第33話 地下を行く5 地底湖が現れた。コマンド?
八神が見つけた足跡をたどり、坂になった排水路を下る。急な下り坂を滑り落ちぬようにと足元を確かめながらゆっくりと。訓練を受けてある程度の速度を出せるはずだったが、後ろを恐る恐るついてくる明音のことを考えればそれは無理があった。身体機能倍力装置を纏っているので運動能力は上がっているだろうが、八神と同じ速度で下れるかと言われれば無理があるはず。
ただ、泥でつけられた足跡はそれほど長くは続くはずもない。数メートル降りたところで下り坂の終点、--足跡からすれば起点と言える--、が現れた。
「とりあえず下り坂は終わったみたいだな……」
坂道を下り終えると、やっと終わったと呟きを漏らした。
携帯端末を出して今の位置を確かめ手見ると、地下へすでに三百五十メートルも下っていた。そして、地図を広域表示にしてみれば、予想通りの場所を目指していると確信するのだった。
「ちょっと、今どこよ?」
八神に少し遅れて明音が坂を下り切った。八神の肩から地面を照らす光とは別に、闇の中で彼の顔を白く浮かび上がらせる携帯端末からの光を見れば何をしているのかと気になって横から携帯端末を覗き込みながら尋ねる。
その明音の顔をちらりと覗いてみるとなんとも表現できぬ表情をしてた。喜怒哀楽のすべてが混じっているような複雑な表現と言い表せば良いのか、迷うところである。
「って、これって何?どこへ向かっているのよ」
携帯端末は広域表示された地図に写っていた場所は日本地図が読める人なら百人が百人共何処に印があるのかわかるだろう。だが、わかったとて受け入れられるかは別だ。それに加え、今まで通ってきた経路が画面上に記され、その先に見慣れぬ小さな島のような何かがあることがわかる。
八神はそこが何か知っていたが、二十歳以下が確実な明音の様な近代生まれは学校の社会科で習ったぐらいで殆どが知らぬであろう。
「ここは昔、川崎人工島って呼ばれた場所だ」
「これ……が?」
地図上では小さな丸で表示されているが、それは紛れもなく二十世紀の終わりに約十年の歳月を使い作り上げた東京湾横断道路、一般的には東京湾アクアラインと呼ばれた海底を走る有料道路の一部だ。換気口として利用していた人口の島で海上に突き出た風の塔と呼ばれる構造物が有名
明音が首を傾げるのもわからぬではない。彼女が生まれる前にあった東京直下を襲った大災害の余波により東京湾横断道路は壊滅的な被害を受けた。海底を走るアクアトンネルは亀裂が入り水没してしまったのだ。その後、復旧を試みたが新規に建設するならともかく、海水が入り込んだ海底道路は改修工事を行うには無理があると断念され、東京湾横断道路は地図の上からも歴史からも、そして人の記憶からも消えてしまった。
それにより、海ほたるパーキングエリアも陸地とを結ぶ海上に建設された道路もすべて落ちてしまい、川崎人工島ともども船舶など海を渡る手段を利用しなければ行き来できぬ様になってしまっていた。
そして今、海ほたるパーキングエリアは改修工事が行われ研究施設が建設されたり、海上輸送や漁業の休憩場所、多少の観光地として利用されている。
「俺の予想だと、これをまっすぐ行けば川崎人工島に出る」
「でも、これ……。行けるかしら?」
ぼそりと八神の言葉を疑問視する明音。
その言葉に八神は苦虫を噛み潰したような顔を作りながら笑みを浮かべる。
二人が見ている真っ暗闇に見える光景は百人が百人、いや、九十人位が八神や明音と同じように苦笑するか疑問を浮かべるしかないだろう。
そう、排水路が続いているが今までの様に、人が歩ける道がライトが照らす場所までしか存在していないのだから。たとえ進もうとしても水面から底まで光が届かないのだから結構な深さがあり、泳ぐ必要がある。
明音は”疲れた”と口にして冷たいコンクリートにペタンと座り込んだ。
