第49話 研究所解放後 3 ちょっとした雑談

「ふ~ん。アンタも数奇な人生を送って来たんだな」

「良くそんな難しい言葉知ってんな?俺だってそんな言葉、スラスラ出て来ないぞ」


 研究所の暗い地下で明音に昔話をしていた時から時間は経過し、今は場所を変えゆっくりと東京湾海上を進んでいる。

 煌々と照らす頭上から電灯の下でそんな感想を述べた。ゆっくりと揺れる船はなんとなく眠りを誘っているようで、まぶたをなんとか開けていようとしぱしぱとさせるのであった。特に船窓には真っ暗な闇が広がっているのだからなおさらであろう。

 女子高校生が”数奇”など、難しい言葉を知っているなと八神は思ったのだが、明音は何処かの小説で目にしたのか、ただ使いたかっただけのようであった。


「まぁ、それはどうでも良いか。それよりも明日からは検査になるだろうから、ホテルに付いたらゆっくりと寝ておけよ」

「検査ねぇ……。無事だったからいいけど、今思えば死ぬかもしれなかったのよね?」

「まぁな」


 二十四区へと帰る船の中、布団に入って眠れるのか、心配になりながら今日の出来事を振り返った。


 いろいろとあったが、”ニュー・ヒューマン”へと成ってしまった明音は社会に溶け込めるのか、心配だった。それに、不可思議な能力を手に入れたはずなので、どんな能力かをしっかりと把握しなければならない。八神でもめんどくさいと思いながらも検査は受けているのだから避けては通れぬ道なのである。

 そう考えると気が重いと頭を抱えたくなるのだが、力加減の出来ぬ今は指示に従うしか無いと半ばあきらめるのであった。


「それにしても、姉妹揃って無事で何よりだ」


 面倒な検査が控えているとは言え、全てにおいて先の見えぬ暗い闇ばかりではない。

 未だ目を覚まさぬとはいえ、行方不明だった妹の伊央理が見つかり、同じ船に乗っているのが一条の光と言えよう。


 同乗しているのは伊央理だけではない。

 あの、水槽に入っていた五人のうち、四人が元の姿のままだったのが幸運と言えよう。食べるものを満足に食べていない事もあり、大分痩せ細っていたが脈も正常だったので早めに病院などに入れる方が良いだろうとの判断で、意識が戻らぬまま船で運ばれている。

 ただ、一人だけは肉体が人を凌駕するような体付きになっていたためにそのまま水槽に浸かっているのは何とも形容しがたいのであるが。


 あのまま見つけられず白衣の男の実験台にされ続けていたら可愛らしい背格好の伊央理がむさくるしい筋肉質お化けに”成っていた”可能性を考えると早めに見つかった事は僥倖であったと言えるだろう。


 何にしろ、あの場所で行っていた実験については、今後の調査の結果を待つしかない状況なのである。


「ホントよね。それに関してはアンタに感謝するわ。ありがとね」

「よせやい。照れるじゃねぇか」


 明音は素直にお礼を口にした。少し照れ気味だったが明る過ぎぬ船室だった為にほんのりと染まった頬に気付かれる事は無かった。

 だが、視線を斜に向けてしまった為にお互いに照れているのだろうと八神にはわかってしまったのは内緒である。


「これも仕事だったからな」

「そうだぞ、こいつに礼なんか必要ないぞ。道楽で仕事してるくらいだからな」


 照れ隠しか、仕事を依頼されただけだと八神は口にして誤魔化す。異性に面と向かって言われれば悪い気はしないが、目の前の依頼人が成人前の女の子だと思えば照れてしまっても仕方がないだろう。自分の子供よりも年齢が下なのだから。


 照れ隠しの意味もあっただろう、視線を床へと下げて目を合わせないようにした所に、部屋に入って来た中村から辛辣な言葉を向けられてしまう。その言葉に反応するかのようにせっかく下げて反らした視線をドアへと向けて、辛辣な言葉のお返しだと言わんばかりに睨み返した。


 中村が言いたいことはわかる。

 八神の能力と引き換えに国から十分な報酬を貰っている。それでなくとも生活に必要な費用も貰っている。生活費に限って言えば最低限であるが。

 それらを貰っている上で、道楽まがいに探偵ごっこに精を出していると中村は思っているのである。

 それが本気に思っているのかは定かではないが。


 とは言え、その道楽まがいの探偵ごっこで、何人もの命を救ったかもしれないし、これから起こりえたかもしれない事件を防げたかもしれないのだから、探偵ごっこと言うには語弊があるほどにその領域を飛び出しているとっても良いだろう。胸を張って成果を誇れる程に。


「道楽って酷いじゃないか。しっかりと依頼も完遂できたし、何より、警察の先鋒みたいな仕事にもなったんだから、その言葉はしっかりと否定させてもらう。それとも何か、真実味のない言葉をむけてきた中村警部を”訴えてやる~”ってした方が良かったか?」


 鋭い視線で睨み返した八神だったが、おどけた言葉を向けた時にすでに破顔してニヤニヤと嫌らしい目つきに変わっていたのだから、本気度合いは全くないと言っても良いほどに気分が良かったようだ。

 当然、中村もそれは承知していると言わんばかりに肩を竦めて見せる。当然、八神と同じように破顔して笑みを浮かべながら。


「訴えられたら敵わんな。それだけは勘弁してくれ。定年まで大人しくしていたい」

「なら、言葉を選んで口にするこったな」

「はいはい、わかったわかった。降参ですよ、探偵さん」

「よろしい」


 そんな二人にやり取りに明音はジトッとした冷めた視線向ける。

 下らない漫才を見せられ辟易したのだから当然とも言えよう。おまけにと重い溜息を吐けばそれがどんなにストレスになっているのか、自明であろう。


「おい、そのくらいにした方がいい。お嬢さんが冷たい目で見ているぞ」

「おお、悪かったな。こいつに乗ってしまって」

「下らない漫才を見せられるこっちの身にもなってよね?オ・ジ・サ・ン・た・ち・!」


 冷たい表情から一転、明音はこめかみに青筋を立てながら鬼のような表情で八神と中村を睨む。


「おお、こわいこわい」


 中村は肩を竦めて明音から鋭く突き刺さる視線を躱す。これ以上、災いを口から吐き出して逆鱗を撫でまわしては何を言われるのかわからないと、すぐさま話題を変える事にした。

 

「まぁ、お前達には感謝してる。迷宮入りかと思ってた事件が解決に向かうかもしれんのだからな。と言っても感謝してくるのは一課だろうがな。感謝状と金一封くらいは出るかもしれん」


 中村が口にした通り、警察からは感謝される事になる。感謝状と金一封が関の山であるが。ただ、手柄を私立探偵に取られてしまったので、半分は嫉妬が混ざっていると思って良い。感謝状を贈られるとしても公にはされないだろう。


「だが、白衣の男だったか?あれは指名手配で追いかけられる事になるだろう。それ以上はオレの口からは言えんな。まぁ、それ以上の方針は決まっていないだろうしな」


 感謝状についてだが、三人ともどうでもよかった。それよりも八神と明音の前から逃げてしまった白衣の男が気になって仕方がなかった。逃げた時はそれほどでもなかったが、大分時間がたってから不思議に思うことが多かった。

 あれだけの設備を整えておきながら、警察が踏み込んでくるとわかった途端にあっさりとその場所を放棄して身一つで逃げて行った。どれだけ投資したのかは不明だが、あの逃げ具合には驚かされる。

 研究成果よりも自分の身がとても大切であるのだろう。




 そして、白衣の男の正体が判明したのは中村達が到着した、その後。

 船舶で”ニュー・ヒューマン”研究の第一人者である飯田紘一が到着し、八神達があれこれと特徴を告げた事に起因する。


 答えは、飯田と同じで”ニュー・ヒューマン”研究をしていた、民間研究者の一人であった。

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