第20話 基本は地道な聞き込みです(物理)
可愛らしいファンシーな色使いで若い女子達の人気の音無の店を後にした八神と明音は、そこから十数分の場所を歩いていた。八神は途中で購入したおにぎりが沢山入ったコンビニの袋を、明音は着替えた制服の入った可愛らしい色遣いの紙袋を手に持ちつつである。
明音は大人っぽい服をプレゼントされて恐縮しているようであったが、八神にとっては保身の為で、それ以上の理由はない。あえてもう一つ上げるとすれば、経費として清算できるので税金対策が出来る事がもう一つの理由かもしれない。
向かう場所は、人通りはまばらであるが警察官の巡回経路と重なっており治安はそこまで悪くない。
そんな人通りがまばらで治安がそこまで悪くない場所を好んで腰を据えてしまう者達もいる。それが八神がこれから調べようとしている浮浪者、ホームレスである。
明音が八神に依頼しているのは彼女の妹である伊央理を探して欲しいとの事だったはずだ。では何故、”成りそこない”と係わりがあるとされる浮浪者の聞き込みをしようとしているのか理由があるのだ。それは伊央理が撮影された防犯カメラの映像にある。
伊央理が撮影されたその前後で”成りそこない”がその場に現れている。その後、”成りそこない”から逃げる様にその場を去り、行方不明になっている。伊央理を探すだけであればこんな場所に来る事など無かったが、同じ場所に”成りそこない”が居てそれを目撃してしまったかもしれないと思えば、何か関連を匂わせるのもわかるだろう。
もしかしたら重要な情報が得られるかもしれない、そんな淡い期待を抱かずにいられないのだ。
「ところで、あの人は何なの?ただの知り合いって事はないわよね?」
先ほど、明音に似合い動きやすい服装を選んでくれた店の女装男を思い出して八神に訊ねた。高くないとは言え、高校生の明音にはそれなりの値段の服を贈られてしまった為に、尋ねぬわけにもいかぬと、多少の罪悪感を感じつつ自問を口にした。
背が高いだけでなく、可愛い服で隠れていたとはいえ明音には筋骨隆々の鍛えた体が普通ではない、何らかの訳ありの経歴を持っていると感じてしまったのだ。
「ああ、アイツは元、防衛軍の特殊部隊エリートだよ」
「ふーん。そうなの……。元、防衛軍所属ねぇ」
明音の問いにあっけらかんと答える八神。
元、防衛軍所属のエリート隊員であると聞かされて、明音はなるほどと首を振る。警察官に、元とは言え防衛軍所属のエリートが知り合いとわかれば八神の噂も眉唾であったと考えを改めざるを得ない。
これなら伊央理を見つけ出してくれる、そんな期待を抱かずにいられなくなってしまう。
「それにしても元、防衛軍所属のエリートが何で浮浪者の情報なんて持ってるのよ?」
「それに関してだが……」
一つ疑問が解決したと思ったが、再び頭に浮かんだ疑問を明音は口に出す。
若い女子相手に商売をしているのであれば、その対極にいて無関係の浮浪者など知らなくても良いだろう、誰もがそう思うだろう。
だが、音無は店に顔を出してくれる若い女子達のために、街の危険を取り除こうとして様々な情報を得ていた。その中に浮浪者の情報があったにすぎないのだが、それが今回役に立ったのである。
尤も、街中の危険の排除は警察に任せれば済んでしまうのだが、音無がしている一番の理由は体型維持(?)の為であり、いわば趣味のようなものなのである。多少、やり過ぎるきらいはあるのだが。
「ふ~ん。見えないところで頑張ってる人もいるのねぇ」
「そういう事。っと、見えてきたぞ」
二人が話を続けていると目的地が見えてきた。
浮浪者が寝泊まりする段ボールハウスが幾重にも重なり、さらにキツイ匂いが漂ってくる。
そこを八神は平気な顔をして一人の浮浪者に近づき声を掛ける。
「ちょっといいか?」
「……」
横になり寝ている浮浪者は面倒くさそうに瞼を開けて、ギロリと目玉だけで八神を見据える。
