第21話 思わぬ人が思わぬ情報を持っているのだ

「で、誰を探してるんだって?」

「ああ、こいつだ。一年位前に消えたはずだ」


 ライターをポケットに仕舞い、代わりに携帯端末を取り出して探している男の写真を浮浪者に見せる。浮浪者になる前の小奇麗な写真だったが、その写真の男に心当たりがあるらしく、うんうんと頷いていた。

 八神もその頷きに安心して浮浪者が口を開くのを今か今かと待ちわびる。


「確かに、一年位前にいなくなったな。だが、その時は御上がここら辺を一掃した時期に合致するぞ」

「あちゃ~。あの時かぁ……。そうすると、別の場所に行った可能性もあるって事か……」

「あの時って?」


 浮浪者と八神は一年位前にあった出来事に心当たりがあった。その状況を思い出していたのだが、明音はニュースを熱心に見ることなど無かったのでそれが何なのか、さっぱりわかっていなかった。

 そして、首を傾げる明音にゆっくりと説明をするのだった。


「浮浪者……、路上生活者を一掃しようって事があったんだよ。まぁ、結局は上手く行かなくて、この通りだけどね」


 八神の説明に浮浪者は顔を歪める。

 一年位前に二十四区議会で浮浪者や路上生活者の一掃計画が通った。つまりは街の外観を良くしようとしたのだ。落書きと見まがう様なペイント除去や夜逃げ同然で逃げ出し家主のいなくなった空き家の買い上げと同時に、である。


 それは直ぐに実行された。

 街中から落書きが無くなり、少ないながらも存在した空き家も区の管理下に置かれ一定の成果を出した。それに加えてガード下や公共施設の階段の踊り場にいた浮浪者や路上生活者も同時に区の職員や警察官らに強引に退かされ、一時はどこぞの施設に入った。だが、元々世捨て人の様な生活を好んでしていた人達が多く、半年もしないうちに大多数が元のガード下で段ボールハウスを再び作って行った。

 その時に区の支援によって社会生活に復帰していった者達もいたが数えられる程だった。


 二十一世紀の後半に入ったと言っても人々の思考が百八十度変わる筈も無く、その手の悪戯が後を立たなかったり、自らの生活を捨てる人々が増えるのはいつの時代でも変わらない。

 特に大きな戦争や大災害があった後なのだから増えるのも仕方が無いのかもしれない。


 そんな事が起こったものだから、目の前の浮浪者たちは二十四区の議員達を苦々しく思っているのである。命令されて実際に手を下した区の職員や警察官にも一時は恨みがましい視線を向けていたが、現状を回復した今では恨みを抱くような事はしていない。議員たちには今だ厳しい視線を向けているが。


「そ、そう言えば、学校のテストに出たの、思い出した。あの時ってわたしの住んでた区でも同じ事をしてた気が……」


 明音はふと、過去にあった社会科のテストを思い出していた。

 その時は二十四区だけでなく、他の区や大規模な繁華街を抱える他県でも同じような出来事が起きていて大きなニュースになっていたのだが、時事関係のニュースに疎い明音は今の今まで忘れていたようだ。

 女子高校生は興味の無い事柄には全く感知しないのだろう、そう思うと八神は微笑ましく思い、笑みがこぼれるのだった。


「それはともかく……」


 浮浪者は煙草を一度深く吸い込みポワッと煙を輪っかにして頭上へと吐き出して、脱線した話を元に戻すべく口を開いた。


「その男が居なくなったのはその時間あたりだな」

「だけど、一度ここに顔を出していたぞ」

「その後は港に向かって行くって言ってたけどよ」

「港?」


 八神と明音の後ろから別の浮浪者達の声が聞こえ、煙草を吹かす浮浪者の言葉を補完して行く。いつの間に集まったのかわからないが、何とも頼もしく思える。煙草を吹かしている浮浪者はこの近辺の浮浪者達をまとめている存在らしく、彼が話し始めたのを見て自分も自分もと話に参加してきたのだろう。


