第46話 戦闘5 決着

 八神が全身全霊をもってこの場から逃げる算段を取ろうと気持ちを切り替えたその時だった。息巻いて”ニュー・ヒューマン”としての完全な身体に成ろうとした時に耳をつんざくけたたましいブザーが辺りに鳴り響いた。


『な、なんだなんだ?』

「何が起きた?」


 白衣の男は思わず声を上げた。八神は何らかの装置を動かしたのではないかと考えたが、何のそぶり見せずにいたために違和感を感じた。そして、このまま逃げられてしまうのではないか、とも思ってしまった。


 だが、けたたましいブザーに驚きの色を隠せなかったのは八神だけではなかった。

 白衣の男も同時に何が起こったのかと内心で焦りを感じ、その事象を確認しようと近くの端末を操作し始めた。

 そして、彼らが目撃したのは、パネルに映った青空に浮かぶティルトローター機であった。


「はっ!よくも俺のいる場所がわかったもんだな」


 思わぬ状況に八神は破顔して声を上げた。

 八神が友好を持つ彼が来たのだろう、そう思わざるを得ない。


『警察が嗅ぎつけただと?』


 ティルトローター機には白衣の男が口にした通り、警視庁のマークが描かれていた。しかも、八神の知人、中村が所属する”警視庁二十四区署特殊捜査課”の文字入りで。

 そのまま浮かんで何処かへと飛んで行ってしまえばそんな言葉は口にしなかっただろうが、ティルトローター機の後部ハッチがゆっくりと開き何条もの降下用ロープが落とされたのだから悪態と同時に驚愕の表情を浮かべるのは当然と言えよう。


『この疫病神どもが!』

「それはどうも。大人しくに捕まってくれると有難いがな」


 白衣の男は拳を握り締めると端末に向かって振り下ろした。”ガンッ!”と鈍い音と共に肩を震わせて現状を呪う。

 そして、拳の痛みを感じたからか、鬼の形相で向かってきた明音に怯えていたのが嘘のように冷静さを取り戻していた。


『ここまでか……』


 白衣の男が発したぼそりとした声がスピーカーから聞こえてきた。

 後が無いと悟ったのか、全てを諦めた、そんな口調にさえ聞こえた。

 しかし、こんな研究設備を密かに揃える白衣の男がそう易々と諦める筈も無いと八神は焦りを感じざるを得ないのだった。


「今からお前をとっつかまえてやる!そこで大人しくしてろ」


 中村達が到着する前に決着を付けるべく、己の体を完全なる”ニュー・ヒューマン”へと作り変える。

 ボディスーツが無ければ、少し痩せた青白い肌の頼りない青年と見られるだけだろう。その八神の身体がうっすらと光を発すると腕回りが一回り太くなり、小麦色の肌の様に土色へと変化していった。


「お前が何の研究をしているか、だいたい理解できた」

『お、お前は何者なのだ』


 ひときわ大きな端末のボタンを殴りつけながら白衣の男は再び驚愕の声を上げる。彼の目の前には鬼の形相でガラスを殴りつつける明音とうっすらと光を発する八神の二人がいる。

 そして、八神は答える。


「俺は、お前が目指す研究結果だよ!」


 白衣の男が研究していた最終目的たる”ニュー・ヒューマン”。失敗作ばかりが量産されどのように処分すれば良いのか苦慮した、その結果の先にあると信じていた完成品が目の前に現れたのだから驚き露わにするのも不思議ではない。


 しかし、その完成品も彼の命令を忠実に聞く操り人形マリオネットではなく、拘束してこようとするのだから手放しに喜べない。だから、白衣の男は端末にあった、ひときわ目を引く大きなボタンを殴りつけていたのだ。


 八神の身体から出ていた淡い発光現象が消えると、全力でガラスを殴りつけた。

 人間の数倍を誇る八神の馬鹿力をもってしてもびくともしなかったガラスである。完全な”ニュー・ヒューマン”へと成ったとは言え拳を一度振るっただけで粉々に砕ける筈も無い。強度に優れていると同時に分厚く作ってさらに強度を増していた。

 それに加え、彼が装着した手袋グローブ。ちょうど拳になった時に衝撃インパクトが加わるように設計されている秘密道具。


 八神の力と秘密道具である手袋グローブの力で十数発も同じ場所を殴っていると、高強度を誇ったガラスであってもヒビが入り始める。


『ば、馬鹿な!これが本物だと言うのか?』


 ガラスを広がって行くヒビを見つめながら信じられないと声が漏れる。恐怖にかられながら何とか足を動かし端末から離れ別の場所へと向かう。ここで終わる訳にはいかない、と。


「そう、これが本物の力だ。何でこの力が備わってるか、わからんがな」


 ゆっくりと歩き始めた白衣の男を視線で追いながら八神はガラスを殴りつづける。明音も歩みを進める白衣の男の目の前に移動しながら鬼の形相でガラスを殴り続ける。


 そして、八神の拳がガラスを突き破ると同時に白衣の男は端末から離れた床に付けられた印の中心へとたどり着いていた。円形に光るその中心でくるりとその身を反転させると今にも飛びついてきそうな八神に向かって叫んだ。


『はっはっは!これで終わりではないのだよ。この目でしっかりと”完成品”を見る事が出来た礼を言っておこう。そして、さようならだ』

「ま、待て!」


 八神が突き破ったガラスの穴を人が通れるまで広げようとした矢先、苦渋に満ちた笑みを浮かべながら白衣の男が別れの言葉を吐き出した。声は笑っているが研究所が警察にかぎつけられ、さらに八神達に拘束されそうになってしまっているのだから無念と思う、いや、口惜しいと感じるのは当然かもしれない。


 そして、八神達が見ている前で円形に光る床と共に白衣の男は床へと沈んで行くのであった。複雑な感情を孕ませた笑い声と共に。


 やっとの事でガラスに人が通れるだけの穴を開けて白衣の男が消えた場所へ駆けつけるとすでに穴が塞がり逃げてしまった後だった。


「くそっ!逃げ足だけは早いヤツめ!」


 八神達は明音の妹で捜索中だった伊央理をあんな目に合わせていた白衣の男を目の前で逃し、歯ぎしりをするのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「また研究所を作らなくてはならんか……」


 八神達から逃れて地下へ地下へと降りて行った白衣の男。脱出装置たる小型潜水艦に乗り込み東京湾の海底すれすれを潜航していた。

 小型とは言ってもクリーンエネルギーが作り出されるシステムによって数日にわたる潜航を可能としており、彼の様な地下世界で動くような人々には持って来いの逃走手段となっていた。しかも、かなりの性能を誇っており東京湾に敷かれた探索網から逃れるのはお手の物だった。


 だが、研究していた場所を失い、再び作るとなると面倒との思いもあり、苦々しく思うしかなかった。それでも研究所で見た二人の”ニュー・ヒューマン”により、研究の方向性が間違っていないとわかっただけでも、失った物以上の価値があったとほくそ笑むのだった。


「それにしてもこれからどうするか?」


 海中を望むカメラの映像をボーっと眺めながら白衣の男は思案に更ける。

 研究していた内容が内容だけに、表立って研究するわけにもいかない。今までと同様に地下に研究所を作ろうと考えたが、再び同等の規模の施設を作ろうとすれば何年もかかり、研究に遅れが出てしまう。

 如何すればと考えたところ、”地球標準時”近くに密かに居を構える知り合いの研究者を思い出した。


 同じような研究をしているが、彼以上の出不精で何年も連絡を取り合っていない。目指す目的が異なっているのが原因であったが、今回の研究所を失った原因の一つ”ニュー・ヒューマン”の恐ろしさを目の当たりにして、知り合いが見せていた先見の明が正しいと判断したのである。ただ、いまだに生きているのかは疑問ではあった。

 だが、生きていなくとも研究していた施設は存在してるだろうし、仮に使えなくても居を構えるには持ってこいだと、舵を向ける事にした。


「アレだったら、今の私と研究してくれるだろうな」


 潜水艦中央に二重の隔壁でぐるりと保護された記憶装置群を思いながら呟いた。

 研究データをある程度融通すれば協力してくれるだろう。


 一縷の望みを乗せて、白衣の男と共に潜水艦は海底を進むのであった。

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