第12話 続、捜査会議
「冷てぇなぁ……。仕方ないか」
背中の汗を気にしながら再び通りに視線を移す。白鳥先生の言葉を反芻しながらである。
「”呼ばれてる”……だったよな。ってことは初の女性ニュー・ヒューマンの誕生か
?」
にやりと笑みを浮かべながらボソリと呟く。しかし、笑みを浮かべる中にも不安を残しているのが彼らしいと言えば彼らしい。どんな困難が待ち構えているのか、手に取るようにわかるからだ。
ただ、笑みを浮かべたのは同じ境遇の仲間が埋まれたかもしれない、そう思ったからだ。
実際、ニュー・ヒューマンとなった八神達は社会に溶け込もうとすると難しい事ばかりだと感じた。外見や身体能力は誤魔化せるが、加齢による身体的な衰えが殆ど見られないからだ。遺伝子を調べて見ればわかるが年齢を司るテロメアが異常に発達しているのだ。なぜそうなったのかは誰にもわからないが、それが引き金で個々人で特殊能力を獲得していたりする。
その特殊能力を見せなければ極々普通の人と変らないのだが……。
「それよりも中村に映像を見せて貰いに行くか……。いや、防犯カメラのお膝元にいるんだ、見せて貰えばいいだけだな」
気を取り直して防犯カメラの映像を見せて貰いに設置した主の下へと行くのであったが……。
「探偵だぁ?無理無理、警察以外お断りだ」
交渉で土下座をしてみたのだが、駄目の一点張りで映像を見る事は出来なかった。
がっくりと肩を落とした八神は事務所への帰路へと着くのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
八神が土下座をしてまでして防犯カメラの映像を見せてもらおうとして思っていた頃、警察署で昼行燈と名高い中村警部は第二回目の捜査会議に出席していた。当然、彼の隣には部下の三上もいるし、周りには警視庁二十四区署特殊捜査課の面々も揃っている。
当然、中村達の部署のほかは殆どが揃っている、第一回目とほぼ同じ人数が。
「では、捜査会議を始める」
第一回目は署長の一声から始まったが、この日は欠席している為、殺人等の事件を扱う一課の課長が号令を掛けた。声の張り具合からやる気をみなぎらせているのがわかる。
一課にしてみれば当たり前の光景なのかもしれないが、中村達の特殊捜査課の課長は中村よりものらりくらりとして掴み所が無い性格で鬱陶しく感じる。
それでも、時間だけを浪費する会議に参加しなくてはならないと表情に現れない様に内心で溜息を吐くのだった。
会議の内容は二日余りの捜査で知り得た情報の共有である。
データを共有ファイルにしておけば関係者なら誰でも目を通す事は出来る。しかし、中村の様にやる気が無かったり、忙しくて目を通せない者達にとって会議は重要である。付け加えるのなら、全員の目指す方向を一致させるにも役立つ。
携帯端末を通じて会議に参加する事は出来るが、やはり、人と人が面と向かって行う会議には敵わないのだ。
これが、ダイブ型のバーチャルリアリティが完成すれば変ると思うが、それはまだまだ先の話であり、今だに夢の技術だ。
「今回は重要な情報を得られたのでそれを共有したい。おい!」
終始、目撃証言の報告でありコレと言った重要情報が無いまま会議が進み、落胆の色を見せる捜査員と早く終われとあくびをかみ殺している捜査員が出てきた終盤、進行役の一課の課長から号令が掛かった。
終盤にかかってもなおやる気をみなぎらせている課長の声に誰もが背筋を伸ばして耳を傾ける。
(三上、お前どうやってあの情報(少女の名前)をリークした?)
