第48話 研究所解放後 2 八神の過去

 明音が夏休みが無くなってしまうと途方に暮れてからしばらくして、落ち着いた彼女に八神はゆっくりと話を始めた。今の明音と同じ状況であったのだと。

 とは言いながらも状況は今よりも悪く、命の危険も続いていたし、何をするにしても手探り状態から始まったのだが。先人の知恵がある今とは全く様相が異なる。


 八神も明音と同じように元は普通の人間であった。

 ”ニュー・ヒューマン”が日本の首都圏を襲った大災害以降に世界中から報告が上がってきた事からも真実であると誰もがそう考えている。しかし何故、その時を境にして”ニュー・ヒューマン”が生まれたのかは誰もが頭を抱えてしまうほどに謎だった。


 わかっていることはその時に地下深くで作業していた作業員が事だけ。当然、作業員の中には女性の姿もあったが、少数であったことや成る直前に血だまりに変わってしまい、成った女性が居ないだけである。

 研究者によれば複雑な思考回路を持つ女性は成り難いと考えているようであるが、本当かどうかは不明である。男性をサンプルにするとしても数が少なすぎるのだ。




 八神が何処でどうやって”ニュー・ヒューマン”へ成ったかだが、大災害の当日にまでさかのぼる。


 その日は首都圏で建設中のジオフロントの地下深くで偶然見つかった地下道について調査を行っていた。八神は調査員達を案内する役目を受けており、十数人の大所帯で地下道を、それも鍾乳洞化していた人の手が入ったような横穴へと入っていたのだ。

 お昼も過ぎて午後からの調査に入ってしばらくした頃、あの大災害の時間が訪れた。


 地下深くと言っても地震であれば当然揺れはあるだろう。

 地上から生えているビルとは違い、強固な岩盤は崩れる事は無かった。

 だが、人工的に手を入れた物であれば条件が違う。鍾乳洞化していたのだから相当な年月が経っており、無理矢理加工された壁は災害の前にあっさりと崩れていった。


 そこからは悲惨だった。

 崩れる天井、剥がれる岩壁。足元が激しく揺れてしまえばそれらの危険から逃れるには困難が伴った。分厚い鍾乳石の下敷きになって半分以上がその場で即死してしまった。

 しかし、生き残ったとしても鍾乳石という瓦礫の下敷きになり風前のともしび。空気が入って来るかわからぬとなれば、あと数瞬の命しか残されて居なかった。運よく瓦礫の隙間に入り込んだとしても相当の重量をはねのける力を持つ者などいない。それに出入口をふさがれてしまえば命の燃え尽きる先が少しばかり先になっただけとも言えた。


 しかし、場所がでなかったら、だ。


 横穴はジオフロントで工事に携わっていた者達の何人もが不思議な感覚を覚えていた場所で、八神もその中の一人だった。不思議な感覚が何だったのか、その時はハッキリとしなかった。

 災害で埋もれて生き残った者達はここから脱出しようと必死に藻掻いた。ある者は壁を己の手で削り、ある者は塞がった土砂を退けようと必死になった。生き残ろうと必死になった。それでも人の手だけで盤面をひっくり返すことはできなかった。時間だけがいたずらに過ぎ去り、無駄な努力と知った誰かが最初に怒りを覚えた。なんでこんな場所で死ぬのか、と。

 その声に呼応するかのように他の誰もが同じように怒りを出し始めた。こんなところで死ねない、まだ生き足りない。やり残した事が沢山あるのだと。彼らが勢いづいて、ギアを上げて手を動かし始めた途端にそれは起った。


 出口を塞いでいた土砂に向かっていた一人がいきなり血だるまになった。その表現は適当ではないだろう。音を出して破裂したのだから。爆薬を体内に入れ、爆発させたと言われても不思議でないだろう。


