第17話 探偵、女子高校生と出かける

 街で暴れたニュー・ヒューマンの”成りそこない”についての報告を受けてから二日の間、足を使って情報を集めていたが有力な情報が得られずにいた。

 丸二日もそんな状態が続いたのであれば気持ちは沈み、やる気が起こらないのも当然と言えよう。


 時計の針は既に九時を回っているが八神はベッドから起きることなく、まるで布団と結婚したかのように抱き合っていた。愛しい人を離さないとばかりにである。

 だが、普段はソファーをベッド代わりにしているので、結婚というよりも不倫とでも言い表した方が適切かもしれない。


 そんな不貞腐れてベッドで寝ている八神の探偵事務所にけたたましいチャイムの音が鳴り響いた。言わずと知れた来客の到来を知らせる玄関のチャイムだ。


「ったく……。はいはい、今行きますよ~」


 繰り返し鳴らされるチャイムに辟易した表情を浮かべながらベッドから這い出すと、大きな欠伸を一つしてから玄関へと来客を出迎えに行く。けたたましく鳴らす来客など普通では無いだろうと眉間にしわを寄せながら。

 そして、玄関ドアを開けて見れば”やっぱり”と一層表情を曇らせた。


「連絡くらい寄こしなさいよ!」


 目の前に現れた制服姿の依頼人、染谷明音そめたに あかねが開口、一番怒りに似た表情を浮かべながら声を荒げる。


「何の調査も進んでないって連絡を入れようとしたところだったんだがなぁ」


 八神はボリボリと頭を掻きながら言い訳を口にするが、明音は納得しておらず盛大に溜息を吐いた。

 半分本当なのだがなぁと思いながら、玄関先に立たせておくのもまずいと事務所に招き入れる。八神自身は世間の視線に慣れているがまだ高校生の明音には厳しいだろう。この年齢で慣れさせてしまっては立つ瀬がない。


 ソファーに明音を座らせると、八神は寝間着姿だった事を思い出し別室へ着替えに向かった。明音の視線が冷たかったのはそれが原因かもしれぬと考えたのだ。

 ただ、寝間着とは言っても、そのままコンビニへと向かえるようなスウェット姿であったのでそのままでも良かったのだが、相手は今を時めく女子高生となればそうとも言っていられない。少し予定が繰り上がったが調査に出掛けるのもやむ無しと外出着を纏い見た目を整える。

 まぁ、正直なところ、明るいグレーのスウェットは”おっさん”ぽいと思わざるを得ないと頭の隅にあったのは事実だった。


「で、日曜日に制服・・着て、どうした?」

「だから、何かわかったかもしれないから聞きに来たんじゃない」


 当り前じゃない、そんな言葉が出てきそうな表情を見せながら、ソファーからグイっと体を乗り出して八神に迫る。成熟しきっておらず色っぽいとは言えないが、彼女の取っている姿勢では若干であるが視線の向け所に困ると、空中を泳がせながら明音を問いただす。


「それはわかってるんだが、何故制服?俺の所だったらどんな服でもいいんだぞ?」


 八神の視線が四方八方へと泳いでいるのを不思議に思いながらも彼の質問に答える。


「だって、面倒なんだもん……。一人分の洗濯って面倒なのよね」

「それはわかるが……。俺も一人暮らしだから洗濯の面倒なのはわかるが誰もが休む日曜日まで制服ってのは女の子としてどうなんだ?」


 別段綺麗と言う程ではないが、明音は花も恥じらう女子高生なのだからある程度はお洒落を決め込んでいても可笑しくはない。化粧などせずとも若さと活発さで街行く男からは振り向かれるだろうと八神は思うのだった。


「確かに終わってると思うわ。でも、伊央理がいないんだもん……。お洒落は伊央理が帰ってきてから……」


 明音は言葉尻が徐々に下がり、最後には蚊の鳴くような声になるとしゅんとしてうつむいた。妹の伊央理の事を思っているのだろう。

 普段は明るく気丈に振る舞っているようにも見えるが、内心では伊央理の事が心配でしょうがないのだろう。彼女の目元はよく見ればわかる程度であるが、隈が表れているのが証拠でもある。


