第39話 穴の奥底で3 八神の考え、明音の気持ち
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ん?どうした。そろそろ大丈夫か?」
「……うん。そろそろ良いかも?」
真っ暗な穴の底、八神が向けたライトに照らされた明音の顔色は先程まで真っ青を通り越して真っ白だった。それも今は多少は元気になったと見えるほどに血色が良くなっているのがわかるほどだ。
その原因だが、八神が”成りそこない”と
”成りそこない”を仕留めた際に与えた首への致命傷から鮮血が盛大に噴出した。その様子は何処かのプロレスラーがパフォーマンスとして見せていた毒霧のように見えた。その様子を明音がその瞳でしっかりと見てしまったのだから、目を白黒させて表情を引きつらせるには十分だった。
人の生き死にを常日頃から感じている八神なら慣れてしまって不思議に思わない。だが、女子高校生と言う社会にも揉まれておらず、生き死ににそれほど向き合っていない明音には心に
目にしてすぐにその場にうずくまりゲーゲーと胃の内容物を撒き散らしてしまうのも無理からぬ事であろう。その後、明音に口をゆすがせ、壁に持たれさせて休ませたのだが、体調が戻るにはある程度の時間を要した。
明音が休憩している最中、八神は八神でその場の周りを調べ回っていた。
八神達が落ちてきた穴だがどうやらダストシューターを兼ねていたらしい。らしいと言うのはゴミらしいゴミは無く、”成りそこない”が食べるであろう肉などが無造作に散乱していた事が”そうであろう”と予想しただけの事だ。
尤も、それらが散乱しているのは八神達が落ちてきた事に起因するのであるが、今となっては”成りそこない”と戦いを強いられ頭の片隅にも残っていないのだが。
調べ回った結果だが、幾つか判明した事実がある。
まず一つ目は二人は縦穴の底に居て、円形をしている事であろう。八神の見立てでは直径が三十メートルから四十メートルだと思われた。ただ、高さは天井部が狭まっているらしく正確な高さはわからなかったが深いことだけはわかる。
予測の範囲を出ないのは光が手元のライト以外無かった事、歩数で距離を測ったが訓練をしっかりと受けたわけではなく曖昧だった事、そして、直線を歩き続けられず蛇行してしまった事などが上げられる。
次に”地上へと向かう”、と言うには気が早いが地下から昇っている階段を見つけた。五メートルほどの高さから円形な壁沿いをぐるぐると回りながらのある意味螺旋階段だ。
最初の一段が五メートル程の高さにあるのは”成りそこない”が昇らない為の処置であろうと思われるが、身体能力の高さを考えればそれには疑問が残る。もしかしたらダストシュートから落ちた侵入者を逃さない為の工夫かもしれなと八神は考えたが、その思考は今は邪魔であるだろうと頭の片隅に片づけておく。
最後にだが、横穴が見つかったのだ。
入り口は入れないように腐食金属とコンクリートで厳重に封印がされていて、誰の侵入も許さないだろう。だが、誰かが封印を取り除こうとしたのか一部分のコンクリートが剥がれていた。その証拠に柄が破壊された鶴嘴が何本か散乱していて。
あの”成りそこない”が掘っていたのかは今となってはわからずじまいではあるが。
ただ、その横穴は八神にとって忌避すべき場所であり、存在すら許したくなかった。
それは八神を
実際はそれが原因であると断定はできないが、十中八九は原因であろうとは思っている。漏れ出している喉の奥に閊えるような空気がそうなのか、身に纏わりつく嫌な雰囲気がそうなのか、それとも別の要因なのかは定かではない。
今となっては記憶が薄れてきてハッキリしないが、
「じゃ、出発するぞ。注意事項はしっかり覚えたな」
「ええ。大丈夫よ」
「そうそう、もう一つだけ。気をしっかりと持って感情を押さえるようにな。そして、脱出だけを考えておけ」
「え?なにそれ、こわい」
出口を求めて出発するにあたり幾つか明音に注意事項を告げて行く。
その中で一番のウェイトを占めていたのは何故か昔話だった。おむすびころりんの昔話。お爺さんがおむすびを転がしてしまって穴へと落っことしてしまう。その後、穴に入りネズミと話をしてつづらをもらう話だ
お爺さんは大きなつづらと小さなつづらの二択を迫られるが、謙虚だったために小さなつづらを受け取る。
そのように、謙虚でいろと説明した。
八神は昔話がどうしても、完全なる
それにここは敵地の真っただ中、死地と呼んでも過言でもない場所で明音を守りながら脱出は骨が折れるとも話した。無事に脱出するには明音の協力が必要になる、その為にも説明は必須だった。
八神が忌避する場所での忘れられない大惨事が八神の脳裏にこびりついて消える事は無かった。その場所と同じようなここで、大惨事が再び起きてしまう可能性をちらりとでも浮かべてしまえば、少しでも起らぬようにと明音に”冷静さを失うな”と言うしかない。八神の目の前で身体が
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
明音の心は風に揺れる柳の様だった。
それよりも、竜巻で薙ぎ倒される森林と言っても良いかもしれない。
妹の伊央理がいなくなり警察に行ったが耳に良い返事ばかりで力を入れて捜査しようとしていないのはすぐにわかった。そのおかげで探偵に力を借りる事になり八神に出会った。
その八神の噂は芳しくなく、伊央理を見つけ出せないのではと思っていた。それは第一印象でも同じで、依頼せずに帰ってしまおうかと思ったくらいだ。
生活のリズムは夜に偏っているために、明音が学校に行く前に連絡してようやく目を覚ます、そんな生活を送っているようだった。
期待薄、そんな気持ちでいたが思わぬところから手掛かりを掴んだらしく、最後の行動に出たようだった。
そんな八神を追うべく告げられた言葉を手掛かりに彼を追ったが、その途中攫われてしまい彼に助けられる失態、ではなく手間を取らせてしまった。
その後も明音が罠を作動させてしまい絶体絶命のピンチになってしまった。そんな時でも八神は手を差し伸べてくれて明音の命を救ってくれた。咄嗟に伸ばされた八神に助けられ、一命を取り留めたのである。
落とし穴に落ちて行く明音は助けられ、不謹慎だと思うだろうがときめいてしまった。
死ぬかもしれない、そんな状況は吊り橋効果と言えばそうだとしか言えない。だが、抱きしめられた時の力強さと咄嗟の判断力に心を奪われたのは当然と言えるかもしれない。
しかしその後、穴の底に現れた敵に八神が向かい惨たらしく排除してしまった。それは明音の心に芽生えたときめきを抉るには十分だった。
とは言いながらも敵をそのままにしていれば明音自身が逆の立場になったはず、、敵を観察していて十分わかった。事前にその可能性を排除したのだから八神には感謝しきれない。
今も、地の底から脱出しようと周囲を調べ脱出路を探し出し後は明音の体調次第となった。探偵としてはどうかと思うところがあるが、生命の危機を脱しようとする知識と行動は、明音が逆立ちしても敵う事は無く頼るべき相手なのは確かだ。
ただ、吊り橋効果を考えると評価は半分くらいにしておくべきであろう、年の離れた男に心奪われてはいけないと、作業を進める八神を眺めるのであった。
「ん?どうした。そろそろ大丈夫か?」
「……うん。そろそろ良いかも?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます