第38話 穴の奥底で2 その頃、二十四区署の中村達は……

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 昼食を食べ終え、窓から真っ青な空をぼーっと楽しんでいる昼休み。何でも口に入れてしまいそうなほどに大きく開けて欠伸を吐き出す。それを聞けば誰もが脱力しやる気を無くしてしまうだろう。

 そんなのんびりした日曜の午後、一課の捜査が芳しくなく中村達に出番が回って来ずに暇を持て余していた警視庁二十四区署特殊捜査課の部屋で昼寝にしゃれ込もうとしていた。

 昼寝など業務中にするべきではないと思うだろうが、土曜、日曜を定休にしている課長が不在のために、鬼の居ぬ間のなんとやらでは無いが、やる気がないのであれば仕方がないと自分に言い訳を聞かせるのであった。


 だが、中村のほかに数名しかいないその部屋に、午後の静寂を破壊する悪魔が現れた。


「もしも~し、中村警部はいる?」


 昼寝も出来やしない、そう思いながら目を瞑ったままうっとおしそうに腕を上げて”いないいない”と振って見せた。


「なんだ、いるじゃない。電話くらい出なさいよ」


 勝手知ったるなんとやらと言わんばかりにつかつかと部屋に押し入り中村の脇に仁王立ちになって睨みつける。胸から下げたネームプレートが大きな胸に掛かり宙に浮いてぶらぶらとしているのは何と形容して良いか出てこないが、眼福である事だけは間違いない。

 そのぶらぶらとしているネームプレートには後藤田華音ごとうだ かのんと記載されており、東京二十四区ニュー・ヒューマン特別課に勤務する八神担当の受付嬢である事は間違いない。


「なんでぇ、嬢ちゃん!大した用でもないだろうと思ったから無視してたんだけどよぉ」

「ってねぇ。確かに何時もはしょうもない電話かもしれないけど、今日は重要なのよ」


 中村が口にしたように、華音は中村の携帯端末によく連絡をしている。業務についての内容が最初の数分した後、やれ上司がとか、コンビニのスイーツが売ってないとか、下らない会話を聞かされることが多い。それ故に、今日も何時もの事か、と机の上で震える携帯端末を放置しておいた。


(オオカミ少年って知ってるか?)


 いつもは言葉尻を捉えられ責められる中村だったが、今回ばかりは軍配は中村に向けられる。

 中村が内心に思った言葉通りだろう。何度も何度も言葉を投げ付けて凹ませてやろうと思った事か。


 とは言え、連絡が出来ないだけで警視庁二十四区署特殊捜査課の部屋へと姿を現したのだから何時もと状況が異なる、そう思いながら椅子から立ち上がると部屋の隅の談話スペースへと華音と共に向かうのであった。


「で、何があった?」


 昼寝の後に取っておいた缶珈琲を”プシュッ!”と開けて一口飲んでから身を乗り出して華音に尋ねる。

 華音は顔が近く迷惑だと言わんばかりの表情を浮かべる。加齢臭に珈琲の匂いが混ざり合った口臭。仕事で関わり合いがあるから仕方ないと思うが、少し酷いのではないかと思う。そんな事を考えながら中村の疑問に口を開く。


「単刀直入に言うわよ。八神の反応が消えたわ」


 中村と華音の共通する知人、--中村はそうであるが華音は知人と言うよりも窓口担当だけと言っても良い関係だが--、の八神は超人的な身体能力を持つ”ニュー・ヒューマン”であるのは承知の事実だ。そして、”ニュー・ヒューマン”の八神は東京二十四区から長期に亘って離れる場合は連絡するようにと言い聞かせている。それに加え、八神は当然知っているが、衛星からの位置情報を東京二十四区ニュー・ヒューマン特別課は受信している。四六時中ではなく、一定の間隔になるが。

 その位置情報が昨夜遅く、深夜と言ってもいい時間から通知されなくなっていた。


 携帯端末の位置情報を送信して貰うと同時に、長期に亘っての外出時に使用するバックパックにも、位置情報を送信するシステムをセットしてある。その二つともが同時に受信しなくなってしまったのだから、上を下への大騒ぎとなったのである。


