第50話 研究所解放後 4 白衣の男の正体とこれから
八神達が帰りの船に乗船する一時間前までさかのぼる。
川崎人工島に二十四区から捜査員や調査員を乗せて連絡船が到着した。
大勢の捜査一課と一緒に降りてきた研究員の中に、ニュー・ヒューマン特別課の主任研究員、飯田紘一の姿があった。八神達の姿を見ると年甲斐もなく興奮して小躍りしながら近づいてきた。
船内で川崎人工島の地下や新しく”ニュー・ヒューマン”と成った明音の事を聞いていたのだろう。そうでなければ、息を切らせて喜びの舞(不思議な踊り?)を踊るなどしていない。その滑稽な姿に誰もが冷たい視線を向けていたが、本人はそんなこと知らぬとばかりに目的の人物に一直線だった。
まさに餌に向かって猫まっしぐら、と言って良いだろうか?
しばらくして気持ちが落ち着いてから”ゴホン”と咳ばらいをしてからタブレット端末を取り出して”本題に”、と話を始めた。
本格的な検査は後日改めと言いながら八神と明音に簡単な経緯を聴取し始めた。特別な聴取よりも至極当たり前の聞き取りと言うべきかもしれない。どのようにこの場所に来てどうなったか、を聞くだけだったからだ。
そして、白衣の男について言及を始めると飯田の表情は影を見せ始めた。それが何を示していたのか、すぐに判明した。飯田がぼそりと呟いたからだ。
「なるほどね……。アナトリーか」
「アナトリー?」
飯田は手元のA4大のタブレットへと指を滑らせはじめ何かを見つけると、八神達に画面を反転させて一枚の写真を見せた。
ちなみに、一般的に引き出し式のロール画面を持った携帯端末を用いるのだが、飯田は画面に直接書き込む必要があるためにこの板タイプのタブレットを出してきたのだ。
真正面からではなかったが八神達が見た白衣の男とそっくりに見えた。白衣を身に着け何かの実験をしている様子の写真であったが、それが当人であると断定まで出来なかった。
二人が目撃した白衣の男はどう見ても老齢に片足を突っ込み始めた、そんな風体だと見えた。それと比べてしまうと写真の男は若く活力を身に纏っており顔つきが若々しかった。特にちらりと見え隠れする眼光の鋭さは群を抜いているほどに。
「この写真は二十年以上前、とある大学の研究室でアナトリーの友人が撮ったものだ。今のアナトリーとは当然違う」
「で、そのアナトリーってのは誰なんだ?」
やれやれと飯田は薄くなりつつある頭を撫でながら面倒くさそうな表情を見せた。何故、説明などしなければならぬのかと。
だが、その横にいる別の調査員にわき腹を
「アナトリー・ルサコーフと名乗る四分の一ロシア人の血が入っているロシア系日本人。本名は
「そうです。主任がわかっていらっしゃっても、普通の人たちは知りません」
飯田の部下だろう。横腹を突かれ奇妙な踊りをする彼を不幸に思わずになんとするか、と思いながらも口元が緩みそうになる。それから、話に耳を傾けるのであった。
アナトリー・ルサコーフ。
飯田紘一と同年代のロシア系日本人。
生まれも育ちも日本であり、戸籍は当然日本にある。
多少ロシア人の血が混ざっているとはいえ、存在は生粋の日本人と言っても良いだろう。ロシア語を喋ることは無いのだから。
代わりに英語は堪能であり、大学時代の研究結果は全て英語で書かれていたほどである。
大学時代の専攻はバイオ工学。人体などに関する事柄であった。
大学を卒業してからもそこに残り、IPS細胞を発展させた
そして、あの大災害が起こり”ニュー・ヒューマン”なる新種の人類が現れたと知るとHIPS細胞の研究に見切りをつけて人工的に”ニュー・ヒューマン”を作り出そうと方々を回った。だが、彼の行動は国家から圧力を受ける事になり、学会を追放されるまでは行かないまでも距離を置かれてしまう。
その為に、研究室も在野に潜む事となった。