(決まってるじゃないですか?課長が故意にしてる浮浪者にリークして情報を上げさせたっすよ)
中村は三上に会議室の後ろでコソコソと耳打ちで探偵八神から偶然に仕入れた情報をどうしたのかと確認を取った。会議では少女の名前が染谷伊央理だと誰からも無かったので、中村はおそらく少女の名前を露にするのだろうと予想した。
三上の答えに中村は親指を立ててよくやったと合図を送る。
「こらっ!後ろの方、ちゃんと捜査会議に参加しろ」
「すんません」
三上の方を向いていた中村がうっかりと課長に捉えられ注意を受けてしまった。
それが堪えてないようで、彼の口から漏れ出た言葉で会議室に笑いをもたらすのであった。
”気を付けたまえ”と前置きをした上で、壁に投影された画面が変わると共に一課の課長が口を開いた。
「先日、目撃者と思われたこの少女の名前が分かった」
その言葉にざわざわと会議室に
捜査員の誰もが足を使っても調べられなかった少女の名前。あと一日あればそこまでたどり着いたであろう捜査員もいたことだろう。
騒めきにはあと一歩及ばなかった自らの力不足を嘆いている声も入っているだろう。だが、大半はこんなに早く判明したのかとの感嘆の声だろう。
中村と三上はニヤニヤしたい気持ちを押しとどめるのが精いっぱいであったが。
「少女の名前は染谷伊央理。K区の中学生だ」
会議室が静まったところで課長からの発表。それで再び騒めきが会議室を支配する。
それと同時に壁に投影されてる画面に伊央理のプロフィールが映し出される。
「この少女がなぜあの時間にあの場所に居たのかはまだわかっていない。みんなにはそれを調べて欲しい。そうすれば何かわかるかもしれないからな」
三上がリークした情報は伊央理の名前のみ。区役所の窓口で簡単に調べられる情報以上は表示されていない。発表した課長の情報収集ではそれが精いっぱいなのであろう。
警察署から簡単に外出できない課長なのだから仕方ないだろう。
だが、外出できず一日中デスクの前に陣取っている課長が何故情報を得ていたかも疑問である。
(それにしても握らせたのは良かったっすよ)
(お前も意外と悪役が板についてきたな)
本来は課長の息のかかった捜査員を通して伝えられるはずだったが、三上が握らせた生活費と称した情報リーク料が電話代の一部として活用された結果、課長に直接情報がリークされた。
得意げな顔で発表しているが、その実は中村と三上であり、さらにさかのぼれば探偵の八神に行きつく。
「では、解散!」
狩猟の号令が会議室に響くとそこにいた捜査員はまだ時間があると部屋飛び出し行く。一番の手柄を警察署から満足に出られない課長に取られてしまったからとの理由もあるだろう。それよりも、伊央理について、または、犯人につながる情報を掴み取って事件を解決させたいとの思いもあるのだろう。
「ま、オレ達には関係ないがな」
「そうっすよね?」
会議室を飛び出して行く捜査員を眺めてからゆっくりと席を立つ中村と三上。今のところは仕事は無いと焦ることもなく特殊捜査課の部屋へと戻ろうとする。
だが、彼らは愕然と天を仰ぎ見ることとなる。
警察署内に設置された緊急用のスピーカーからけたたましいサイレンが聞こえてきた。
そのサイレンは一般的な聞き慣れたサイレンではなく、特殊な事件が発生した時に鳴る中村達が一番恐れるサイレンであった。
『二十四区南側、建設中のビルで丸特案件発生、緊急出動を要請します!』
間もなく夜の帳が街を完全に支配する時刻。中村達の勤務時間が刻一刻と終わりを刻んでいたにもかかわらず、無情にも緊急出動が発生したのである。
「って、言ってるそばからこれかよ」
「仕方ないっすね」
溜息交じりに悪態をつく二人。いや、会議に参加していた特殊捜査課の面々は顔をそろえて悪態をついていただろう。
残業で小金を稼げる。そう思うのは特殊捜査課の課長など、内勤組の少数。現場へと向かわなければならぬ中村達はそろいもそろって、残業代よりも帰らせてくれ、そう思うのである。
「仕方ない。三上!八神に連絡だけ入れておけよ」
「手に負えないときは協力して貰わないといけないっすからね」
「そう言うこった。じゃ、行くぞ」
中村と三上と特殊捜査課の面々は緊急出動のために会議室から急いで飛び出して行くのであった。
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