八神が危害を加えてこないと雰囲気でわかっているのだろう。そして、八神がぶら下げる有名コンビニの袋に一瞬だけ視線を向けると首を持ち上げる。
「この男を見たことは無いか?」
八神は携帯端末を取り出して、女装趣味の音無から貰ったデータのうち失踪者の写真だけを写し出して浮浪者に見せる。
「わからんな……」
「そうか……。ありがとう、これは礼だ」
そっけない態度を取った浮浪者に舌打ちもせず、八神はコンビニの袋からおにぎりを一つ取り出すと浮浪者の目の前に一つ置いて次の浮浪者のへと向かう。そのあとには当然のように酸っぱい匂いに顔をしかめた明音が続く。
その後も寝ている浮浪者に同じように質問をして、そっけない返事を貰いながらおにぎりを渡して行く。そして、おにぎりが最後の一つとなったところで順番ではなく、離れたところで壁にもたれて座る浮浪者へと足を向けた。
おにぎりの個数に制限があるとはいえ、最後に順番を飛ばしてしまったのか明音には理解ができなかった。なぜ、順番が飛んでしまったのかと訊ねたい気持ちだったが、それには時間が足りずその気持ちを胸に仕舞い込んだ。
「さて、聞きたいことがあるんだが……」
「ふん、教えてやってもいいが、その娘を何とかしないと誰も話さんと思うがな」
浮浪者たちは知らぬ存ぜぬをただ決め込んでいるのではない。彼らに嫌悪感を持つ者が現れれば一致団結して事に当たると決めていたのだ。そう、八神の後ろをついて歩く明音が鼻腔を刺激する匂いに顔をしかめているのがその元凶であったのだ。
だが、八神が訊ねるたびにお礼を置いて行くので、見かねてアドバイスを送ったのである……が。
「って、事で明音」
「な、何よ?」
「同じ人間だ。そう嫌悪することもないだろうよ」
八神は後ろでボーッと突っ立っている明音に自らの鼻をつまんで注意を促す。普段では嗅ぐことのない匂いなので明音の気持ちは痛いほどわかるが、彼女のその態度で仕事が詰まってしまうのは八神の本分ではない。
「って、これだけ匂えばこうなるのも当然でしょ」
「それが行かんのだが?まぁ、まだ高校生だし、許してくれんかね?」
明音が憤るのも仕方のないことだろう。彼女はまだ高校生であり、世間の荒波に揉まれてなどいないのだから経験が乏しいと言えるだろう。だが浮浪者たちはそんなことは知ったことではないと冷たく突き放してしまっていた。
だから八神はそれとなく注意を促したのだが、その意図は彼女には完全に伝わっていなかった。
とは言え、情報を得られなければ出直すしかなくなり、二度手間となる。それは御免被りたいと明音が何故顔をしかめねばならぬほどに経験が乏しいかを
それで許しを得られるかは五分五分ではあると見ているが、もう一押しとばかりに続けて口を開く。
「アンタらには関係ないかもしれないが、この子の妹が行方不明でな。その捜索の一環なんだ。少しでもいいから教えてくれないか?」
コンビニ袋とは別に上着のポケットから煙草の箱を取り出すとポイッと浮浪者に投げ渡しながら改めて願いを口にする。
「ふん。今日だけは勘弁してやろう。アイツらが許してやれって向けてくる。それに、久々にこれを吸えるんだから目を瞑ってやるさ」
「すまないね」
目の前の浮浪者は視線を他の浮浪者たちに向けた。八神が横目でちらりと見ると誰もがうんうんと頷いている姿があった。彼らは化粧をした明音がもう少し大人と見ていた様で、未成年と思っていなかった。その未成年が行方不明の妹を探し出そうとしていると聞き、ここまで足を運んできたのだから今回ばかりは仕方がないと思ってしまったのだろう。
八神はゆっくりと腰を下ろしながら携帯端末を仕舞い代わりにライターを取り出すと煙草の封を開ける浮浪者に向ける。そして、カチッとイグナイターの音と共に小さな炎が浮浪者の煙草に火をつけた。
浮浪者が肺一杯に吸い込んだ白い煙が口から吐き出されあたりに匂いが充満したところで彼は口を開き始めた。
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