第23話 探偵も調査は地味なんです

 八神と明音は荷揚げがひと段落した岸壁沿いを迷惑にならない程度にゆっくりと移動していた。

 港湾部は広く捜索するには徒歩での移動は完全に無理がある。そこで構内を移動するために港湾事務所で移動用の小さな電動カートを借りていた。

 一般的な自動車と操作に変わりはないが、タンデム座席に少しだけ違和感を感じるかもしれない。


「で、何処に向かってるの?」

「人が歩いて行けそうな場所、かなぁ」


 電動カートや自転車などの移動手段がなければ端から端まで行くには時間が掛かり過ぎる。ましてや明音の妹、伊央理を想定していればなおさらだ。中学二年生で体力が有り余っているとはいえ、過信しすぎて最初から遠い場所を捜索するなど効率的に間違っていると考える。

 伊央理に加え、一年前に失踪した浮浪者が港湾部へと向かった事も気になる。彼の足跡も同時に捉えられないかと考えるのは当然の事であろう。


 今のところ、伊央理と浮浪者が向かうと思える場所を想定して捜索の範囲を狭めるのが今のところ一番効率が良いと考えるのであった。

 ではどうやってその場所を見つけるのかと言えば、カートのフロントガラスに写し出された画像にヒントがある。


 携帯端末には車のコンピューターに接続してナビゲーションシステムを動作させる機能がある。八神の車にはその装置が取り付けられていて簡単にフロントガラスに映像を映し出せる。

 しかし、借りてきたカートは誰が使用するかわからないのでその機能は削られている。尤も、公道を走れぬ港湾部内専用のカートなのだから必要が無いのであるが。


 そこで、八神は携帯端末のオプションの一つ、プロジェクター機能を使ってフロントガラスにとある画像を大きく映し出していた。


「で、その点の一つに向かってるのね」

「そういう事」


 運転座席越しにフロントウィンドウを眺めている明音が画像に記してある赤い点の一つを指していた。


 そう、それは明音でもすぐにわかるであろう衛星写真の拡大画像であった。

 重要な情報は秘匿しなければならない。政府の承認を得なければ見られないリアルタイムの衛星画像ではないが、最近、新しめの画像に切り替わっていたのでそれほど違和感は無かった。

 それに”キリン”と称されるガントリークレーンの場所も変わらずに写し出されているとなれば違和感どころか全くの不安を感じないと言っても過言ではないだろう。


 そんなやり取りをしながらカートを走らせていると、記してある赤い点の一つに到着した。邪魔にならない場所にカートを停めて二人は車を降りる。


「ま、最初はこのあたりからだろう」


 そこは港湾事務所の建物の一つで作業員の休憩場所であった。

 休憩場所と言いながらも使っているのは専ら地面をウロチョロとしている誘導員が殆どだ。高層建築物と言っても過言でないガントリークレーンから降りるのは大変で、クレーンの運転手がそこを利用することは滅多にない。就業開始と終了時に作業着を脱ぎ着するくらいだろう。

 その建物であるが、ドアには暗号入力のボタンが設置されているので簡単には入ることができない。四桁と少ないながらも、大昔から使われている機械的な物理ボタンを有しているのでコンピューターによる解析は出来ない。尤も、中には金目の物を置いてあるはずも無く、入るだけ無駄というものだ。雨露をしのぐ、そんな意味合いでは十分に活用できるであろうが。


 建物の内部に入らずに調査するのであれば、当然ながら建物の周りを重点的に見て行くことになる。


「で、あそこにもカメラがあるけど、見なくてもいいの?」


 早速、足を動かし始めた八神の後を追いながら明音が脳裏に浮かんだ疑問を八神にぶつける。

 建物の入り口やその脇に向けて、誰にでもわかるように監視カメラが設置されていたからだ。だが、明音は気が付いていない、ハッキリとわかるのは映像を記録するためのカメラでないことを。


「ああ。あれはダミーだからな」

「ダミー?」


 壁に堂々と設置され、ケーブルも室内へ引き込まれている。動作確認の緑色のランプもしっかりと見て取れるのだからそれは無いだろうと明音は思うのだが、八神が言った通りそれはダミーなのである。


「なんでダミーってわかるのよ?」

「さっき、カートを借りるときにカメラの映像を見れないか聞いたんだよ。そうしたら、”見せられない、ダミーだから”って言われたからな」


 あっけらかんとした八神の言葉に明音は”呆れてものが言えない”と、額に手を当てて溜息を吐いた。


 主となる港湾事務所周辺には監視カメラが設置されていてそれらはしっかりと動き映像を録画していた。当然そこは港湾部の入り口にあたり関係者やいろいろな業者が四六時中出入りするのだから。だが、関係者しか使わぬ休憩場所の建物は室内に出入り確認用のカメラがドアを向いているだけだと言う。港湾部の入り口で入構者のチェックを済ませているのも一つの理由だろう。

 監視カメラが機能していれば多少の情報は得るられるはずだったのだから、映像から情報が得られないとわかれば明音が頭を押さえるのも理解できる。

 明音の妹や失踪した浮浪者が写っていなくて何らかの手掛かりがつかめるかもしれないのだから。ただ、明音は面倒になってきた八神の監視が少しでも楽になるのではないかと期待したのであるが。


「ま、そう落ち込んでても仕方ないだろう。探偵は伝統の足を使っての捜査に戻るしかないんだからな」


 八神は落ち込む明音を一瞥すると、その建物の横をすり抜けて奥へと進んでゆく。当然、明音も先を行く探偵の後ろを少し離れて仕方ないと付いて行く。

 そして、しばらく進んだ場所を起点にして様々な場所を調べるのだが、こんな早々に手掛かりが落ちているはずもなく徒労に終わってしまう。


 ”足で探す”と口にした八神はひょうひょうと何も見つからなかったとメモをしているが、明音は逆に何もなく徒労に終わってしまったと、ドッと疲れがでて今すぐにでも帰りたいと肩を落としていた。


「さて次に向かうか」

「え、まだ行くの?」


 八神は携帯端末の画面を開いて、次のポイントを確認する。カートで移動するほど離れていないと歩いて向かおうと足をすすめる。それを明音は”うへ~”と、溜息交じりに情けない声を上げるしか出来なかった。


「当然だろう。それとも何か、沢山ある場所の内、一か所だけ調べて、そこに何もなかったから帰るって言うのか?」

「そ、そうじゃないけど……」


 警察の捜査もそうだが、探偵の調査もそれは地味な聞き込みや調査の積み重ねが重要になってくる。ましてや監視カメラが無い場所であれば本当に小さな手掛かりが重要となることが多い。そして、その小さな手掛かりも一つだけではなく、二つ、三つと積み重ね数多く得る必要がある。

 だから、二時間ドラマの様に簡単に手掛かりが手に入ってあっという間に解決してしまうと思っていると、明音の様に間違った思い込みをしてしまうのだ。


「ほら、ぶつぶつ言ってないでさっさと行くぞ。俺を監視するんだろ」

「わ、わかったわよ」


 不躾な言葉を投げかけて八神はさっさとその場を後にして次の場所へと向かった行く。

 そして、明音は不承不承と重い足を叱咤しながら八神を後を追いかけるのであるが……。


 ”バターーン!”


 注意散漫になってた明音が悪いのだが、何かに躓いて思いっきり転んでしまった。


「も~!何でこんなのがあるのよ!」


 明音は蹴躓いた原因に向かって、怒りの声を上げるのであった。

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