第18話 巨大な女装趣味人は嫌いですか?

 八神の探偵事務所を出発してから二十分ほどで、二十四区で一番栄えている駅前に到着した。

 この東京二十四区は新しく埋め立てられた場所だけあり、ビルや住宅を建設する前に真っ先に鉄道と中心地としての駅が建設された。その場所を中心に市街地が、そして南部の港湾部を中心に倉庫群が広がっている。計画的に作られただけあり、区分けはしっかりとしている。

 そして、市街地と倉庫群の中間にはマンションなどの住宅地や公園が建てられている。もっとも、新規の土地であるために地価が高くいまだに半分以上が売れ残っているのが実情なのだが。


「そろそろ到着するぞ」

「……ん、わかった」


 駅近くのタワー型駐車場に車を乗り入れると、助手席でうとうととしていた明音に声を掛ける。二十分ほどしか車で揺られてないにもかかわらず、船を漕いでいるのだから余程寝不足なのが良く分かった。うっすらと隈が出来ているのだから気持ち良くなって寝てしまうのは仕方のない事だ。


 車を停めて明音と共に向かったのは一棟の商業ビル。当然、テナントが沢山入っている。縦長のショッピングモールと言った所だろうか?

 明音は何でこんな場所に向かうのかと不思議でなかったが、八神にはハッキリとした目的があった。ここでなくてはならない理由が、である。


 テナントの入る商業ビルの二階、フロアの中ほどに八神が目指す店があった。

 ただ、そのフロアは女性用の洋服やアクセサリーなどを売る店が中心で、八神には用のない場所では無いかと明音は首を傾げる。


「ね、ねぇ。ここでいいの?」

「ああ。ここが最初の目的地だ」


 八神は明音の背中を押しながらその店へと入る。

 制服姿の明音とおじさん八神のコンビでは浮いてしまって見えるだろう。この場の雰囲気に合わない、明音はそんな気がしてしまうのであった。


 そんな二人に客は冷たい視線を向ける。その視線を無視しながら八神と明音は奥へと進んで行く。すると八神は女性なのに異様に背が高くがっしりとした体格の店員を見つけて気軽に声を掛ける。


「おう、久しぶりだな」

「あれ~、八神ちゃんじゃない?今まで顔を見せなかったのはどういう事。私の事が嫌いになっちゃったかと思ったじゃな~い」


 女性なのに口から発した声は低いだみ声だった。

 違和感しかない背格好をした女性の声を聞き、明音は内心の疑問が雪解けの様に解けて納得していた。


「よせやい。男に興味は無いぞ」

「あら~?つれないわね~」


 そう、異様に背が高くがっしりとした体型は男そのものである。

 その女性、いや、男性は知り合いらしく、八神と馴れ馴れしく呼び合っていた。

 だみ声だけであったのならLGBTとして片付けられるかもしれないが、女性、ではなく男性の仕草を見てしまえば 趣味としてその服を身に纏っているのだろうことは容易に想像がついてしまう。

 要するに、女性、ではなく、目の前の男性はいつもいつも八神にアタックしては振られている、そんな仲なのだろう。八神が自らのお尻を押さえながら断る様が二人の関係を良く表している。


