第13話 警察官中村達の仕事1 ”成りそこない”を追いつめて

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 警察署内をけたたましいサイレンが鳴り響いてから二時間ほどの後。

 東京二十四区の南部にある開発地区の一角、雑居ビルの建設現場に中村達警視庁二十四区署特殊捜査課の面々は顔をそろえていた。

 当然、警視庁二十四区署特殊捜査課だけでなく、機動隊などが夜間活動の装備を持ち込んでいる。

 辺りは工事中であるがために街灯が無い真っ暗闇で建設中のビルを十重二十重に囲んだ、--は言い過ぎであるが--、サーチライトが煌々と暗闇に向かってそびえ立つ無機質な物体を照らし出してた。


「中村警部、いかがいたしましょう」


 警視庁二十四区署特殊捜査課の面々、--と言って中村を含めて四人であるが--、はこの場で一番の階級持ちの中村を囲み、指示を待っていた。

 基本的に警視庁二十四区署特殊捜査課で出来ることは限られている。殺人などの捜査は一課が行うし、詐欺などは二課だ。では警視庁二十四区署特殊捜査課は何を行っている課かと言えば……。


「”成りそこない”がホントにいるのでしょうか?」


 彼らは”成りそこない”と称する得体のしれない化け物を相手にする専門の部署なのだ。その”成りそこない”とは人間のアスリート以上の身体能力と打たれ強さを持っているニュー・ヒューマンと遺伝子的によく似た化け物だ。

 つまり、”成りそこない”とはニュー・ヒューマンに成れなかった者達なのである。


 中村が親交を持つ八神は完全なニュー・ヒューマン。彼の身体能力は一般人のそれから群を抜いており、一対一で対抗するにはもう一人ニュー・ヒューマンを用意しなければならない。

 それに比べて『ニュー・ヒューマンの”成りそこない”』と称する何時何処で生まれたかわからぬ化け物は武装した中村達視庁二十四区署特殊捜査課で対処可能な程の身体能力しか持たないし、知能も低い。


「上にいるのは間違いないな。時を見計らって踏み込むしか無いか?」


 時折けたたましい雄たけびが漏れ聞こえるビルの最上階を睨みつけながら中村はぼそりと言葉を漏らした。彼の視線の先にはビルの最上階のほかに小さな飛行物体、ドローンが写ってもいた。


 中村もそうだが、彼らが不安の表情を浮かべているには理由がある。

 いくら、ニュー・ヒューマンの”成りそこない”だとしても身体能力は中村達に比べれば数倍も上であり、化け物と同義であると言ってもいいだろう。ここに四人揃っているからと言って、化け物と比べれば見劣りする。彼らにとっては死の危険を伴う任務であり、相対するなど御免被りたい、それが正直な思いだ。

 それが”いるのか?”と口に出てしまったのである。


 とは言え、公僕として給料をもらっているのだか逃げ出すわけにもいかず、誰もが重い面持ちで腹をくくるしかないのだ。


「ま、諦めるんだな。それよりもちゃんと動作しているか、しっかりと確認を頼むぞ」

「了解しました」


 中村が他の三人に装備の点検を促すと、それぞれ腰部の後ろに括りつけてある制御装置の電源を入れ始めた。各部の慣らし、ウォーミングアップを行う”低”にモードを合わせてある。


 中村達が装備しているのは対ニュー・ヒューマン用に開発された身体機能倍力装置。俗にいうパワードスーツだ。とは言え、装備を纏っただけで戦車と戦える能力は持たない。

 装備は人工筋肉の繊維を編みこんだ体にぴったりと合うボディスーツとHUDと通信装置を兼ねるヘルメット、そして、急所や各部を守るプロテクターで構成されている。それに、武器として対ニュー・ヒューマン用の特殊警棒とさすまたを各々が装備する。


 これらの装備だが、軍用兵器として開発された経緯を持つのだが、警察組織が対ニュー・ヒューマン対策課を新設するにあたり、街中で使用できるように能力を一部制限してある機能制限版が採用された。


