第31話 地下を行く3 身体機能倍力装置

 八神が携帯端末やバックパックをいじっていると、後から足音が聞こえて来た。

 振り向けば着替えの終わった明音がそこにいるのだが、もじもじして複雑な表情を見せている。その何とも言えぬ可愛らしい仕草から、彼女は恥ずかしいと感じているのだろう。


「ふむ、着替えて来たな」

「アンタ、わたしにこんな格好させて頭オカシイんじゃねぇか?」


 確かに明音が口にした様に、制服の下にだぼだぼの銀色の服があって、どう表現してよいかわからぬのも確かだろう。知らぬ者が見たら辱めを受けている、そう思うかもしれない。だが、そんな恰好をしているにもかかわらず八神は別段笑うそぶりもせず、さも当然だと言うように口を開く。


「それで正解なんだよ。携帯端末、あるよな」

「ええ、あるわよ」


 八神が尋ねると明音はリュックから自分の携帯端末を取り出して見せた。

 特別なモデルでは無くどこででも売っている汎用品だ。ちょっとだけステッカーや色を塗ってカスタマイズして彼女仕様に仕立てただけの。


「そしたら、まず、これを端末に入れるんだ」

「このチップ大丈夫なの?」

「問題無い」


 明音が八神から受け取ったのは一辺が一センチにも満たない四角い形状のデータ記録用のチップだ。コンビニや電気店、はたまた学校の購買にも今は売ってるほどメジャーで明音も幾つも持っている汎用品。携帯端末の保存容量を増やしたり、通信網に乗せたくないデータのやり取りで使われる。

 他にはプログラムのインストールや携帯端末の手動アップデートもそれで行う事が出来る。


 それを無造作に渡されたものだから、コンピュータウィルスが含まれているのではないかと疑問に思うのは仕方のない事だろう。端末自身にウィルス検知機能が付いているからと言って、全部が全部検知し排除は出来ないのだから。


 しかし、この場で八神が自らを追い詰めるような真似はしないと考え、そのチップを携帯端末に入れることにした。


「そうしたら、携帯端末をこのバッグに入れて、端末と服のコネクタを繋いでスイッチを入れるんだ」

「また、胡散臭い物を渡してくるのね。まぁ、騙されたと思ってやってみるわ」


 細長く体の動きを阻害しない服と同じ銀色のウェストバッグを受け取る。

 開いて中を見れば一つのボタンと幾つかのコードが伸びていた。コードの先のコネクタには接続先の名称が記されていたので間違える事は無い。

 そして、八神の指示通りそこに携帯端末を入れて、それぞれにコネクタを服から出ているコードと携帯端末に繋いだ。ウェストバッグを腰に巻き付けしっかり固定すると中のボタンを押してスイッチを入れる。


「えっ?」


 ボタンを押して数秒経つと蚊の鳴くような小さなコイル鳴きが耳に届くと同時にだぼだぼだった銀色の服が明音の体にピタッとボディスーツの様に吸いついて、まるで一昔前のアニメに出てくるような宇宙服の様相になった。これが制服を纏っていなければ、SFドラマにあるような宇宙旅行に向かうと言われても不思議ではないだろう。


「うん、上手く動いたようだな」

「って、これ何よ?」

「これと同じさ」


 明音の格好を見て八神は満足そうに頷いた。銀色のボディースーツの上に制服を纏ってるようなアンバランスではあるが。

 八神が満足そうにしているのと反対に、明音はアンバランスな格好に不満を漏らす。乙女の柔肌を見られるよりも、何となく恥ずかしいとおもったのだ。


 そんな疑問を口にした明音に、八神は首元の肌着を引っ張ってこれと同じだと説明を始めた。

 八神の肌着、薄手だがポケットの沢山付いた上着の下にぴったりと肌に吸いついたボディースーツは明音が身に付けた銀色では無く黒色をしていた。その色を見て同じとはどうにも思えず、文句を口に出そうとするのだが、八神が口早に言葉を繋げてその機会を与えなかった。


