第45話 戦闘4 反撃

 ”どぐわっしゃ~ん”


 女子高校生が出してはいけない、--人間がと言った方が現実的かもしれない--、空気が震えるほどの轟音と共に明音は白衣の男を守るガラスに体当たりしていた。体当たりと言うと語弊があるだろう。正しくは、飛び込んだがガラスに阻まれたと言うべきだろうか?

 八神の力と文明の利器であるナイフを使っても傷一つ付けられなかったガラスである、明音が”ニュー・ヒューマン”へしたとしてもびくともしないのは目に見えている。

 それでも諦めず何とかガラスを壊そう、割ろうと両の腕で殴りつけているが、無駄な努力と言ってもいいだろう。

 何より、力をいれている明音がまだ覚醒したばかりで体が完全に出来上がっていないらしく、体から煙を吐き出しているのが痛々しい。それにガラスを殴りつけその都度腕を壊し、即座に治っている姿に目を引かれてしまう。


 それよりも八神は、明音が”ニュー・ヒューマン”として覚醒してしまった事に驚きを隠せないでいる。”成りそこない”が潜んでいたの縦坑たてあなに存在した横穴。塞がれていたとは言え、そこからの空気流入は防げなかった事が原因である事は間違いない。

 八神の身体が”ニュー・ヒューマン”へした時と同じ環境と思われるあの場所で何らかの物質が地の奥底から漏れ出し体内に入り、感情を引き金にして”ニュー・ヒューマン”へと成った。


 同じ状況にありながら爆散して命を失ってしまった仲間を沢山見てきた。だから、明音には感情を表に出すなと注意した。だが、八神の懸念を他所に、明音は”ニュー・ヒューマン”へと成ってしまった。


『な、何なんだ?こいつはっ!』


 豹変した明音を間近にして焦りを感じていたのは誰でもない、ガラスに阻まれたとは言え飛び込んでこられた白衣の男だ。思わず後ずさりしたのだから、その恐怖はいかほどの物か想像を絶する。八神ですら侵入を拒んだガラスがなければ今頃、白衣の男は大男を殴り飛ばした明音によって挽肉ミンチにされ命が無かっただろう。


『おい、こいつを何とかしろ』


 怒りに我を忘れて命令を出した白衣の男である。恐怖で正常な判断力を失ってしまうのは誰もが理解できるだろう。恐怖の元凶である明音を取り除こうと命令をスピーカー越しに命令を下した。


 白衣の男の命令を聞く大男は二体いる。本来であれば殴り飛ばされた大男にのみ、命令を下すのが正解だった。

 成りたてで力を十全に発揮できぬ明音の不意打ち程度で行動を止めるには無理があり、吹っ飛ばされて軽く脳震盪を起こしていたが、すぐに回復し命令を待っていたのだから。


 明音に吹っ飛ばされた大男とは別のもう一体は八神を拘束している。身体を反転させられた時に多少拘束が緩んだとは言え明音が囚われている状態で、出しえる力で拘束を解こうとするのは無理があった。


 それがスピーカーから流れてきた白衣の男が下したごくごく単純な命令。八神は好機とほくそ笑んだ。


 二体の大男はスピーカーからの命令に何の疑いも無く明音を拘束しようと動き始めた。

 明音に吹っ飛ばされた大男はハッキリしない意識を正常に戻そうとして首をゆっくりと振りつつ。そして、八神を拘束していた大男は簡単に彼の拘束を解き明音に向かう。


 このおかしな状況を冷静に判断しているのは八神ただ一人。

 明音は怒りで我を忘れてガラスという障壁があるにも係わらず自らの力のみで突破しようと我武者羅に腕を振るっている。

 そして、白衣の男は明音の気迫に蹴倒されているのか、破れぬガラスを間に挟みながらも心の奥底で怯えている。

 さらに、何を考えているのかわからぬ大男二体は明音を拘束しようと動き始めた。


 この状況を好機と捉えずなんとするのか。

 八神は拘束していた大男が前に出たとみた途端、そいつに襲い掛かった。いや、体が自然に動いたと言えば良いかもしれない。

 大男へ飛び掛かり馬乗りになると同時にしなるような腕を長い首に絡ませる。そして、渾身の力を込めて首の骨を折りにかかる。


 白衣の男の命令しか聞かぬ大男とはいえ、生命の危機を感じれば本能的に守りに入る。生命の危機の元凶たる背中に馬乗りになる敵を排除しようと身体を捻り暴れ始める。ただ訓練しただけの人間だったらそれで十分だっただろう。身体機能倍力装置を着込んだ防衛軍の精鋭であっても。だが、馬乗りになっているのは全力を出していないとはいえ”ニュー・ヒューマン”の八神だ。大男が振り解こうとする力をも利用し、力を両の腕に一気に込めた。


 ”ゴキン!”


 鈍く耳障りな音が響くと同時に、大男は紐が切れた人形マリオネットのように力なく地面へとその身を委ねるのだった。


「ふー。さて……」


 八神は大男の長い首から両腕を解きながら顔を上げ明音達を見やる。

 今まさに大男が明音を拘束しようとしていたところだったが、白衣の男へ一矢報いようと暴れる彼女を前に腕を回しては弾かれ、腕を回しては弾かれと難儀していた。

 そして白衣の男は、明音を凝視し八神が自由になった事に気が気付かずにいた。


 この再びの好機も見逃す八神ではない。

 大男を排除しようとするが、自らの身体のみでは再び苦労するのが目に見えており、文明の利器たる武器を使用すると決める。腰にしまったナイフは拘束時に大男が回収していたのが運が良かったといえよう。

 横たわった大男の傍に落ちていた愛用のナイフを拾い上げると鞘から抜き去りながら明音を拘束しようとする大男に襲い掛かった。


『あっ!』


 スピーカーから流れる白衣の男が口から漏らした間抜けな声が証拠に、ナイフをひっさげた八神が大男を制圧し骸に変えるまで時間はかからなかった。


「明音!大人しくしろ。これから、俺達の反撃だ」

『わ、私の作品がぁ!』


 少し勢いが衰えたとは言え、いまだに暴れる明音を前にやっとの事で二体の大男が排除されたと気付き、真っ白な顔になって、怯えて後ずさる白衣の男。彼の後ろには後ずさるだけの空間はもう無く、自慢の端末があるだけ。

 何がそんなに恐怖に怯えるのかと思うが明音が向ける殺意を孕んだ形相を見ればそれも納得が行く。八神を受け付けぬガラスがあると言っても絶対ではないのだから、多少は可哀そうと思わぬでもないと思うのだった。


「コ、コイツ。伊央理を攫ってたんだ!」


 八神の声が届いた為か、我に返った明音は後ろの水槽の一つを指差した。ただ、内包している怒りはいまだに燃え続け、たがが外れればすぐに飛び出して行きそうな気配は捨てていない。


 明音が指を向けた方へと視線を向けると水槽で目を瞑る少女が浮かんでいた。マスクを着けているので口元は判別つかぬが、顔の形や目元の特徴で明音の妹、探し人の伊央理だとわかった。

 可愛がっていた妹が実験施設にプカプカと浮かんでいる姿を見れば、我を忘れてしまうのは理解できる。そして、自分よりも妹を無事に救いたいとした彼女の気持ちが今の彼女と”成った”事に八神はホッとするのであった。


「って、事はコイツを警察に突き出せば全てが終わるってわけか……」

『つ、捕まるわけなかろう。私には研究をやり遂げる使命があるのだよ。……そうか、何処かに記憶があったが私の被験者の姉妹だったか』

「お前はこれで終わりよ」


 白衣の男は一周回って恐怖から解放されたのか冷静になっていた。もしかしたら、空元気かと思うかもしれないが、八神からすれば些細な事であった。

 あとはどうやって白衣の男に迫ろうかと思考する。様々な答えが浮かんでは消えて行き、結局は初めに出した答えに行きついた。


「確かにお前はこれで終わりだ。そこで待っているがいいさ」


 八神は白衣の男に告げるように台詞を吐き出しながら、所々鈍い金属の光沢をちりばめた真っ黒い手袋グローブを装着していった。



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