第15話 大捕り物を演じた結果(物理的)

 警視庁二十四区署特殊捜査課の中村達がニュー・ヒューマンの”成りそこない”と大捕り物を演じた次の日のお昼過ぎである。警察署のある建物の隣、区役所の地下、つまりは八神が数か月に一度検査に訪れる場所に八神と中村、それと三上の三人が顔を揃えていた。

 ここは八神が検査を受けられる設備が整っている場所であると同時に、ニュー・ヒューマンやその”成りそこない”に関する検査や調査を行える唯一の機関であると言ってもいいだろう。しかも、研究施設は日本国内に数か所存在するが、八神達ニュー・ヒューマンが出入りするのは二十四区のこの場所のみである。


 その三人が何故、顔を揃えているかと言えば当然、昨夜の大捕り物が原因であるのは誰の目から見ても明らかであろう。


「お、揃ってるね……。ってあと二人足りないけど?」


 その地下施設のとある一室に集められた三人の前にぼさぼさの髪をした白衣を纏った男性、--ネームプレートには飯田紘一 研究一課室長と書かれている--、が何人かの助手を連れて入って来た。近くによると多少匂う事から、風呂に余りは言っていないか、生乾きの服を身に着けているものとみられる。

 ちなみに、飯田が口にした足りない二人とは、大捕り物に関わった鳥越巡査部長と藤田巡査部長の二人の事だ。


「ああ。鳥越は非番で藤田は書類を作ってるだろう」


 本来ならその二人もここに顔を出すべきだろうが、非番だったり、中村の不得意な報告書の作成を任せていたりと、無理があるのだ。三上がここにいるのは中村が強引に連れ出したからに他ならない。迷惑千万とはこのような理不尽な中村の事を言うのだと三上は内心思っているが、口に出したら後が怖いのでそれはしないが。


「自分も報告書を作りたかったっすけど……」

「後で手伝ってやるから、我慢しろや」

「本来なら、鉄さんの仕事っすよね?」


 何の事かと惚ける中村を三上はジトっとした恨みがましい視線を向ける。

 だが、そんな事は知った事では無いと飯田はコホンと咳ばらいをしてから勿体ぶった様に話を始める。


「我々には関係ない事をこの場に持ち込まないで頂きたい……。で、昨日のサンプルから判明したことを纏めたので報告する」


 飯田が話し始めると同時に三人に何枚かに纏められたA4の書類が手渡される。

 携帯端末にデータを送信すれば済むのだが、ここはあえて紙にプリントアウトした書類を手渡してきたのだ。携帯端末のデータは簡単に流出してしまうのだから、この部署ではあえて紙による報告書を使用しているのだ。

 そして、報告を始めたタイミングで、ガラスケースに覆われた、あの”成りそこない”も部屋に入って来た。


「なんだ。見事にぐちゃぐちゃじゃないか?」

「仕方ないだろう。オレ達は極々の人間なんだからな」


 ガラスケースに入った”成りそこない”は八神の想像以上に損傷が激しかった。彼が口にしたようにぐちゃぐちゃと形容しても過言でないほどに、だ。そのぐちゃぐちゃで損傷が激しい遺体と対面し耐性が無ければ、この場で胃の内容物を戻してしまっていただろう。誰もが慣れ切っていたので昼食後でも何の問題も無かったのは、人として如何かと思う者は誰一人いなかった、悲しい事に。