「それで、わたしはさすまたは持たなくても宜しいのでしょうか?」


 ヘルメットのバイザーを下ろしてビルの図面を確認していた中村に、視庁二十四区署特殊捜査課の現場で紅一点、鳥越杏葉とりごえ あずは巡査部長が疑問を口にした。彼女は特殊警棒を二本それぞれの手で握りしめ、他に一本をベルトにぶら下げているが、中村とコンビを組む三上巡査と鳥越杏葉とコンビを組む藤田彰春ふじた あきはる巡査部長は特殊警棒をベルトにぶら下げてさすまたを手にしているので、それでよいのかと感じたのだろう。


「鳥越にさすまたは余計だろう。この中で誰よりも強いじゃないか」

「ですが……」

「まぁ、言いたい事はわかる。誰しも”あんなの”と一対一で相手をしたいと思わんだろうがな」


 視庁二十四区署特殊捜査課で組み手をしたとき、誰よりも強いのが疑問を口にした鳥越だ。彼女自身だけで組み手を行えばそれほど強くはないが、警視庁二十四区署特殊捜査課が装備する身体機能倍力装置込みとなると話が異なり、彼女が一番となる。それも圧倒的と言う程に使いこなしているのだ。

 だから、鳥越を組織的に動かすよりも遊撃手として動かそうと装備を変えた。簡単に言えば、彼女のスタンドプレイに期待、するのである。


「オレは現場のたたき上げだ。お前たちの気持ちは痛いほどわかるさ。それじゃ、行くぞ」


 中村の言葉に三人は”それを自分で言うか?”と怪訝そうな表情を見せながら、身体機能倍力装置の機能を”高”、フルパワーモードへ切り替えながらゆっくりと建設中のビルへと入って行った。


 建設中のビルとは言いながらも躯体はすべて完成しており、後は内装を残すのみとなっている。一歩ビルへと足を踏み入れればがらんとした空間に殺風景なコンクリートの壁と天井から幾重にも垂れ下がる拝殿のケーブルが見え、如何にも建設中であると語り掛けてくるようであった。


 当然、工事中なので電気は通っておらずビルの中は真っ暗。それぞれの肩に取り付けてあるライトが唯一の光源だ。

 上階へと上がるにも昇降機エレベーターなど利用できず階段を利用せざるを得ない。十階建ての最上階まで上るのであれば誰もが表情を歪めるのだが、そこは警視庁二十四区署特殊捜査課の精鋭、嫌な顔一つしない。心の中では血の涙を流しているかもしれないが……。


「先頭は三上な」

「え、えぇ?自分っすか」


 一番下っ端なんだから当り前だろうと告げられ、情けない声がスピーカー越しに聞こえて来る。暗がりと偏光ガラスのバイザー越しで表情は分かり辛いが明らかに落胆しているのはわかる。


「ま、死なない程度に頑張れよ」

「他人事だとおもって……」


 今にも泣きだしそうな三上の肩を藤田がポンと叩きながらエールを送る。

 辛辣な言葉を送るのだが、危険度は先頭でも二番手の藤田でもほとんど変わらない、気休め程度なのである。藤田は三上を励ますとともに自分自身をも鼓舞させていたのだ。


「ほら、さっさと終わらせて帰るよ!」

「うぃっす……」


 鳥越が気落ちしている二人をサッサと進めとケツ蹴り上げる。

 その行為はパワーハラスメントではあるのだが、鳥越に反論した所で受け流されるだけだと口を噤んで階段へと二人は足を進める。


 それからの行動は素早かった。

 露払いと三上がさすまたを脇に抱えながら全力で階段を駆け上がる。

 その数歩後ろを藤田が遅れるものかと同じく全力で駆け上がる。

 三番目は両手に特殊警棒を握りしめた鳥越が続き、大分遅れて中村が続く。


 そして、何の障害も現れず四人が最上階へとたどり着くと、建具のない開口部の奥に異形な化け物の姿を目にする。


 下半身は作業ズボンを履いているが明らかに太さが足りておらず筋肉に押されパンパンに膨れ上がっている。そして、上半身は膨れ上がった筋肉が着ていたシャツを千切ったのか、布切れが首から垂れ下がった状態だ。

 まさに筋骨隆々な躯体を持ってはいたが、それとは裏腹にシュッとしたほっそりとした頬は栄養不足で満足に食べ物を摂っていない、何ともちぐはぐな体をしている。


「今日は押さえるぞ!」

「「はいっ!」」

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