「はぁ?あいつがどっかへ行ったってのか?馬鹿な話があるか」


 信号が消えてしまったのは事実として認めざるを得ないが、中村にはこの東京二十四区から逃げ出すとは考えられなかった。それに、詳細は聞いてないが依頼を受けている真っ最中でもあるのだから。

 それ故に、中村は声を荒げて否定するのであった。


「ちょっと待って、話は終わってないのよ」


 顔を紅潮させて怒りを内包する中村とは対照に冷静なのは話を持ってきた華音だ。八神とは窓口担当ぐらいしか顔を合わせない。八神の人となりを知ってはいるが、それほど感情移入出来ていないのが功を奏したと言えよう。だから声を荒げる中村を冷静に見ながら諭すことが出来た。


「す、すまん。つい……」

「わかってるわ。で、続きだけど驚かないでよね」

「ああ……」


 華音よりも深い付き合いの中村だと知っているのでそれ以上、口にするのは止めて本来の話に戻す。


「ここに来る前だけど、何故か川崎人工島付近に反応があったのよ」

「はぁ?何でそんなところに」


 華音も含めてだが、東京二十四区ニュー・ヒューマン特別課でも八神の信号が何故そんな所から発信されているのか不思議でならなかった。しかも、二つ共が、である。

 しかし、その信号も一瞬感知できただけで、もしかしたら誤報の可能性も考えられた。それ故に日曜に出勤している華音と他数名でも判断が付かず、上司と相談した結果、中村へと話を持って来ることになった。


「ったく、どんな事件に首を突っ込んでるんやら」


 缶珈琲を壁に投げつけたい衝動にかられながらも何とか堪えると、逆の手で頭を掻きながら悪態をつく。だが、意識していないのか缶珈琲を握る手がプルプルと震えるほどに力が入りスチール缶が変形を始めていた。


「わかった。課長に指示を仰ぐ。現地を調べてみる」

「助かるわ。こっちで何かしておくことはある?」


 中村としても友人が消えてしまうのは淋しいと思う気持ちももちろんある。老齢に近いほどに年齢を刻んだ中村になんの忌避感もなく悪態をつくのは目の前の華音ともう一人、八神だけと言えば彼の心境もわかる。

 それに加え、八神はとても得難い人物であると言える。能力的にというよりも研究対象としての意味合いが強く、日本国としてはどんな犠牲を払ってでも取り戻したい人材である。

 仮に八神が消えたとしたら、どれだけの損失になるか誰もわからない。特に防衛関係の装備は八神等”ニュー・ヒューマン”が絡んでいる。数人しかいないそれ・・が一人欠けただけと言えるかもしれないが、その一人がどんな宝よりも重要なのである。


 中村はふとそんな事を脳裏に浮かべて華音からの頼みごとをやれやれと引き受ける事にした。


 華音は華音で断られることは無いだろうと予想していただけに、事前に用意してあった言葉を追加でと口に出したのだ。


「そうだな……。飯田の研究室にも連絡してやってくれ」

「了解、中村警部殿」


 八神を探すだけの情報は中村の下に集まってくるだろうからそれらは必要が無いだろう。装備関連も上司に許可を得るだけで最優先で使えるはずで心配はしていない。

 その上で考慮する必要があるとすれば、蚊帳の外に置かれた研究者の飯田であろう。


 研究者たる飯田は区役所の地下で研究にいそしんでいるだろう。日本における”ニュー・ヒューマン”研究の第一人者と言える存在だ。その飯田が八神から出されている信号が受信できなくなったと知ればその身一つで動き出すかもしれない。

 八神もそうだが飯田もそれなりに重要な人材なのだから失う訳にはいかない。ちょっと性格に難はあるかもしれないが。

 その飯田をこの地に抑え込んでおく、そんなニュアンスを含めて華音に頼むのであった。


「んじゃ、早速仕事をするかね……。三上!仕事だ、急いで準備だ」


 歪んだ缶珈琲へと視線を落とすと余計な仕事が入ったと溜息を漏らす。

 すぐに気持ちを切り替え、談話スペースから歩み出し部下である三上へ指示を出す。

 さらに携帯端末を取り出して、件の上司へと連絡を始めるのだった。特殊捜査班の装備品で最速の移動速度を誇るティルトローター機を使用する必要がある、と。

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