逃げる

俺は、奴と同じ格好で、奴の目の前に飛び出した。驚いた奴は、俺を追いかけ始めた。こうなることは予測済み。俺は猛然と逃げを開始した。

急な加速に、右足が悲鳴を上げる。左足に力が入らない。それでも、俺は追われている。なんとか逃げ切らなければ。

逃げ始めてしばらくすると、沿道の声援が聞こえだした。「大修大学頑張れ」俺の大学名だ。今は駅伝中、奴はライバル。ちょうど見つけた給水所で、奴のぶんの水を取ってやろうとも考えたが、さすがにやめた。スポーツマンシップなんてとっくに捨てたはずなのに、おかしなところで出てくるもんだ。

「おい、お前」

そんなことを考えている間に、奴に追いつかれた。駅伝中だというのに、奴は俺のほうを見て、はっきりとした声で言った。

「なんで俺と同じ格好なんだ」

「だって、同じ大学じゃないか」

「お前は補欠だろう。選手じゃないはずだ」

ふん、と俺は鼻で笑った。

「お前なんかに選手の座を渡してたまるか。ここでは俺のほうが速いはずだ。沿道から出てきたぶん、体力が残っている。意地でもここは俺が走る。それに」

俺は後ろを振り返った。係員が追いかけてくる。

「沿道から出てきた俺は、係員からも逃げなければいけないからさ」



(お題:苦しみの人体)

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即興小説置き場 朽羊歯ゾーン @_KushidaZoon_

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