その後、彼の行き先は海外に向かったとも、野垂れ死んでいるとも噂をされたが、姿を見たものは無く、消息不明となったのである。
「とまぁ、私が知ってるのはここまでだな」
「良く教えてくれたな。これで指名手配が出来る」
そこで他人事のように喜んだのは警視庁二十四区署特殊捜査課の中村だった。
中村の部署が直接関りを持っていた案件ではないが、研究所で”成った”化け物を作り送り出して犯罪に手を染めさせたのだから警察が指名手配を行うには当然の帰結といえよう。尤も、警視庁二十四区署特殊捜査課が幾度も出動していたのだから、関わっていないとは言えないのでは、と他の面々は思うのであった。
その後すぐ、捜査一課や研究員の代表が集まり協議を行った結果、過去の写真を元にしてCG写真が作られ、中村が推測した通りに指名手配されることが決まったのである。
「あの男の逃げっぷりに感服するとして、俺達はこれからどうなる?」
八神と明音の下へ中村が近づいてきた。当然、彼一人で行動するなど考えられない。通常は二人一組で動くのが警察組織なのだから。
案の定、中村と一緒に三上の姿もあったが、それとは別に警視庁二十四区署特殊捜査課の面々も揃っていたのだ。それも、現場の捜査員ではなく事務方に類する人員と呼べる人である。
八神が疑問を向けたのも当然中村ではなく、その事務方に類する人である。
「ここからは頼りにならない中村警部に変わって、
「誰が頼りにならないって?」
「当然、中村警部ですよ。良いですか、中村警部ですよ!」
眼鏡を掛けていないにも関わらず、右手で眼鏡を持ち上げるような仕草をしながら中村を馬鹿にする言葉を堂々と吐き出す。大事なことだからと、三度も中村の名前を口にする程念入りに。
そして、携帯端末を取り出して今後のスケジュールをと話を始める。
彼女の仕草は仕事が出来るようにも見えるが、仕事が少なく暇を持て余しているだけの暇人である。仕事よりも他者からどのように見られているかを第一に気にしている程、仕事そっちのけで見た目を重視しているのだ。
その為、給料は他者よりも若干低めに設定されているが、仕事量が少なく文句は全くないそうだ。
「中村警部は放っておいて、今後のスケジュールを説明します」
中村に茶々を入れた関係で、沢渡は改めて説明を始める。
帰港した時点ですでに深夜を大きく回っているのでホテルに直行。
八神は帰宅しても良いが、念のためホテルへと向かうことになる。
明音はホテルへ直行し、翌日は学校を休んでもらう。学校には政府関係者から特別に休みにしてもらうように連絡を入れるので出席日数は気にしなくてよくなる。ついでに、七月も後半に入り学校は夏休みに突入する事となるので、学業の復帰は早くても九月から。
他の保護した被験者たちは意識が戻らぬために、病院へ直行となる。
意識が戻ればそのまま検査に回されるだろう。
逆に戻らなければ何をされるのか、わからぬのだが。そうなればずっと意識が戻らない方が良いと思うだろう。
「
「えっと、それって拘束されるって事?」
「いえ。この男と同じように政府に協力していただく事となります。当然、保護の対象にもなります」
沢渡は何の躊躇もなくビシッと八神に指をむけながら明音が国の管轄下に入ると説明をした。それによって明音は安心したのか、ホッと胸を撫でおろすのであった。
政府の管轄下に入るとは言っても八神が自由に動き回っている様を見れば、ある程度の不自由を感じるかもしれないが自由が利くだろうと予想できる。
そんな事を思いながら説明を聞いていると、船はプロペラを逆回転させるために盛大に振動が伝わり、港に到着したと告げて来たのである。
※HIPS細胞:ハイパーIPS細胞の略。IPS細胞よりも短時間で結果を生み出せる様になった研究の事である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます