第16話 今後の捜査方針を決める(個人的に)

「それじゃ、報告書を頑張って仕上げてやれ!給料泥棒」

「こらぁ、ちょっと待てぃ!」


 八神は中村達へ一声掛けてから別れようとした。

 片手を上げて挨拶までして、さぁ、次の場所へと向かおうと足をすすめようとしたのだが、そうは問屋が卸さんと中村が肩をガシッと掴んで静止させた。

 ”まだ、なんか様ですか?”と中村へと振り向くと、鬼の形相で八神を睨みつけていた。


「飯田の野郎は何も言わなかったけどよ、気になる事があるよなぁ?えぇ!」


 その中村から鬼の形相で睨まれれば帰りたい気持ちをグッと押し殺して耐えるしかない。力に訴えれば逃げ出す事も出来ようが、数少ない知人でいろいろと相談に乗ってくれている彼を足蹴にする事も出来ないと仕方ないと付き合うことにする。

 そして、”はて、何だろうか”と、八神は首を傾げて考えを巡らせる。


 昨日の”成りそこない”の出現まで日数が開かなかった、とは説明を受けたがそれ以上は気が付かなかいままだった。その状態のまま唸り声を上げていると中村が呆れて物が言えんと表情に現しながら口を開くのだった。


「探偵だったら気が付けよな。ちゃんと資料に書いてあっただろう。失踪してからどれくらい経ったか!」

「おおぉ!」


 中村の言葉に八神は手をポンと叩いて声を上げた。

 おお、その事かと。

 納得行ったようである。


「失踪してから約一年。それまでよく生きてたな、と思わんか?」


 にんまりと不気味な笑顔を見せる中村が指摘した通りだった。

 飯田室長はそんな事はどうでもよいと思ったのか、それは警察の仕事だと思ったのかは定かではないが、何時失踪したかなど全く触れなかった。だが、中村にとって、--三上もそうだが--、は非常に大切なことだった。もちろん、八神にとってもだ。


 失踪した理由も千差万別、人の数だけあるだろう。だが、”成りそこない”になった彼が失踪する理由が見つからない。

 東北地方から出張で東京二十四区まで来ていたにしろ、しっかりと仕事を終え、帰りの移動手段を彼自身の手で手配していたのだから。

 それに加えて捜索願を出した人が彼の結婚したばかりの妻である事も失踪の理由にならないだろう。相手が酷い鬼嫁で結婚が間違っていた、結婚は人生の墓場だった、と認識していたのなら別であるが。