 こうなってくると情報を得るのも容易くなり、八神は思わぬ情報の量にホクホク顔になるしかない。

 しかし、表情を崩してしまうにはまだ早いと、改めて表情を引き締めて耳を傾ける。


「ああ、オレ達は見て無いけど」

「”呼ばれてる”とか言ってたな」

「いや、むしろ”こっちから出向いてやる!”なんて言ってたけど?」

「何だそりゃ?」


 集まって来た浮浪者達は我先に、聞いて、見て、そして、思い出した事を口々に話し始めた。八神が何も言わなくても徐々に情報が集まって来ると、引き締めていた表情が崩れるのがわかる。

 だが、集まった情報に思わず悪態をついてしまう。呼ばれている気がする、であれば何となくわかるが、逆に何も知らない浮浪者が何者かを害そうと口に出していたのだ。予想外の言葉に思わず言葉が漏れてしまうのは仕方が無いだろう。


 浮浪者からの思わぬ情報で調査が進む可能性が出て来た。それは喜ばしい事であるが、逆に言葉の意味を考えねばならなくなってしまった。呼ばれている気がする、だけであれば洗脳されたり、差出人不明の手紙を受け取ったのかもしれない。だが、出向いてやると口にしていたのであれば、理由は異なるだろう。


「だが、港だよな……。南に何かあるのか?」

「さぁな、オレ達はわからんよ。気ままな路上生活者だからな」


 港湾部は東京二十四区の南部に位置する。その為に”港イコール南”だと八神は思った。だが、その方面に何があるのかと言えば二十四区に住みだして結構な時間が経っているが何も思い出せなかった。唯一は、先日の身元がわかった”成りそこない”が中村達に駆除された雑居ビルの建設現場がその近くに存在するくらいだった。

 そんな場所に何の用があるのか八神ですら思いつかないのに、その日その日の糧を得るのに大変な思いをしている浮浪者達の脳裏に浮かぶはずもない。


「行ってみるしか無いか……。伊央理も向かったみたいだしな」

「え?」


 八神はよっこいしょと立ち上がりながら、伊央理と浮浪者に共通する項目が得られたと思わず口をついて出て来た。

 それを後で耳にした明音は思わず声を上げて驚いた。まさか、こんな所で伊央理、妹の手掛かりを耳にするとは思わなかったからだ。それに加え、八神からは何かわかったらすぐに知らせると聞かされていただけに失望に似た気持ちを抱いてしまった。


「あんたさぁ。何でそんな重要な事、わたしに話さなかったの?」

「ん?俺、今、なんか言ったか」


 明音は八神に怒りを孕んだ視線を向けながら、口からついて出て来た言葉の意味を問いただす。だが、八神は彼女の質問の意味が全く理解出来なかった。

 いや、理解出来なかったと言うのは適切ではないかもしれない。何故質問されているのかが理解できないでいた。

 それはそうだろう。八神は自分の口をついて出てきて言葉が深層心理から漏れ出した心の声なのだから。


「あのねぇ……」


 八神の態度に思わず頭を抱える明音。そのまま倒れてしまおうかとも思ったがそれよりも彼を問いただすのが先であると考え気持ちを切り替える。


「あんた、今、路上生活者が向かった港に伊央理も向かったって言ったじゃないか?何で、そんな重要な事、黙ってるわけ?」

「え?そんな事言ったか?」


 キリリと眉を釣り上げて八神に吠える明音。

 しかし、八神は言葉を発した事を自覚しておらず、何故怒りを向けられているのか理解出来ていない。確かに伊央理が港湾方面に向かったと情報を得ていたが、それを喋った記憶が無いのだから。

 首を捻る八神が惚けている様に見えてしまい、明音は再び声を荒げた。


「言った!」

「確かに”伊央理も”って言ってたぞ」

「そうだそうだ」


 明音の後から思わぬ援護が飛んで来た。

 だが、浮浪者達は明音の味方を下と言うよりも、八神の発した言葉をしっかりと聞いていたから”とぼけるな”と言いたかっただけである。


 そうなると記憶にないとは言え誤魔化す事も出来ないと諦めるしかなかった。

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