第41話 這い出た先2 新たな敵
ガラス越しに現れた白衣の男は、時折鼻をふんっと鳴らして嬉しそうな表情を浮かべながら八神達を舐めるように視線を動かして観察していた。
八神達からすればそれは、嫌らしい視線を浴びせている危ない男との印象が強い。こんな場所で白衣を身に纏っているのだから一般的な思考の持ち主とはありえないと思うのだった。
おぞましい敵の登場に明音はぶるっと身震いを感じると自らの体を抱きしめた。
八神はガラス越しに白衣の男に指を向け、悦びとも怒りともわからぬ怒声を発した。
「お前だな。明音を攫おうとした親玉は!大人しくそこから出て来い」
目の前に手掛かりが現れたのだ。この機会をみすみす逃せぬと八神は早速行動に移った。
しかし、白衣の男はガラス越しに見えるだけで直接触れる事は望めない。ガラスの向こうへ移行にも入り口を見つけられない今の現状では声を出すだけで他に手段を持ち合わせていなかった。
八神の声を聞いたのか、白衣の男は首を傾げて質問に答えようと口を開けた。
『ん?何を言ってるのかね、君は。ここは私の研究所だ。そちらが勝手に入って来たのだろう。招待すらしていない来訪者に顔を見せただけでも有難いと思うべきではないか?』
白衣の男はさも当然とばかりにふんぞり返りながら八神に答える。
実際、自分の家に見も知らぬ赤の他人が入って来たのを見つければ、拒絶したり警察に連絡などする筈だ。それに当てはめれば白衣の男の反応はごく当たり前と思ってもいい。
だが、この場所は何処かと言われれば海底の地下に知らぬ間に、勝手に造られた白衣の男の城。彼の言い分は無理があり怒りをぶつけられるのはお門違いであろう。
「何を言ってる!こんな場所にお前が勝手に造った研究所など認められるか!」
『認めんでも構わんさ。どうせ誰もたどり着けんだろうからな』
「誰もたどり着けんって、俺達がいるだろうに?」
八神は”何を言っているのか”と、噛み合わない会話に首を傾げる。
たどり着けないと白衣の男は口にしたが、八神と明音がここにいるのだから、その表現はおかしい。見つけてしまったのだから隠し通せるはずもないと考えるが、自信満々な口調に違和感を覚えるのであった。
そして、どうやって白衣の男に迫ろうかと考え、とりあえずガラスが破れないかとナイフを抜いてガラス越しに自信満々な白衣の男に突き立てて見るのであるが……。
『無駄なことを……』
八神は逆手に握ったナイフを思い切り振り下ろす。
窓ガラスに使われるガラスなら、鍛えられたナイフで破壊できるはずだろう。硬度で言えば鉄よりもガラスの方が硬いが衝撃耐性を考えれば鉄に軍配が上がるのだから。しかし、彼の行動は白衣の男が口にしたように無駄でしかなかった。
八神が打ち付けられたナイフがまるで楽器の様な高音を奏でたのである。ガラスには欠けもヒビも見受けられず、彼の腕にしびれも生じさせたガラスをまさかの表情で見つめる。
「腕が痺れただけだと?信じられん」
『私の研究室だ。ちょっとやそっとで壊れんように作ってあるさ。考えても見ろ、上からどれだけの重量物がのしかかってるか、わかってるのか?それを支えてるんだから、ガラスもそれ相応の物を使ってるさ。足りないオツムを少しは使ってみたらどうかね?』
まるで幼子に説明するように白衣の男が口を開く。お前たちには難しすぎる話題だったか?と
その口調と態度が癇に障ったのか八神が怒りを露わにする。自分が雲の上の存在でその他は小学生だ、とでも言いたげな白衣の男を八神が気に入らなかったのも怒りの原因の一つでもあった。
それに明音を攫って仕事を増やした事も許せなかった。
「人を小馬鹿にしやがって」
八神は続けてナイフをガラスに打ち付け、何とか破壊できないかと試みるが結果は惨憺たるものであった。
『君はもういい……、無駄な努力は止める事だな。それにしても、そっちのはどこかで見たことが有る様な、無い様な……』