進めない以上は戻って、いや、急な坂を上って、もう一度道を探さないといけないだろう。そう考えると弱音を漏らすのも仕方がない。
絶望色に明音が染まってゆくのを見ながら八神はバックパックを下ろし、ガサゴソと何かを探し始める。
「仕方ないな……」
八神は呟きと共に、二リットルのペットボトル程の大きさの黒い袋を取り出して、中身を広げ始めた。
「それ、何?」
「まぁ、見てればわかる。黙って見てろ」
八神にぶっきら棒な言葉を向けられて明音はムッとして目を細めた。少しくらい説明をしてくれてもバチは当たらないだろうと思った。だが、てきぱきと動いている八神を見ていれば説明するよりも見ていたほうが早く、辛辣な言葉を向けられたが何となく納得してしまった。
広げた物は、映像で見た事がある形状から、それが何かは予想が付いた。それにこの先は排水路が続いているだろうことから、
明音が見ていた通り、八神が一つの装置を取り付けてスイッチを入れるとその物体が平面から立体になり誰もがよく知る物へと変わっていった。昔は形作る素材はゴムが一般的に使われて、平面になっていたとしてもかさばり、そして、重かった。
今はというと、民生用はコストの関係でやはりゴムが一般的な素材であるが、軍用装備は超高密度化繊と呼ばれる特殊な化学繊維で薄く、軽く、そして丈夫に作られている。
「さ、これで排水路を進めるぞ」
そう、八神がバックパックにいれていた一番大型の装備は空気を入れて膨らませるゴムボートである。素材はゴムではないので”ゴム”ボートと呼ぶには相応しくは無いが、防衛軍でも制式名称はゴムボートと呼称されるので、八神もそれに倣ってゴムボートと呼んでいる。
それからバックパックに括り付けてあった伸び縮みするオールを外してボートに乗せるとそれを水面に浮かべる。メンテナンスはしていたが久しく使用していなかったので浸水が無いとわかると腕を組んでうんうんと頷き満足そうに笑みを浮かべた。
「ちょ、ちょっと!こんな便利なもの持ってるなら一言言いなさいよ」
「言う必要あったか?」
何を怒っているのかと八神は額に手を当てて溜息を吐いた。
確かにこの他にも装備を整えてはいる。例えば、9mmパラベラム
それらの道具を明音に渡したとしても訓練を積んでいないのなら足手まといにしかならない。それに明音は八神が守る対象でもある。
だから、明音の訴えは的外れであると言わざるを得ないのだ。
それに加え、ここはもう敵地の真っ只中と言う懸念もある。
「持ってるものを全て言える訳がない」
「秘密主義なのね」
「全部説明してたら日が暮れちまうし、他にも理由がある。それに渡しても扱えんもんが多いからな」
「でも、銃くらいなら撃った事あるわよ」
ボートの準備が終わると八神はバックパックを背負い直し身に着けている装備の点検を行う。その中にはナイフや銃も当然含まれる。明音はそれらに視線を向けて、自信満々に”扱いは万全だ”とのニュアンスを口にした。
「それ、ただ撃っただけだろうに」
「……そうとも言うわね」
それは自信満々に言う事なのだろうかと疑問に思わないでもない。
今の日本は太平洋戦争後の日本ではない。国際新秩序の中の一員だ。
成人して許可さえあれば街中でも銃を持って歩ける。当然、成人は十八歳、高校を卒業すれはその資格を得られる。
だが、銃の危険性を知らず若い彼ら彼女らは憧れだけで所有してしまうことが多々あった。それを防ごうと十八歳になる前に教育の一環として特別授業で銃の知識や扱い方、そして危険性を学ぶことなっている。
明音はその特別授業を示したに過ぎない。
「まぁ、持ってもらうのは危険が確実に迫ってからだな」
八神は今すぐに危険な銃は貸せないと言いながら、用意ができたボートに乗り込むように明音に指示するのであった。
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