 そして、自ら失踪しそうもない彼がどうやって一年も生き延び、”成りそこない”になって現れたのか、疑問が湧き上がってくるのだ。


「ふんふん。なるほどね」

「それにだ、八神」

「まだあるのか?」

「”成りそこない”が現れるまで約一年、もしくは、それよりも少し長い期間で”成りそこない”が現れた、と言ったらどうする?」


 ”成りそこない”がこの二十四区で集中的に現れる事。

 散発的に現れる事。

 期間が数か月起きに現れる事。

 ここまではわかっていた。

 それに加えて、失踪してから約一年後に、失踪した区域に現れた事。

 これらを加味すればおのずと調べるべき事柄が浮かび上がってくる。


「鉄さんが言いたいのは、一年前に失踪した人たちを調べろって事っすね?」

「ま、そう言うこった。だが、難しいと思うがな」

「そうっすか?」

「ああ、確かにそうだな」


 一年ほど前に失踪した事があるかを調べれば良い。ここまでは中村も八神もしっかりと考えたことだった、三上が口にしたように。

 しかし、八神がそれは難しいと口にしたのは当然の如くのしかかっていた理由が関係してるのだった。


「今回だけだろうが。捜索願を出された人と”成りそこない”が一致しのたのは」

「あ、そう言えばそうっすね。さすが、鉄さんっす!」

「”さすが、鉄さん”じゃねぇ。褒めても何も出ないぞ。それにな……、もっと、足りない頭で考えろってんだ」


 足を使って調べるとしても誰を調べれば良いか、全く情報が無い。

 失踪届が出されず、この二十四区で居なくなってもわからない人。


「って、ことは鉄さん、居なくなってもいい人を調べるって事でいいんすね?」

「ようやくわかったか」

「でも、それだと人手が足りないっすよ」

「それはオレ達の仕事じゃねぇだろうが?」


 三上の頭をグリグリと、まるで子供をいじめているように撫でまわす。当の中村にはいじめている気持ちはこれっぽっちもないのだが。


 そうやって、捜査の方向性を見出した中村と三上はまるで悪事を働く悪人の様な不気味な笑みを浮かべてさらに続ける。


「捜査一課にリークしてやれば、アイツらは勝手に調べてくれるさ」

「悪人っすね~」

「今のオレには誉め言葉だよ」


 そこまで話して中村と三上は八神へと視線を移す。

 捜査一課の方針がどうなるかヒントを与えてやればどうやって動くのか、方向性は見えるだろうと。


「ああ、わかったわかった。有難く情報を貰っておくよ」

「”成りそこない”の失踪とお前さんが依頼を受けた女の子の失踪と関係があるかわからんが、別の”成りそこない”の出現現場に居たんだから考慮しておいた方が良いだろう。ま、お前さんの事だから気を付けるだろうが……」

「そうだな。気を付けて調べる事にするさ」


 そう言うと八神はやっとのことで中村達から解放されたとほっと息を吐き出しながらその場を去るのであった。


 八神を見送る中村と三上。

 中村は後は何とかするだろうと安心するが、三上はいくら強いと言っても民間人に調べられるのだろうかと心配になった。だが、それが杞憂であるのだが、三上にはこの時は知る由もなかった。


「ところで鉄さん、どうやって捜査一課に情報を流すんすか?この前みたいに情報屋経由っすか?」

「いや、今回はそうも出来んだろう」


 前回の情報、”成りそこない”の目撃者の女の子、染谷伊央理の名前は情報屋を経由して捜査一課へと流した。表だって動いていない風を装うために必要な処置であった。

 だが、今回は前回と異なり中村達警視庁二十四区署特殊捜査課が”成りそこない”と正面切って戦い、その結果”成りそこない”の駆除に成功している。

 そして、外部に情報が漏れ出す前に全てを回収し、ニュー・ヒューマン特別課の飯田室長の元へ送られて調査されている。

 そんな状況で情報屋から回って来たとなれば中村達が変な目で見られてしまうのは必定であろう。


「だから、今回は正面から敵を攻略するんだよ」

「鉄さん……。捜査一課は敵じゃないんっすから、攻略は……。まぁ、いい得て妙ってのはわかりますがね」


 中村の言葉の端を訂正したいと思いながらも三上は日和ったように肯定に回る。


「そんな訳でお前は帰って報告書をやっておいてくれ」

「えぇ~、ズルいっすよ。自分の役目じゃないっすか~?」

「馬鹿を言え。捜査一課長に直接言いに行くんだぞ?お前に出来るのか」


 今の時刻はお昼を回って午後に入っているとは言え捜査員のほぼ全てが外出してしまっているだろう。捜査一課に残っている人物となれば報告に戻って来た捜査員かその場の長だけ。事務員が残っているかもしれないが、報告しようとしても課長へ、と流されてしまうのが関の山だ。

 だから、おのずと誰と話をするのかは決まってきてしまう。


「仕方ないっすね。報告書に向き合ってますから、早く帰ってきて欲しいっす」

「小一時間戻らんから、その間に仕上げておけよ」


 何とも噛み合わない会話を終えると”うへぇ”と怪訝な表情をする三上をそこに残し、中村は自分の責務を果たさんと捜査一課へ向かって行った。捜査一課の課長とは馬が合わぬのか、溜息を吐きながら……。

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