白衣の男はガラスをナイフで殴りつけている八神を視界の隅に放置して、その後ろで佇む少女、明音に視線を向けながら首を傾げて何かを思い出そうとしている。思い出せぬのか、それとも記憶が曖昧なのかはわからぬが、傾げる他に頭を掻きむしったり、何処かに視線を彷徨わせたりもしているが、思い出せぬようでイライラし始めるのであった。
訳が分からないまま何とも形容しがたい視線を向けられた明音は思わず一歩足を引いてしまった。身震いするほどのおぞましい敵に視線を向けられたのだから、社会人にもなっていない明音には酷と言うものだ。
『う~ん、考えても始まらんか。まあ、いい。ちょうどお前達の様な被検体を欲していたところだ。そこで大人しくしてて貰えるかな』
「はいそうですか、と大人しく出来る訳ねぇだろ!」
思い出せぬと白衣の男は思考を放棄して、八神と明音に向かって再び口を開く。
この場所の支配者である白衣の男。二人を逃がすつもりは全くない。むしろ、飛んで火にいる夏の虫とばかりに被検体が新しく手に入ると嬉しそうに歪に歪む笑みを浮かべる。
そうは言っても、八神も明音も大人しくしているつもりは全くない。
八神はさらに力を込めてガラスを殴りつけ何とかしようと試みる。白衣の男から無駄な努力と言われたにもかかわらず、手を止めようとしないのは一つの賭けだった。ガラス自体は破壊できなくても枠から外れるのではないか、そう思ったのである。
八神の傍にいる明音は、どうやったらこの場から逃げられるかと、天井や床、それに通路の隅々にまで視線を向けて逃げる算段を考え続ける。
その行動の意図が白衣の男に伝わったのか、被検体を逃がすまいと行動に移る。とは言っても、白衣の男自身で出向くのではなく、ただ単に手にした装置のボタンを押し一言二言、言葉にするだけだった。
『その男の相手をしてやれ』
「お前が相手をしてくれるんじゃないのか?」
白衣の男は八神の言葉に”そんな訳なかろう”と呆れた表情を浮かべながらスピーカー越しに答えを口にする。
その後、白衣の男が装置のボタンを押した後、ニヤついた巫山戯た笑みを浮かべて八神に視線を向けているだけで彼は何もしなかった。何かを待っているのか、それとも八神達が諦めるのを待っているのか、判断が付かずにいると彼らの前にその答えが現れた。
八神達が向かおうとした通路の先から二メートル以上もある大男が姿を現した。
薄手の上着からもハッキリとわかる盛り上がった筋肉質の体に頑丈なブーツを履いているのだから生半可な相手では無いとみられる。身体が頑丈な相手とは幾度も戦った経験がある。だが、目の前に現れた男は得体のしれない何かを隠しているようだった。
得体のしれない何かとは、軍事用のガスマスクを何故か被っていて表情が読み取れなかった為に思ったのだ。
表情が見えないのは相対しにくい、そう思うと乾き始めた唇をぺろりと舐めると唾を飲み込んで姿勢を落とした。
「ガスマスクねぇ。表情が見えないのはやりにくいが、まぁ、お互い様だろうね」
『まぁ、私の”作品”と争ってみたまえ。君の戦闘能力の高さは先ほど見させてもらったよ。その黒い下着がタネだと思うがね』
「さて、どうかな?」
八神のこめかみからツツッと汗が流れ落ちる。
明音が見ている手前、黒いボディースーツが身体能力の高さのタネだと思わせておいた方がいい。だが、得体のしれない二メートル近い大男が相手だと、いつまで隠し通せるか疑問が残る。
もし、八神が人のそれとは異なった者であると知れたら明音がどう思うのか、今まで通り依頼を遂行させてくれるのか、彼の脳裏をぐるぐると疑問が回る。
それよりも、得体のしれない大男に破れぬガラスの向こうに白衣の男がいる現状を乗り切れるか、奮闘するしかないと頭を振り自らに言い聞かせるのであった。
「依頼人様、ちょっと下がっててくれ。アイツを倒すから邪魔だけはしないでくれよな」
明音にそう告げるとバックパックを肩から下ろし、得体のしれない大男に向かって飛び込んでいった。
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