第24話 キリンの次はコンテナの迷路

 転んでしまった明音は、地面に打ち付けてしまった膝をさすりながら蹴躓いた原因の地面から生えているタケノコの様なとんがりを睨め付けた。道すがらの真ん中から少し端に寄っている、躓きそうにない場所にある尖がりに何故躓いたのか不思議でならない、そう思うのだった。


 転んでしまった事は情けなく少しだけ恥ずかしいと思うだけだが、それよりも折角買って貰った服を汚してしまい、より一層情けなく感じ項垂れてしまう。


「どうした?怒ってみたり、落ち込んでみたり。二十一面相でも目指してるのか?」


 転んで一喜一憂している明音。

 八神はその表情の変わりようにどう反応して良いのか迷った挙句、気分を紛らすように茶化した言葉を口にするのだった。


「あ、あんたねぇ。可憐な女子高生が転んでいるのに、その態度はどうなの?」

「そうか、それは悪かったな。ほらっ」


 八神の喧嘩を売っているとしか思えぬ一言に明音はムッとする。そして、お返しだとばかりにジトっとした視線を向けながら辛辣な言葉を返す。

 だからと言う訳では無いが、八神は謝りながら手を差し伸べて明音が立ち上がるのを助ける。その言動に素直に従えば良かったが明音だったが、今までと正反対の言葉を耳にして一瞬手を出すのを躊躇するのだった。 


「それにしても、可憐な……なぁ」


 明音は汚れてしまった服をパンパンとはたいて少しでもきれいにしていた目の前で八神は顔を横に向けながらぼそりと呟き、ニヤニヤと笑みを浮かべていた。

 八神の目から見ても明音はそこそこ可愛いとは思うが、可憐とは少し違うと感じた。それが思わず笑みを浮かべてしまった理由である。

 明音はそれが面白くなく、再び頬をプクッと膨らませて機嫌を悪くするのだった。ただ、彼の言葉は想像に近かったのであるが。


「そう気を悪くするなよ……。それにしても、何でこんな所で躓いたんだ?」

「わたしも知らないわよ。直してないのが悪いんだから!さっさと次に行く!」


 明音はプンプンと怒りを八神に向けながら、”さっさと次に行く!”と恥ずかしさを誤魔化すように急かした。

 気を取り直して、八神は携帯端末に再び視線を向け、次の場所を確認しながら歩き始めた。次は無いと思うが、再び明音が転んでくれるなよ、と地面を気にしながら。


 八神達が次に向かった場所は、先ほどの建物から少し海から離れた場所である。

 歩いて五分も離れておらず、散歩がてらと言った方がいい場所かもしれない。

 しかし、散歩がてらと言ったが場所はコンテナがこれでもかと並べられて迷路と言っても過言でない場所だった。

 上空から見たら理路整然と碁盤の目の様にコンテナが並べられているが、地上に立ってみればコンテナは当然ながら人の背の倍以上の高さがあり、さらに同じ模様が並んでいるのだから今どこにいるのか、座標が分からなければ間違いないく迷子となるだろう。方向音痴であれば間違いなく二度と出られす、足を踏み入れないだろうと思われる。


 しかし、今は携帯端末に人工衛星を使ったポジショニングシステムが組み込まれているので地図を頼りに歩けば迷子になる筈もない。


「かくれんぼするにはいいだろう?」

「方向音痴じゃなければね。わたしは嫌よ」


 子供がかくれんぼで遊びたいのなら絶好の遊び場だろう。ただ、明音が嫌がっているように、ここは遊びには適さないだろう。間違いなく、一人目の鬼でその日が終わってしまい遊びにならない。


 そんな無駄なことを脳裏に浮かべつつ、八神達は迷路のような場所に踏み入る。


 ここにあるコンテナは再び船に積まれるのを待っている、そんなコンテナばかりだ。だからずっとこの場所に置いてある物でもない。もし仮にコンテナ表面に何らかの手掛かりが残されていたとしても、一、二週間もすれば海の上を進んでいるのだからコンテナを調べても徒労に終わる。