 良く知る人が急にいなくなってしまう寂しさは八神にも経験があった。

 だから、明音の気持ちは痛いほどわかる。

 少しではあるが、今までの不躾な態度を顧みて、八神は反省の色を表す。


「無粋な態度を取って悪かったと思うよ。でも、今日のところは何も話す事は無いし、これから聞き込みに行くんだ。不在になるから帰ってくれると助かるんだが……」

「なら、付いて行く!あんたの仕事っぷりをこの目で見てやるんだから」

「え、ええぇ?」


 気落ちした明音に優しい言葉の一つでもかけてやろうと今までの言動を謝罪する。そして、すこしでも手掛かりを掴めないかと調査に出かける事を伝えたが、思ったことと真逆の答えが聞こえて動揺の表情を見せてしまう。


「ちょ、ちょっと待てよ。いくら何でも付いてくるってのはどうかと思うんだが?」

「大丈夫よ、邪魔はしないから。仕事の査定をするだけよ」


 いやいや、仕事の査定をするって、どういうことか、思わず天を仰いでしまう。

 百歩譲って付いて来てしまうのは仕方ない。だが、明音と一緒に出掛けようとすれば、一つ問題が発生する。


 いつの世でも変わらないが、不精髭を蓄えたおっさんと制服に身を包んだうら若き女子高生が一緒に街を歩いていたら、どんな視線を向けられるか容易に想像がついてしまう。最悪は警棒を腰にぶら下げ、銃器で武装した警察官に呼び止められてしまうかもしれない。

 そうなっては聞き込みは難しくなってしまうだろう。

 それだけならいい。

 むしろ、警察署にお世話になってしまう可能性さえ捨てきれない。

 未成年者略取の疑いを掛けられるのだけは御免被りたい。

 だから、八神はやんわりと明音に帰宅を促すのであるが……。


「そんな事言って、聞き込みに行かないんでしょ?知ってるんだから!」


 ”こりゃダメだ”


 そう思った瞬間だった。

 聞く耳を持たない明音には、これ以上の説得は無理で諦めるしかない、と。


 そんな明音に視線を向けながら溜息交じりに言葉を吐く。


「はぁ。仕方ないな、付いてきなよ」

「やった!」

「だがな!」


 一緒に同行するだけなら問題は無いだろう。だが、それはあくまでも同行だけだ。勝手に動き回られても、喋られても困る。釘を刺しておかなければと続けて口を開く。


「勝手に喋るな、動き回るな、俺の指示に従え。いいか?」

「それはわかったわよ。仕事の邪魔はしないわ」


 気前よく返事をする明音に、事あるごとに邪魔されるのではないかと一抹の不安を抱くしかなかった。

 そして、喜んでいる明音を見ていれば、気落ちしたまま帰らせて途中で事故に合うよりはマシだろう、そう、自らにそう言い聞かせるしかなかった。


(それにしても恰好は何とかならないものか?それも込みで”あそこ”が一番だな)


「とりあえず、出かけるぞ。忘れ物はないか?」

「大丈夫よ、これだけだもん」


 早速出かけようとソファーから立ち上がる。

 八神の荷物は玄関脇に置いてある鞄だけ。その中に必要な道具は入っている。それを持ってゆくだけで済んでしまう。それに加えて連絡用に肌身離さず持っている携帯端末を追加するだけなのだが。

 そして、玄関に向かいながら鞄をひょいと手に取るとそのまま背負う。


 八神の後に続けと明音が後を追う。

 荷物は殆ど無い。

 しいて言えば小さな鞄を斜に掛けているだけだ。携帯端末が入るだけ、そんな量しか無いと思われる。それで足りるのかと思うのだが、明音本人はニコニコしているのだから大丈夫なのだろう。

 そう思いながら明音を伴って事務所を後にし、地下の駐車場へと向かう。

 初めの目的地へと向かうために。

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