第19話 TPOは何処へ行った?
東京二十四区中心近くの商業ビル二階で若い女子向けの店を開いている大柄な女装男である。品揃えは若い女子、--主なターゲット層は女子高校生から二十代前半--が、好みそうな服飾品を中心に、アクセサリーや文房具等を扱っている。
何故、今の場所に店を構ているかと言うと、本来は今の店とは別に離れた場所で彼女(?)が身に纏えるほどの大柄な、--というと語弊があるかもしれない程の巨大な--、女性向けの服飾品を扱っている店を構えているのだが、そこにうっかりと発注ミスした標準的な商品を置いたら、それが話題になって売り上げが倍増、最終的に駅から離れた自宅では場所の不満が続出し、現在の駅前へ若い女子向けの店を出したのだ。
その彼女(?)の前職はと言うと、服飾関係の仕事をしていた訳では無く、探偵八神と知り合いだとわかる通り、”ニュー・ヒューマン”関連の職に就いていた。
しかも、国防に関する職業である。
現在の日本は二十一世紀の中程に起こった大戦の影響で自衛隊は解体され、その代わりに防衛軍が組織されていた。そして、大戦が終わって暫くしてから新たに組織された特殊部隊の一つ、対”ニュー・ヒューマン”対策班、そこに彼女(?)が所属していた。
八神とは、特殊部隊の任務中で顔見知りになって以来の関係となっている。
ちなみにであるが、大戦は新エネルギー保持陣営と旧エネルギー陣営とで争いになり、新エネルギー保持陣営が勝利をしている。
今現在、核分裂を利用していた原子力発電はその影響で淘汰され、低出力の水発電エネルギーと高出力の水素発電エネルギーが主流で、内燃機関が細々と利用されているに至っている。
その低出力の水発電エネルギーが個々人が持つ携帯端末に搭載されて、一昔前に問題視された、動作時間の短さから解放されている。
そんな彼女(?)に出された質問、この近辺で失踪者の存在の有無を調べて欲しいと言われてしまっても碌な答えを出せる筈も無く……。
「確かに、それだと私の出番は無いわね~」
八神の質問に腕を組んで暫く考えていたが、心当たりは無くお手上げだとばかりの答えを口にしてしまう。
「そういうと思った。だが、一年前にさかのぼったら、と限定したらどうだ?」
「一年前?」
音無は何故と首を傾げる。
それを八神は”やはり”と、さらに口を開く。
「数日前の”成りそこない”は一年前に出張で東京二十四区に来ていた時に失踪したらしい。捜査一課で調べを進めているだろうが、お前の所まではまだ情報が来ていなかったみたいだな」
八神が口にした通り、噂程度は音無の耳に届いている。
”成りそこない”が何処へ現れたとか、どんな事件が起こっているか等。八神を通じて警察関係者と多少の面識を持っているのでその程度は何もしなくても情報が入って来る。
だが、音無は防衛軍関係の情報には強くても警察関係の情報は弱く、詳細な情報を仕入れるには防衛関係から迂回されて入ってくるまでに時間が掛かってしまう。それだから八神が説明した情報を持っていなかったのは当然なのだ。
「それが事実なのね。そうなるとシチュエーションが違うわね。ちょっと待ってね」
音無が脳裏に描いていた条件に一年前と加わるだけで、無能だった彼女(?)が有能になるのだから、条件付けがいかに大事かとわかるだろう。そう、新たに購入した新鮮な肉をスライスして行くよりも、すでに熟成された肉の美味しい部分だけを切り出すような、そんな感じだろうか。
生き生きし始めた音無は携帯端末を取り出して操作を始める。その中には彼女(?)が入力して溜め込んだデータがこれでもかと入っているのだろう。当然、バックアップは外部のサーバーに取っているだろうから携帯端末が無くなっても大丈夫になっているはずだ。
そして、膨大な情報の海の中からとある情報を見つけると携帯端末の画面に映し出し、八神に向けるのであった。
「見つかったのはこれね」
「やはり、浮浪者か」
男の名前と同時に顔写真までもが提示されていた。
そして驚愕なことに、映像までもが再生できるデータとなってるのだから脱帽しかない。