 顔面は陥没し口腔部や鼻孔からは何かが垂れ流れたような痕跡が残っているし、腕や足は全てが明後日の方向を向いている。

 そこまでしないと止めを刺せず、動きを止めなかったのだろう。過剰と思えるかもしれないが、そうでもしなければ中村達の誰かが、いや、中村達全員の命が無かっただろう。


「だが、こんなになっても遺伝子検査は問題無い。良く持ち帰ってきてくれたと礼を言いたいくらいだ」

「それで、どうだった?」

「そう急かすな」


 ”礼を”と言う飯田に中村が報告を急かすが、言葉を向けられた本人は涼しい顔をしてそれを受け流す、何時もの事と言いたげに。

 そして、三人に渡したA4書類、--バインダーに挟まった報告書である--、に視線を落としながら、飯田はさらに続ける。


「今回は遺伝子の構造からみて日本人だと断定できる」

「おや?珍しい。断定なんて出来るんだな?」

「八神よ。茶化すな」


 申し訳なさそうに頭をちょこんと下げた八神を横目でちらりと見ると、飯田はさらに続けた。


「実は今回のサンプルは捜索願が出されていた失踪者と酷似していたのだよ。全く初めての事例だ」


 どういう事だと中村達は飯田に疑問を孕んだ視線を返す。

 資料を見ればすぐにわかるだろうがと飯田は思うのだが、何時もの事と思い再び口を開き始める。それも胸を反らせて如何にも自分の手柄だと言うように。


「今までは、遺伝子の半分から日本人だったと予想が付けられたが、今回のサンプルは失踪者と一致した。だから断定出来たとも言える」


 今までのサンプル、つまりは八神や中村達が過去に何体も駆除したニュー・ヒューマンの”成りそこない”は警察機関に登録されている遺伝子情報と全く合致しなかった。身体が作り替えられているのか指紋や耳紋などでも検索は不可能だった。

 だから、ニュー・ヒューマンの”成りそこない”は浮浪者や単身者などで家族などの身寄りが無い者達だけが成っていたと考えられていた。

 だが、今回のサンプルは運良く、いや、運悪くと言うべきであるが、家族から捜索願が出されていた。そして、念のためにと、写真と共に兄弟から遺伝子情報が提供されていたのだ。


 遺伝子情報は個人を特定できる情報なので、取り扱いには注意が必要で限られた権限を持つ人しか見る事は出来ない。

 しかし、八神達を検査するこの機関は、そういった組織のしがらみから逸脱しているのでどの組織にある情報にアクセスする事が出来る。


 もっとも、今回は警察組織で駆逐され、同組織で回収された。そのため、警察組織の中で遺伝子検査が行われていたので、飯田が何かする前に失踪者がこの”成りそこない”であると判明していた。


 そんな理由を話すのであるが、飯田の手柄ではないので中村達はジトっとした視線を彼に向けるのであった。


「コホン。それはそうとして、書類にある写真が”成りそこない”になった男だ」

「何々……。サラリーマンで東北から出張中に失踪……?」

「それも帰る前日に?」


 A4の報告書には何処にでもいるようなスーツを着た男の写真が写っていた。

 いたって普通。

 それが写真の男に抱く、誰もが共通する印象だろう。多少、髪が薄くなり始めていたが……。


「中肉中背。年齢は三十代前半。言ってみれば、そこにいる八神と同じ様な体型をしていた、印象は違うがな」

「俺の様な体型がそうなる見本って事か?」

「いや。ニュー・ヒューマンと”成りそこない”ではサンプルの数が違う。それに八神のお仲間は同じ体型だったか?」


 男の印象は何処にでもいそうであるが、体型が同じような八神とは印象が異なる。八神は良く言えば少し影のある、悪く言えば陰険なとでも思えばわかりやすいかもしれない。

 そして、同じような中肉中背の体型、--どちらかと言えば八神が少しほっそりとしてる--、なのだが八神以外のニュー・ヒューマンでは同じ共通点はない。八神が一番ほっそりとしており、他はがっしりとした肉体を持っていたりするのだから。


「そんな訳で、今のところの共通点は男だって事だけだな。本当に男しかならないのかはわからんがな」


 飯田はそういうと両手を上げてお手上げだとそれ以上の報告は口にしなかった。

 後は頼んだぞと中村と三上にバトンを渡した、と言えば良いのかもしれないが、暗に手に負えない案件になったから任せた、とのニュアンスであろう。


「仕方ない。地道に足で稼ぐしかないか」

「そうっすね。それよりも報告書っすよ。手伝ってくれるんすよね?」


 そう言えばそんなのもあったなと惚けた風を装いながら、中村達はその場を後にするのであった。

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