第14話 警察官中村達の仕事2 ”成りそこない”、出現の果てに
中村達が頼りにするのは肩に取り付けたライト。それだけが彼らの指標であり、視界でもあった。
そのライトに照らされて真っ暗な闇に浮かび上がる異形な化け物。
「うっ!」
煌々と照らされ鬱陶しいと顔を向ける化け物を見た誰かのくぐもった声がスピーカーを通して耳に届く。真っ赤に光る瞳を向けられれば中世の伝説に出てくる吸血鬼と思わせ後ずさるのも当然だ。だが、現代に吸血鬼があらわるはずもないと、すぐに気持ちを切り替え自らを奮い立たせる。
そして、先手必勝とばかりに三上と藤田が狭い開口部を走り抜け、化け物、--ニュー・ヒューマンの”成りそこない”である--、を捕えようとさすまたを繰り出した。
身体機能倍力装置により彼らの筋力は一般人の約二倍になっている。訓練により性能を十二分に発揮しているのだから化け物へ与えるダメージは相当だろう。
しかし、化け物は三上のさすまたを両手でがっしりと掴み、藤田のさすまたを胴体で受け止めた。二人の攻撃など何でも無いと言いたげに、だ。
「こ、こんのぉ!馬鹿力出しやがって!!」
三上は化け物に掴まれたさすまたを引きはがそうと力を籠めるが、体勢をわずかに動かすのみだった。”びくともしない”と表現した方がいいかもしれない状況だ。しかも、その状況で藤田がさすまたを化け物に押し付けているのだから、如何に化け物がとんでもない力を有していると証明している。
二人がかりで取り押さえることもできぬ化け物を前に焦りが募る。
当然、焦りは隙を生じさせてしまう。
化け物はその隙を見逃さずさすまたごと三上を横にぶん投げる。さらに、その勢いを利用して藤田が突き出しているさすまたに頑丈な金属を思い出させる肘鉄であっさりと真っ二つに折ってしまった。
そして間髪入れず化け物は藤田に襲い掛かる。
わずかの距離にいる藤田へと迫ると彼の首を掴み上げようと腕を突き出して来る。
いくら、身体機能倍力装置を身に着けているとはいえ、反応速度は人間以上に成れるはずもない。対するは”成りそこない”と称してるが、その身一つで身体機能倍力装置を纏った中村達と互角以上の戦いを演じる化け物。当然近接戦闘で、しかも一対一では化け物に一日の長がある。
藤田はあっさりと首を掴まれ、そのまま吊り上げられてしまう。
「ググッ!」
化け物は両手で藤田の首を絞めて握りつぶそうと力を籠める。
数瞬の後に物言わぬ骸と化してしまうかと藤田は浮遊感を感じながら思っただろう。風前の灯火とも言える彼の命であったが……。
ガキン!
三上、そして中村とも異なる第三者が藤田を助けに入った。彼はビリッと体に痺れを感じながらさらなる浮遊感を味わう事になった。そのまま打ちっぱなしのコンクリートの床へと投げ出される。
「ほら!しっかりしなさいよ」
「す、すまない」
藤田の危機を救ったのは紅一点の鳥越だった。
二本の特殊警棒を体の前で交差させて声だけで藤田を叱咤する。彼は助かったと首に手を当てながらゆっくりと立ち上がると化け物を見据える。
身体機能倍力装置と共に装備している防御プロテクターは心臓や急所のほかにも、動きを妨げない程度ではあるが首回りも保護している。それ故に藤田は間一髪で命をこの世に繋ぎ止めておくことができた。それでも、化け物が有する怪力の前には数瞬遅ければ骸になっていたのは藤田であっただろう。
もう一つ、彼らに装備されている特殊警棒であるが、世界一頑丈であると言っても良いほどに固い。それだけでなく、しなやかさも兼ねそろえているのだから、他から見たらどんな技術を投入しているのかと悔しささえ感じるだろう。
そして、藤田がビリッと感じた様にグリップに内蔵したバッテリーから供給される電流によりスタンガンとしての役割もこなす。
つまり、特殊警棒は電磁特殊警棒とでも言う代物なのである。
「それじゃ、第二ラウンドと行きましょうかっ!」
壁際に追いつめられる化け物を鳥越、藤田、そして、三上が取り囲む。