「そうね。この男は監視カメラのある場所でいつも寝ていたわ。でも、いつの間にか居なくなったのね」
音無が動画を再生し始める。
基本的には拾ってきた段ボールや断熱ビニールなどで、人の目がある高架下に寝床を作っている映像が映し出されている。商業ビルや雑居ビルの裏手でゴミを漁る姿も当然見られる。
だが、その映像にはニュー・ヒューマンの”成りそこない”へと変貌するヒントは全く見られない。
「この資料は貰えるのか?」
「いいわよ。でも……」
「デートはしないぞ」
八神が携帯端末を取り出しながらデータの受け渡しをして貰おうとすると、音無は条件をつけようとする。当然、それは予想していたのできっぱりと断る。
しかし、諦めの悪い音無。八神が断る事を想定済みであったのでさらなる条件を提示しようとする。
「ホテルにしっぽりと一晩……、でもいいわよ」
「それも断る」
堂々めぐりと言えば良いのか、諦めが悪いと言えば良いのか、音無が新しく提示した条件にも八神はあっさりと拒否の姿勢を取る。本当に女装趣味だけなのか疑問に思いながら。
そして鞄から封筒を取り出すと音無の目の前にバシンと叩きつけた。
その無言の圧力に音無はタジタジになり溜息を吐きながら目の前に叩きつけられたヒラヒラの封筒を懐に仕舞い込んだ。
「はぁ。仕方ないわね、これで我慢してあげるわ……」
「そうしろ。いつも通りの金額が書いてある。何度も言うが、俺は男に興味は無いからな」
八神が叩きつけた封筒には金銭の受け渡しの銀行券が入っている。
金銭の受け渡しは一般的には携帯端末でやり取りが出来る。
少額では税金も掛からないので子供へのお小遣い等に利用する家庭が多い。八神達も携帯端末で行えばよいと考えるかもしれないが、金額の多寡や金銭の出所を知られたくないのでこの様な方法を取っている。尤も、銀行券の出所は警察が調べる事ができるので時間さえかければすぐに明らかになってしまうのだが。
それでも銀行が発行している為に個人情報が漏れだしてしまう事は圧倒的に少ない。
音無がその封筒を懐に仕舞った後、携帯端末を操作して八神の携帯端末へ閲覧者権限を付与して転送を行う。閲覧者権限を付与するのは何時もの通り。情報の拡散を考えれば当然の事と言えよう。
「その情報は煮るなり焼くなり好きにしていいわよ」
「お、無事に受け取れたみたいだな。ほほぅ、なるほどね」
「何がなるほどか知らないけど、気を付けてよね」
「ああ、わかってるさ。浮浪者が
八神はすくっと立ち上がりチラリと感謝の視線を送ると彼女(?)より早くバックヤードを後にするのだった。
そして、店に戻った八神は無言のまま、立ち尽くすことになってしまうのだが……。
「って、なんだ?それは」
八神の前にはピカピカと輝く刺繍が鮮やかなシャツとヒラヒラの風で待ってしまいそうなスカートで待ち伏せていた明音の姿があった。頬を赤らめている辺りが初々しく感じるが。
これから八神の調査、聞き込みに向かうとわかっているはずなのに、何でその恰好なのか?と疑問符が脳裏を飛び交ってしまい、その言葉を思わず漏らしてしまった。
その八神に不思議そうな表情をしながら店員が言葉を掛けて来る。今日の目的はこうあるべきではないかと……。
「え?今日、これからデートでしょ、オジサンと」
溜息しか出ない、と八神は思わず肩を落す。
確かに着飾り化粧した明音は馬子にも衣装とまでは言わないが、思わず驚いてしまう程に可愛らしかった。だが、これから向かうのは八神が依頼された件に関する調査であり、聞き込みである。そこに急遽予定に組み込んだとは言え、これから浮浪者のたまり場に向かうのだ。そんなお洒落をした明音を連れて行くなど、狼の群れに餌となる羊を投げ込む様なものである、と思わざるを得ない。
だから、八神は脱力したまま店員に手を振りながら告げるのである。
「駄目、やり直し……」
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