「で、さっき携帯端末にチップを入れただろ?端末をいじってみろ、色を変えられるから」

「え?そうなの」


 喉まで出掛けていた文句を飲み込んで、細長いウェイストバッグに仕舞い込んだ携帯端末をゆっくりと取り出し画面を引き出してみると、そこには見た事も無いユーザーインターフェースが写っていた。


「えっと、これが色合いね。黒に設定してっと。それに、パワー?え、ハイ、ミドル、ロー?何これ」


 八神のボディスーツの様に早速黒く変えてみようと指を走らせようと画面を直視した途端明音は意味の分からぬ言葉に頭が混乱してしまう。

 ”Color”と表記されている場所は”Default”と初期設定の無色が入っていた。これを変更すれば色が変わることはわかった。派手な黄色やショッキングピンクなど数十種類の色が用意されていた中から無難な黒を選択する。

 だが、その下の項目、”Power”と表記された項目には”Hi”、”Middle”、”Low”の三つが選択できるようになっていたが、その意味が全く分からなかった。

 画面から顔を上げて八神に視線を移すと何やらニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべて、言いたげな表情をしていた。


「ったく、その顔、キモイわよ。で、この項目は何なの?」

「あぁ、それはな……」


 八神はニヤついた表情を引き締めると項目の説明を始めた。


 ”Color”は名称の通り、銀色の素体の色が変わる。設定しないと銀色で他に三十二色の設定がある。暗い所であれば黒や紺色をすすめる。


 もう一つの”Power”の項目であるが、銀色のボディースーツのもう一つの能力である身体機能倍力装置のアシスト度の設定となっている。防衛軍が対ニュー・ヒューマン用に開発した軍用装備が元となっていて、警視庁二十四区署特殊捜査課の中村達が使っていた装備の簡易版と考えてもらえばいいだろう。本来は細かな設定が出来るのだが、設定ソフトウェアを制限して万人に使いやすくしてある。

 身体機能倍力装置自体はそこそこの金額はするが、家電専門店で取り扱っているほどメジャーであるので明音でも知っているし、使ったこともある。民生用に販売されているのは目的別に分けられ、例えば上半身専用や下半身専用といしてだ。そして、悪用したとしても警察官が取り押さえられるくらいにパワー出力が抑えられているのも特徴だ。

 しかし、明音が借りたそれは警視庁二十四区署特殊捜査課が使用している対ニュー・ヒューマンと遜色ない程のパワーアシストが期待できる。


「へ~、なるほど。それがアンタの力の秘密なのね」

「ま~、そうなるな」


 明音は八神の説明を納得しながら、銀色から黒色へ設定を変更した。制服の下に目立たぬ黒色のボディースーツとなり、引き締まった印象となる。

 そして、ぴょんぴょんと跳ねてパワーアシストの具合を確かめると、八神が素早い動きが出来たタネがこれだと納得するのであった。


 だが、八神が身に着けているボディースーツは色合いこそ明音に渡した物と遜色ないが身体機能倍力装置機能は付いていない。

 何故かと言えば、明音と同じ身体機能倍力装置使っていると錯覚させる事にある。

 八神は日本で数少ないニュー・ヒューマンである。だが、その事実は一般的に公表されていないし、明音にも伏せられている。事実を隠すには明音に同じものを使っていると勘違いさせた方が都合がよい、そんな理由なのである。


「まぁ、ネタがわかってもこれをずっと使う訳に行かないわよね?」

「当然。デチューンしてあるからと言っても、おいそれと表に出せるもんじゃない。俺だって伝手があっても沢山持って無いからな。それだって、普通に使えるが元々は評価用に少量だけ作られた先行量産タイプだからな。脱出後に回収させてもらう」


 明音は”わかったわ”と小さくうなずくとリュックからペットボトルを取り出して喉を潤した。ぬるくなったお茶だが、喉が渇いたままよりは幾分かマシだろう、そう思うしかなかった。


「それじゃ、出口を探すことにするか」


 八神はそう言うと明音に貸したライトの光量を搾るように指示すると暗い排水路を進みだすのであった。

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