「まぁいいわ。今度デートしてね」

「断る!」

「ん、もう。大声を出さないの。お客様がビックリするじゃない」


 がっしりとしたガタイの女装男が乙女チックな仕草で八神を注意する。

 この店の名物なのか、周りの客はそれを生暖かい視線で見守っているのがまた面白い。


「それで、今日は何の御用?」

「二つほど要件がある」


 周りの視線に辟易してきたのか、耐えられなくなったのか、二人は真面目な表情に戻り話題を戻すことにした。

 八神がこの店に来た一つ目の目的。


「一つはこいつを綺麗にして欲しい」

「わ、わたし?」


 明音が素っ頓狂な声を上げて驚いていた。まさか明音自身が呼ばれるとは思わなかったからだ。

 八神はそんな明音の恰好、特に制服姿を何とかしたかった。

 理由としては、おじさんと女子高生が一緒に歩いていれば未成年者略取が疑われてしまうのを何とかしたかったのだ。

 明音が伊央理の事を思っていてお洒落に気を使っていない事に同情した訳ではない。あくまでも八神自身の保身のためである。


「私と言うものがありながら……。やっぱり、若い子が良いのね」

「お前は男だろうが!それと誤解している」

「意味、分かんないんだけど、説明してくれる!」


 さめざめと無く真似をする店員の女装男、--胸のプレートには店長の音無おとなしと記載されている--、音無にジトッとした冷たい視線を八神は向ける。起きているうちに寝言を言うなどボケが進んでいるのではないかと言いたげに。

 その横では話について行けぬ明音が怒りを孕んだ表情を二人に向けるが、当人たちは知らん顔を決め込んでいる。


「ふ~ん、依頼人ねぇ……」

「ああ、だからお前の考えているような関係じゃない」


 納得したのか、していないのか、音無は腕を組みながらフンと鼻息を荒く吐き出すと一人の店員を呼び出した。


「この、お願いね」

「予算の制限はあるそ。金が湧いて出てくる訳じゃねぇからな」

「店長、任せてください!」

「え、ちょっと、ちょっと~」


 そして、店員は明音の意志とは裏腹に、広いとは言えない店へと彼女を連れて消えて行った。この店の店員に任せておけばこちらの意図を理解して予算内で適当な服を選んでくれるだろう、と八神はそれを見送った。


「で、もう一つは……。それは奥で話しましょう」

「やはり、わかってたか」

「そうでしょう。どれだけ貴方と付き合っていると思っているの?」


 バスケットボールの選手かと思われる程の頭上から威圧的に聞こえて来る女装男の声に従って後について行く。

 店の裏手、バックヤードは数名の店員が着替えや休憩に使われるだけの狭いスペースしかない。とは言いながらもデカいと言っても過言ではない女装男の音無が店長を務めているのだからそれ相応の広さは確保されている。その一角に二人は座り顔をあわせる。余り知られてはならない話なだけあり、二人の距離は緊張する距離だ。うっかりすると唇同士が重なってしまうのではないかと思う程の。

 八神には御免被りたい状況ではあるが、逆に音無にとっては願っても無いチャンス、そんな距離となった。


「今日は止めろよな」

「ん、もう……つれないわね。まぁいいわ。早速、話をしてしまいましょう」

「ああ、頼む」

「ふふ。早く終われば私の魅力にメロメロになるかもしれないしね」

「それは無い!」


 つれない返事を耳にして音無はふんぞり返るようにして八神から顔を離した。

 あのシチュエーションは音無にとって絶好の機会だったが、仕事モードの八神には何を言っても始まらないといったん諦める。


「それで、今日はどの件?」

「先日、中村達が”成りそこない”を駆除したのは知っているか?」


 音無は八神を通じて中村達、警視庁二十四区署特殊捜査課の面々とも面識がある。それ故に”中村達”と一言で済んでしまう。尤も、音無と中村の面識はなくてもお互いの存在自体を知っているのだから、余計な説明は要らないだろう。


「ええ、知ってるわ。貴方が手を出す暇もなかったって、あれでしょ」

「ちょっと語弊があるな。俺が到着した時には解決していただけだ」


 音無はクスリと不気味な笑みを浮かべ、首を縦に振って答える。正確に事柄が伝わってないのか、八神には不満であったらしく顔を曇らせる。


「ふふ、大丈夫よ。まだ、昔の伝手は失ってないもの」

「今回はその伝手は使えないかもしれないな。二十四区での失踪者が居ないかわかるか?」

「失踪者?」

「ああ。それも、警察に届け出を出さないような単身者や独り身な男だ」


 そう、八神が告げると音無は顔をしかめて唸り始めるのであった。

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