いくら身体機能倍力装置を着こんでいようとも一対一では力の差は歴然、三人の総力で挑むしかない。
壁際の化け物は涼しい顔をしているように見える。もしかしたら追いつめられているのは自分たちなのではと思えば三人は固唾を飲むしかない。
「気をつけろよ。とっくみあいをしようと思うな、チクチクとダメージを与えて行け」
「「了解!」」
耳元から流れてくる中村の声に返事をする。
そして、その声を合図に三人は化け物へと挑んでいくのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ふぅ~」
中村達、警視庁二十四区署特殊捜査課の四人は一仕事終え、ヘルメットを脱いで夜風に当たっていた。窮屈なヘルメットから解放され感嘆の息を漏らすのは当然ともいえる。
そのヘルメットには化け物の返り血で所々赤く染まっているのが熾烈な戦いがあったと物語っている。
相対するまでは捕まえると息巻いていたが、結局のところ抵抗激しい化け物の息の根を止めるしか無く、いつも通りの帰結を残念に思うのだった。それでも取り逃がす事無くこの場で処理出来、ホッと胸を撫で下ろすのであった。
その化け物はと言えば、専門の処理班が現場に赴き回収作業をしている。
化け物の遺体回収の他に、血で汚れた現場の清掃作業も彼らの仕事であり、いつも済まないと中村達は思うのだった。
「お、遅い出勤か?」
中村達が一仕事終えてゆっくりと体を休めていると、ビルの建設現場に一台の可愛らしい車が入って来た。何人かの警察官が入り口で歩哨に立っているはずだが、その彼らが制止する事なく入れてしまったのだから誰が来たのか聞くまでも無い。
ガチャリとドアが開き無精髭を蓄えた男が幾分猫背気味にヌッと姿を現した。
「今日は終わりか?」
「ああ。今日は終わりだ。無駄足だったな」
中村は車から出て来た男、八神に向かって不敵な笑みを向ける。
「なんだ。来なくて良かったんなら寝てればよかったぜ」
「半分公務員なんだから働け、働け。税金分な」
「小市民に向かって良く言うよ」
無駄足になったと八神は溜息を漏らす。日没から既に数時間経っている事から移動にはそれほど時間はかからなかった。それでも布団をかぶって惰眠を貪ろうとする八神には少しでも減らしたい仕事でもある。
それに対して、政府からの給金が出ているのだから働けと中村は口にする。高い給金が出ているのだろうと。
その給金に中村達がたかっているのだから、どっちもどっちだろうと八神は内心で思う。
「で?」
「はい。今回も同じですね。何時ものパターンです」
「ありがとう。成りそこないか……」
それから中村達に今回の守備はと尋ねる。
それに紅一点、鳥越が結果を話す。”いつも通り”であると。
”いつも通り”、何処からともなく”成りそこない”が現れ暴れまわった挙句、手に負えずに処理してしまった、と。
「自我を持っているとも思えんから、処理するしかないだろう……。それにしても今回は出現するまで期間が短かったな?」
「そう言えばそうですね」
ニュー・ヒューマンの八神と同じように意思の疎通が出来れば無駄な殺し合いなどに手を染めなくてもいい、いつもながら残念だと中村は溜息交じりの言葉を漏らす。
その後、ふと”成りそこない”が現れる間隔が短いとぼそりと口から出てしまう。その言葉は中村の意図とは違ったのだが、隣にいた鳥越にはしっかりと聞こえたようで、肯定の返事を返した。
「ん?そう言えば、確かに短いな……。それよりも、中村も鳥越を見習って言葉遣いを直したらどうだ?」
「ほっとけ!」
中村がぼそりと口にしたように前回”成りそこない”が現れ八神が始末したのは僅か三日前だ。普段であればそんな短い期間で”成りそこない”が現れる筈も無い。最短でも一か月、であったからだ。
八神も何故こんな短い期間で現れたのか、気になりだしていた。
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