「やっぱりコンテナは調べるだけ無駄か……」


 もっと早くに調べられれば違っていたのかもしれない、と臍を噛む。だが、明音の妹の伊央理が居なくなって一週間もしてから探してくれと依頼されたのだから、その時点で無理であっただろう。


 だが、完全に手掛かりが失われてしまっているかと言えばそうでもない。

 船積みのコンテナは人が簡単に動かせる様な代物ではなく、ガントリークレーンで無ければ動かせない。車輪もついていないので、牽引も難しい。

 そんな危険が伴い広大な場所となれば、見回りも大通りから見るだけに留まる。

 となれば、コンテナの陰に落ちている手掛かりがそのままになっていても可笑しくは無い。


「ねぇねぇ。あれは何?」

「ん?」


 迷路のようなコンテナとコンテナの間をすり抜けている時に明音がと発見してしまったのだ。そう、と。

 二人が近づいてみれば、それは小さめの靴。しかも片方だけ。

 その靴に明音は見覚えがあった。手に取るまでもなく、妹の伊央理が履いていた靴と同じ種類。サイズも同じだった。


「やっぱり、伊央理はここに来てたんだ」


 明音は靴を拾い上げまじまじと観察に入る。

 しばらくすると何かを見つけたようで肩を震わせながら今にも泣きだしそうな表情をし始める。行方不明になった妹の伊央理を思い出しての事だろう。

 明音が何かを見つけたのかはまだ口にしていないが、伊央理につながる何かを見つけたに違いない、八神はそう思うのだった。


 一つ手掛かりがあったからにはもう片方の靴が落ちていないかと周辺に視線を向けてみる。しかし、視線が届く範囲にはそれ以上の手掛かりは無く、明音に視線を戻すしかなかった。


 それからしばらくの間、明音は見つけた靴をじっと見つめたまま微動だにしなかった。

 それが五分ほど続いた後、ゆっくりと口を開き始めた。


「これ、伊央理の……」

「やっぱりそうか」


 明音の一言で伊央理がここに来ていたことは確定したと言っても良いだろう。

 誰かがこの場所に靴を捨てたとも考えることが出来るかもしれない。だが、それならば片方の靴だけを捨ておくなど理由を考えねばならない。

 しかし、片方の靴だけなのだから、この周辺で伊央理が攫われて抵抗した挙句に片方の靴が脱げてしまったと考える方が納得が出来るだろう。


「となると、お前の妹はここで攫われてどこかに連れ去られたって考えるべきか?」


 この周辺に伊央理を攫った者達の痕跡が残されている可能性があると考えるのが妥当だろう……。


 そうなった場合、何処へ連れて行くかであるが、その手段を考えると途端に調査に行き詰まる。

 一番簡単なのは、構内の出入口を堂々と出て行く方法が考えられるが、施設の性質上それは難しいだろう。荷揚げを行う港湾部なのだから、いつ入港しても良いように誰かが出入口を守っているだろう。それに加えて監視カメラが四六時中録画しているのだから無理がある。

 監視カメラにAIを組み合わせているのだから、不審者や不遜な輩が居ればすぐに捕まってしまうこと請け合いだ。


 他には小さな船で沖合に逃げる手段もあるし、小型ドローンを使って海上を逃げる手段も考えられる。


「だが、決め手に欠けるんだよなぁ……」


 船やドローンで海上を進むにしろ、警察や海保は海上警戒レーダーを備えた船舶を揃えているのだから難しいだろう。

 見つけたら即、蜂の巣とまでは行かないだろうが拿捕されたり撃ち落されても不思議ではない。この時代の日本では許可さえあれば、武装していても不思議ではないのだから。


 八神はそうやって頭を掻きながら考えをしながら、迷路のようになっているコンテナの間を練り歩くのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る