づけられたのである。


 事の発端はある一流企業が行ったマーケティング調査だった。一般消費者(特に若い女性と子ども)は接客におじさんよりもオジサマを選びやすいという結果が出た。さらに社内調査によると自社のOL、若く有望な男性社員の大多数が、おじさん世代の繰り出す“若い頃自慢”や“だじゃれ”“オチのない話”に辟易とし、仕事のパフォーマンスが著しく低下しているという事が判明したのだ。これを受けて役員会は有識者の意見を参考に、オジサマとおじさんを選別、おじさんの烙印を押された社員は全員解雇という英断を敢行した。その結果、その企業イメージは著しく上昇、社員の作業効率も上がり大いに収益を上げたのである。

 

 このことは他の企業にも大きな影響を与えた。各社その時流に乗り、経団連、政府も後押しした。こうして全てのおじさんは解雇され、そのまま地方の農場に放牧されるか各都道府県が用意した施設に監禁された。その施設は東京ドーム約3個分の大きさで、そこに入れられたおじさんにはスポーツ新聞と綴じ込み付録のついた週刊誌が与えられた。食事では朝は玉子かけご飯かイチゴジャムを薄く塗ったトースト、昼間はラーメンか牛丼、またはA定食かB定食が与えられ、夜は酒とししゃもと焼き鳥が支給された。

 しかし、毎年増えていくおじさんをいつまでも施設にいれておくわけにもいかない。ある程度過ぎると順番でおじさんは食品加工工場に引き渡された。加工されて家畜の餌にされるのである。それは放牧されているおじさんも同様であった。(但し南京玉すだれの出来るおじさんと日本テレビで放映された第一作目の「ドラえもん」の主題歌を歌えたおじさんは免除された。希少価値が認められたのである。)


 この施設は通称“おじさんランド”と呼ばれ、見学できるようになっていた。来場した一般客はガラス張り部屋の中に生息するおじさんの生態を外から観察できるのである。競馬新聞に赤鉛筆で何やら書き込んでいるおじさん、リカちゃん人形に何やら話しかけているおじさん、施設のスタッフにくどくど説教をしているおじさん等など。

 見学者の若いサラリーマンたちは真昼間からY談を大声で話すおじさん達や赤ちょうちんの横で飲みすぎて吐いているおじさんを見て時に笑い、そして呆れた。家族連れの若いお父さんは子どもから

「パパはああはならないでね。」

と言われ

「大丈夫。パパはオジサマになるから心配しなくていいよ。」

と返答した。そして固く心に誓った。それこそがこのランドの狙いであり、おじさん化の抑止に繋がったのである。かくしておじさんは淘汰されていったのである。



 とある企業のオフィス。中年に差し掛かった男性社員がひとりデスクに向かって急ぎの書類を作成していた。おじさんが大量にいなくなり仕事量がことのほか増えて休む暇もなかった。彼はふと軽快にパソコンのキーボードを叩いていた指を止めた。一瞬そのリズムがかつて上司だったおじさんの謎の得意技・高速指パッチンを思い出させたのだ。

「あれは一体、何だったんだろう?無駄以外のなにものでもないよな。」

静かに笑いながらそう呟いた。それから再びキーボードを叩き始めた。その横を鬱鬱とした表情のオジサマが猫背で通り過ぎて行った。

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おじさんランド 光河克実 @ohk0165

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