第34話 地下を行く6 地底湖(?)は水路の続きだった
ボートに乗り込んだ二人は浸水してこないか、もう一度確かめる。空気の入った浮き輪が
そんな事を思いながら八神は排水路をゆっくりと漕ぎ出した。
「で、ライトはこんなに明るくしちゃっていいの?」
ゆっくりとボートが進みだすと、進行方向へライトを向けている明音が疑問を口にした。
排水路を歩いていた時は足元から二、三メートル先をわずかに照らすだけの光量しか出していなかった。しかし、ボートを進める今はライトの光量をほぼ最高まで光らせて十メートル以上先を照らし出しているのだ。
それが今はどうだ。排水路の隅に張られた蜘蛛の巣もくっきりと浮かび上がって見えるほどの光量で、さも見つけてくださいとばかりに煌々とライトを光らせている。今までは何だったのか、そう思い不思議がるのだった。
「ああ、大丈夫だ。恐らく、もう見つかってるだろうから」
「ちょ、ちょっと。それって大丈夫なの?」
「ダメだったらとっくの昔に襲われてる」
ボートを漕ぎながら鼻を鳴らして疑問に答える。
実は排水路を歩いている時から監視されているような気がしていた。それは敵を追いかけて倒した時にも感じていた。その後、排水路の坂を下りた時に監視されていると確信に至ったのだ。
確認に変わらなければ今もライトは弱く光らせているだけだろう。
「どうもな。監視カメラがところどころにあったらしい」
「!!」
その確信が持てたのは坂を下りた場所で偶然にも監視カメラのレンズにライトが反射したのが見えたからだ。ほんの僅か反射しただけだったが。
その監視カメラはその手の専門店で売られている量産品だったので八神にも記憶にあったのが幸いして見つけられた。
だが、それを危惧したのは明音である。
見つかってしまった事は仕方がないと考える。明音くらいの実力しかないのであれば、八神に助けてもらうしかないからだ。
それよりも問題なのは先ほどの着替えである。八神からは見られない場所で着替えたはずだったが、それが監視カメラに映っていたら目も当てられない。着替えの映像がどこかに流出でもしたら生きていけない、そう考えると身体が火照ってしまい、顔から火を吹いてしまいたくなる。
そう明音が考えていると、八神は安心するようにと明音を諭す。
「だけどそれはメインの場所だけで脇道などには無いみたいだったけどな」
「……そう。よ、良かったわ」
八神達が休憩した場所は監視カメラが無いであろう場所を選んでいた。
まぁ、完全に無かったと言えば嘘になるが、通路を何者かが通っているか見るだけの場所で量産品を見つけたのだから、コストのかかる好感度カメラを仕込んでおくなどありえないだろうと思ったからそう口にしたのだ。
ほっと一安心、明音は胸のつかえが取れた気がした。
そうすると、彼女にはもう一つ、不思議に感じていた事を思い出した。
「そう言えばさ」
「何だ?」
「なんで、もう一度、港を調べようとしたの?」
明音にはそれが不思議でならなかった。
一緒に調べた港湾部は広大であったが、それなりに調査ができたと感じた。感じたというよりも八神が何か手がかりの感触を得ていたように見えただけかもしれない。それが何なのかは八神が話してくれないので不明なままであった。
だが、ここへ来る前の早朝に”連絡が取れなくなる”、”鼻が曲がる”と八神が口を滑らせた事が明音が行動を起こすヒントになった事は確かだろう。
その二つの条件を満たしてゆくと、携帯電話の電波を遮断し、なおかつ臭い場所、すなわち人の出入りがない地下、それも下水などの臭い場所ということになる。
明音が一緒に向かった場所なのでいの一番に思いついただけなのであるが。
ただ、そのヒントを貰っても、どうしてもう一度港湾部を調査しようとしたのかが不明だった。
「ああ、それな」
それを聞くか?と思いながらも八神はそれとなく答えを返す。
「手の内を明かせないが、あるところにはあるんだよ。地下を流れてる排水路や下水道の地図ってのがな」
その言葉以上は話せないが、つまりはこの排水路の入り口は八神が調べられる場所に地図が残っているのだそうだ。その地図を見て港湾部の排水の蓋から入った雨水の行く先を見つけ出そうとした。
だが、その入り口は港湾部にあるとばかり思って、その場所を地図で何か所かチェックをしていた。当然、それを見つけることはかなわなかった。
いくつか探していたとき、ちょうど明音が攫われ追いかけた先が今入っている排水路だったのである。
地図上であらかじめ調べていたが、最終的には明音が来てくれたことで偶然見つけた、そう言って八神は締めくくった。
「じゃ、わたしに感謝しないといけないじゃない」
「そうだな。だが、攫われた事はいい迷惑だぜ、まったく」
明音が来たのは想定外であり、彼女を攫った敵が潜り込んだ先が排水路だったのも想定外だった。さらに、排水路を戻れなくなったのも想定外で、想定外尽くしの末、今こうしてボートで排水路を進んでいるのだ。
「そんな訳で、これからは本当の敵地だ。大人しくしてくれると助かる」
「わかったわ。まだ死にたくないしね」
「いい心がけだ……。そろそろこの水路も終わりだな」
どれだけ進んだだろうか。八神が操るボートの先でライトに光る白いボートを見つけた。当然、もやいが掛けられぷかぷかと浮かんでいる状態でだ。沈み量からしても重量物、いうなれば誰かが隠れている事は無いだろう。
白いボードの先に視線を向ければ、大きな穴が壁にあけられているのも見えた。
八神はボートをゆっくりと周囲を警戒しながら白いボートに向ける。あの穴から敵が出てこないとも限らない。そして、敵が現れないと感じると、舳先と舳先がもう少しでぶつかるかと思うような微妙な距離へとボートを近づけて岸へと接舷させた。
「先に降りてくれ」
岸を八神の腕力で押さえておく間にまずは明音をボートから降ろす。その後、再び周囲を警戒しながら八神もボートから降り、そしてボートを水面から上げる。
一息つきたい所であったが、もう敵地であると認識から休む間もなくぷかぷかと水面に浮かぶ白いボートを調べ始める。
それは何処にでもあるような、ちょっとお金を出せば購入できるガラス繊維を編み込んだFRP製のボートだ。陸からでは満足できなくなった趣味人の釣り人が湖上に良く浮かべている、それと全く同じ物であろう。
カーボン製のボートも販売されているが、コストや修理性を鑑みてもまだFRPが幅を利かせている。量産効果もあって、FRP製のボートはかなり安くなっていたりする。
「やっぱりそうだよな」
「何がよ」
「これだ。それとあっちもそうだな」
八神が白いボートの中に指を向ける。明音がひょいっとライトを向けて中を覗き込むとボートの白地に黄土色の汚れがこれでもかと付着しているのが見えた。大部分は水分を含んで濡れているようになっていたが、一部分はカピカピに乾いていた。
そしてもう一か所、ボートとは逆に八神が向いた方には人が数人が立って歩ける様な穴が口を開けている。それ自体は明音も気が付いていたが、八神はそれを言いたいのではなかった。
今まではコンクリートでしっかりと地面や天井、簡単に言えば全てが固められていたが、そこに開けられた横穴は人の手で掘られた洞窟だと言えよう。そして、洞窟の地面はしっとりと濡れていた。
「ボートの泥が渇いているってことは人が乗り込んだ様子は無いってことだ。とりあえずは一安心だな、何につけても」
そう言うと、八神はコンクリートの壁面を強引に開けて作られた穴を睨みつけるのであった。
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