 まず一人がそれで命を落とした。

 不思議で残酷な光景に誰もが息をのんでしまう。

 誰もが何が起こったのか理解できていなかっただろう。

 その後、手を止めていれば結果は異なったのかもしれない。

 しかし、一人の死が引き金になり、誰もがさらに生にしがみつこうと足掻いた。


 それからはと言うと、二人、三人、と自らの生にしがみつこうとした者達は同じように血だるまに、そして爆発したかのように無残に命を散らしていった。


 その時、八神は如何していたかと言うと、同じように生にしがみつこうとしていた。

 同じであろうと思うが、彼の心情は少し異なった。


 彼は当時、結婚していた。誰からも羨む様な最良の夫婦仲だった。

 そして、この現場へ派遣される前、二人の間に子供を授かった事がわかった。結婚して数年、待望の我が子である。

 子供が生まれ、すくすくと成長してくれと切に願っていた。


 それが八神の心情に大きく関わったのは当然であろう。

 自らの生にしがみつくのではなく、我が子の為を思い、我武者羅に頑張った。


 その結果、破裂して命を落とす事などなく、逆に身体を別の物へと変貌させ”ニュー・ヒューマン”へと成ってしまった。

 後でわかることだが、自分の為ではなく、誰かの為と考えていた事こそが成った原因であろうと知るのであるが、その時は原因すら知る由もなかった。


 その後は語っている八神がこの場にいる通り、成りあがった力によって脱出路を作り出し無事に地上へと戻ったのである。、


 生き残った八神が幸せだったかと言えばそのようなことは無かった。

 地上は災害によって瓦礫の山と化し、生活環境をはじめとして、様々なインフラが用を足さなくなり再構築が必要だった。

 八神の家族は無事であったが、住む場所を無くし、地方への引っ越しを余儀なくされた。

 すくすくと育つ我が子を見ながら歳を取らぬ自分に、そして、人と違う身体を持つ事により、夫婦間は徐々に離れ最終的には離婚してしまう。


 それからの日本は災害復旧で内向きに需要が高まり、人が多く亡くなったにも関わらず空前の好景気を取り戻した。災害の前に運よく生み出された新たなエネルギーシステムがあった事が一つの要因であったが。


 日本の復興と時を同じくして世界では、アメリカを主軸とした自由経済陣営とそれに対抗する独裁国家群による戦争が勃発した。資源はあるが技術力に乏しい独裁国家群が新エネルギーを獲得するために軍を組織し災害復旧に全力を注いでいた日本へと矛を向けたことがきっかけだった。


 原子力による発電システムが過渡期を迎え、害のないエネルギーシステムの構築が急がれた。自然エネルギーだけでは人類を支える事が出来ず、新たなエネルギーが必要となっていた為だ。

 化石燃料が枯渇し始め、原子力システムが原因不明の暴走を引き起こした事も一つの要因だった。


 戦争の結末はと言えば、日本の協力により新エネルギーによるインフラ構築が成功した自由経済陣営が勝利を収めた。旧来のエネルギーシステムではどうやっても反撃に転ずるのは無理があった。

 そして、世界の人口は大きく減ることとなり、七十億以上存在したはずの人口から二十億近く減ってしまった。独裁国家群の盟主だった国が犠牲者の半分を占めたのであるが。


 日本も被害が無かったわけではない。独裁国家群から狙われたことも理由の一つだが、大きな理由は隣の半島にある。

 その時より十年程前、分裂していた半島国家が一つとなっていた。だが、事もあろうかどちらの陣営にも良い顔をしようと不文律な中立を取っていた。その影響か、どちらの陣営からも疎まれ最終的には半島全土に核が降り注ぎ、国家が消滅し人の住めぬ土地が出来上がっていた。

 当然、半島に近い九州北部や中国地方、そして対馬は放射性物質が大量に降り注ぎ、大勢の人が亡くなったのである。


 その後の世界だが、唯一の超大国のアメリカが世界を牽引し、新たな世界秩序を作り出し国家間の戦争が無い時代へと再び突入した。

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