第28話 暗がりの女子高校生

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 都会に林立するビル群に真っ赤な夕日が沈んで行った。

 空は真っ黒に染まり、”夜の帳が降りて来た”言葉そのものを現している。道路の脇には金属の鉄灯が等間隔に並び真っ白いランプで足元を照らす。

 オレンジ色に光るナトリウム灯を見ていたのは遥か昔。二十世紀終わりに発明された青色ランプLEDのおかげで、少々冷たい印象を与える真っ白い光が夜を煌々と照らし始めたのは人の心の変化と同時期だったかもしれない。


 ”ちゃりんちゃりん”


 そんな真っ暗で車の通りが少ない郊外の道を一台の自転車が女の子を乗せて軽快に走って行く。

 少し短めで紺色のプリーツスカートが風に揺れてチラチラと危険なデルタ地帯を露にしそうになる。だが、それを予想していたのか、スカートに隠れる短いスパッツが絶対防衛線を構築している。もし、世の男どもがそれを見れば、目から血の涙を流して悔しがっているに違いない。


 その短いプリーツスカートとは全く相いれない格好の原因となっているのは、彼女が頭上に乗せている黄色いヘルメットだろう。どこぞの工事現場で使われている様なヘルメットはその横に”安全第一”と緑色の文字が”十字”と共に書かれている。そして、正面にはやはり彼女には似合わぬ大きめのヘッドライトが付けられ、自転車の行く先を照らしている。その格好を見てしまうと、流行りのファッションとは何なのだろうかと首を傾げてしまうだろう。


 さらに……。


 背中に背負うリュックは小さいながらも実用的であるが、一応ファッションの一部となっている。だが、自転車の前かごにはファッションの”ファ”の字にも引っかからないようなごついブーツが入っている。ブーツと呼ぶには少し語弊があるかもしれない。むしろ、長靴、ゴム長と呼ぶべきだろう。


(でも……、ここであってるのかしら?)


 そんな自転車を漕ぐ女の子、染谷明音そめたに あかねは朝に貰った報告を思い出していた。


 この日は土曜日で何処へ遊びに行こうか、友達に連絡しようかとテーブルに並べれた朝食に手を伸ばし始めた時に携帯端末が鳴り響いた。連絡の主は、依頼した探偵の八神真治やがみ しんじと表示されていて、中間報告であろうとすぐにわかった。

 通話のボタンを押して連絡内容に耳を傾ける。中間報告の意味合いもあったが、それよりも、今日の夜からしばらく連絡が取れなくなると告げられて事が問題だった。


 携帯端末の電波が通じぬ場所へ向かうとか、携帯端末を取り上げられてしまうとか、理由がハッキリしていれば問題ないのだが、その理由が曖昧なままだったのだ。

 明音と二人で調査した”港湾部に行く”事が確定していて、それ以外は何の予定も決まっておらずいつ帰れるのかも不明だと言うのだ。そんな事あってたまるかと明音が反論したが、それ以上は口を噤むように別の話題に切り替えられてしまった。

 ただ最後に一言、”鼻が曲がってしまったらいい男が台無しだ、ハハハ”とふざけた一言を口にしていたのが、明音は引っかかっていた。

 それに加え、良からぬ事が起こりそうな胸騒ぎがあったのもある。もしかしたら、帰ってこない可能性もある、と。


 それらの話を総合して考えると、港湾部へ向かうのは見つかりにくい夕方から。そして、匂いのきつい場所、恐らく下水などの隠された場所へと入っていくのだろうと結論付けた。

 何故その時間、場所だと思うに至ったのは難しいことではない。前日の夜に見ていた探偵ものの映画に影響されただけの事だ。それに付け加え、港湾部を調査中の八神が排水の蓋を気にしていたのもある。


 ただ、港湾部は事務所でカートを借りたようにあまりにも広く何処へ向かうのか、全く分からない状況だった。


 だから、とりあえずあの付近を回ってみれば探偵を見つけられるかもしれない、そう思っての突発的な行動だった。

 本来なら明音はそんな無謀なことに首を突っ込む性格をしていない。何故、彼女が突飛もない行動に移ったかと言えば、彼女自身は思ってもいないだろうが、姿を消してしまった妹の伊央理が今どうしているのかと頭にこびりついていたからに他ならない。

 その為に無謀とも言える行動を何の不思議とも思わずに取ってしまっているのだ。


(見つからなかったら帰るしかないわね……。でも、帰るのも大変よね~)


 自宅からここまで自転車ではかなりの時間がかかる。一時間程は軽く。

 だから、無駄にならなければいいなと思いながら、自転車を漕ぐしかなかった。


 明音は時折自転車の脇を抜けて行く車に視線を向ける。

 夜の闇を煌々と照らすヘッドライトが見知った車ではないかと気が気でない。今にも明音を追い越して行くのか、そう思うのだった。


 しかし、そんな彼女が取った行動は全て空振りに終わる、かに思えた。


(あれ?そうじゃないかしら……)


 彼女は手がかりを見つけられ無かったと、小さな交差点で自転車を止め落胆していた。 それでも、体を動かしていたのだから喉が渇いたと生理的現象に抗えず、ペットボトルを開けて飲んでいた、その時だった。彼女が向けた顔の先でヘルメットに取り付けたライトが照らされたのか、かすかに反射して見えた。光沢のある物体がそこにある証拠となりえる。


 ペットボトルをリュックに仕舞い込んで自転車をゆっくりとその物体に近づけると、見知った車が細い路地の先で隠すように止まっていた。

 昼間だったら明音は間違いなく小躍りして喜んだに違いない。それを押し留めたのは真っ暗になった夜の雰囲気に飲まれたからだろう。夜に飲み込まれている今、気配を消さなければならない、と。


 自転車を道路脇に止めて車を見るが当然のことながら誰の姿も見えない。運転席の盗難防止システムの明かりが点滅し、管理システムが動いているとわかるだけだ。

 当然、彼女が数日前に座っていた助手席にも、後部座席にも何の荷物も見えない。


(って事は、もう何処かへ行っちゃったんだ……。残念ね)


 がっくりと肩を落として帰ろうかと自転車に手を掛けたその時である。彼女の視界に光が入って来た、気にもしないであろう一瞬の間だけだが。普段なら気にならないはずのそれが気になり、”いったい何処で光ったのだろう?”、と思いきょろきょろと視線を光ったであったと思われる方へ向ける。

 そこは緑色のワイヤーフェンスで仕切られた名もわからぬ企業の敷地内。舗装もされておらず、低い雑草が生い茂っているだけ。人が伏せてもすぐに見つかってしまうだろう。


(居るはずないよね……?)


 居る訳ない、と思ったが念のため調べて見ようと考えた。だが、企業の敷地なのだからどこかに監視カメラが設置してあって入った途端に通報される、ワイヤーフェンスを掴む明音の脳裏にそんな未来が映し出され躊躇するのだった。

 妹の伊央理を一刻も探し出して欲しい、探偵にそう伝えたい。あわよくば伊央理がいる場所について行きたい、そう考えていたが、さすがにこれ以上危険な場所に首を突っ込んであの探偵に迷惑をかけて調査の足手まといになってはならないと、この場は諦めて帰宅しようとワイヤーフェンスから手を離し自転車へと向かうのだった。


(帰ろう……)


 無駄な時間を過ごしてしまった、そう明音は思わずにいられなかった。機会があれば……臍を噛んで悔しがると自転車にまたがりペダルに足を掛ける。

 ヘルメットのライトが行く先を煌々と照らし、”さあ、帰ろう”とペダルを強く踏み込んだその時だった。強烈な横方向からの力が明音を襲った。


(え、なに?なに?)


 吹っ飛ばされ道路に投げ飛ばされる明音。

 誰もいなかった筈、そう思いながら身体が痛みを訴えかけてくる。

 痛いのは身体からの信号が来ている証拠。痛みに顔が歪み思わず瞼を閉じる。

 もしかしたら、と嫌な予感が脳裏を過る。しかし、凶器で襲われた感覚は無い、それだけは救われたと思った。

 そして、痛みに耐えながら”逃げなくちゃ”、と身体を起こそうとするのだが……。


「うっ……」


 明音は口元を何かで塞がれたのを最後に、意識が途切れるのだった。

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