第11話 調査続行

 白鳥先生との面会を終えて用務員室を後にした八神。

 来客用の出入口を出た直後、校舎の頭上にあるスピーカーからチャイムが鳴り、給食の時間が終わったと告げてきたのを耳にする。授業の時間まで食い込まなくて良かったとホッと息を漏らした。


 殆ど情報は得られなかったが、伊央理は学友もいて有意義な学校生活を過ごしている事だけは確認できた。それにより、彼女自身の意志で逃げるように姿を消したと言えない事だけは断言してもいいと思うのだった。


(となれば、何が原因なんだ?)


 車のドアを開けながら、不思議な事ばかりだと首を傾げるのであった。


「さて、如何する……一応、ヤツ・・から聞いた場所に行ってみるか」


 伊央理が最後に目撃された港湾部に向かうにはまだ早いだろう。情報が無さすぎる。

 それならばヤツ、中村警部から伊央理の名前と引き換えに仕入れた場所へと向かうのが良いだろうと携帯端末を操作してナビゲーションシステムを起動させる。


「最新の探偵フォルダの中から、染谷伊央理が映っていた防犯カメラの場所へ」

『かしこまりました。ルートを検索します』


 携帯端末のデータをナビゲーションシステムが読み取り、瞬時に”ルートを設定しました”との音声案内と共にルートが画面に表示される。

 差し込んだキーを捻り車を目覚めさせるとシートベルトを締めて目的地へ車を向ける。

 それと同時にフロントガラスにナビゲーションシステムの画面が写し出され到着時間も表示される。


 東京、いや、首都圏の広範囲を襲った直下型の大地震の後、崩れたビル等の瓦礫を整理すると共に新たに生み出された都市計画によって道路網が新たに整備された。ビルの谷間をくねくねと縫うように通っていた首都高速道路はほぼ全てが作り直され、さらに、自動運転技術の発展で東京から渋滞が綺麗さっぱり消え去った。

 慢性的な渋滞に喘いでいた東京からは考えられない、そう思うのだった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「ここか?」


 途中で昼食を食べ、車で昼寝を取った後、目的地付近に車を止めて歩き続ける事五分、黄色のテープで遮られ制服の警官が歩哨に立つ場所へとやって来た。

 大きな通りに面したショッピングモールからは一本も二本も通りを奥に進まなければならず、アクセスは非常に悪い。低いビルが建っているためか暗く夏なのに寒々としている。本来の現場はテープで遮られたもっと先であるが、八神の目的地ではないので困る事は無い。


 その場所からさらに足を動かし、中村から仕入れた防犯カメラのある場所へと向かう。

 先程の場所から直線距離にして百メートル程だろうか。

 見上げた先に大きなカメラが備え付けられているのが見える。

 誰が見ても存在を確認できる、それほどに目立つのだ。


 それだけ目立つ存在であれば防犯に役に立つはず、建物の持ち主はそう考えて設置したのだろう。

 現にカメラの撮影範囲では犯罪が起こったことはない。

 その存在が目立つカメラに伊央理が映っている、--急いで逃げる姿がである--、のだから何か理由があると、誰もが思うに違いない。

 当然、中村から映像を見せてもらった八神もそう思うしかない。

 伊央理が何を見て、急いでいたのか、疑問だけが残った。


 八神は腕を組んでそんな事を考えながらゆっくりと足を動かす。

 すると、八神は何かに蹴躓いてバランスを崩してしまった。いい大人だから転ぶ事はなかったが、足元をまったく気にしていなかった為に蹴躓くのは少しだけ恥ずかしいと感じてしまう。誰も見ていなかったのが幸いだった。

 だが、ここは裏道とは言え、往来全くないとは言いきれない。防犯カメラを設置するくらいだから、この建物に足を運ぶ人もいるし、さらに奥の通りへと向かう人もいるだろう。

 ”路面くらい綺麗にしておけ”と思いながら、蹴躓いた原因へと視線を向ける。


「クソッ!この黄色いでっぱりは何なんだよ!」


 地面から生えているような十センチ程の黄色いでっぱりが出ている。危険だからと目立つように誰かが黄色い蛍光色で塗ったのだろう。

 その色はともかく、アスファルトを地下から尖がった何かで押し出したようである。


「あれ?」


 地面に生えている黄色いでっぱりに怒りをぶつけようとしたときだった。八神の脳裏にピンと閃くものがあった。


(伊央理はここに躓かなかったな?)


 この道を真っすぐ、伊央理は慌てて走って行った。慌ててなのにこのでっぱりに足を引っかけなかった。中村に見せてもらった映像だどうだったかと記憶を辿る。


「あの映像、貰っておけばよかった」


 防犯カメラの場所さえわかれば後は要らない、そう持った自分を呪ってやりたい。いや、あの時間に戻ってぶん殴ってでもコピーを貰えば良かった。そう思わざるを得なかった。

 だが、呪ってしまいたいほどの過去の自分がいたとしても、今、そのデータを持っていないのは事実であった。


「仕方ないか……」


 八神は溜息を吐きながら携帯端末を取り出すと、その場を映像に収めるのであった。




 現場を映像に収めてからたっぷり一時間、時折通る通行人に、歩哨に立つ警察官に、白い目で見られながら八神は現場を調べ回った。警察署の鑑識が調べ回ったであろうその場は証拠と呼べるような物は全くなかった。足跡でも残っていればと思ったが、それすら見えない。尤も、足跡が残るのであれば、泥に靴を突っ込んだり、血の池を歩き回ったり、そうなった後なのだから仕方ないだろう。


 思った通りの現場を後にしようとしたとき、ズボンのポケットがブルブルと震え始めた。無造作に突っ込んだ携帯端末に電話が掛かってきたのだろうと取り出してみれば固定電話からの着信番号が表示されていた。

 何となく見覚えのある番号だと思いながら通話のボタンをタップする。


「もしも~し」

『あ、八神さんですか?白鳥です、染谷伊央理の担任の……』

「ええ、八神です。先ほどは、どうも」


 携帯端末に連絡をしてきたのは、この現場の前に寄っていた染谷伊央理の担任の白鳥先生だった。時間を確認すれば間もなく午後四時の十五分ほど前である。学校の授業も終わり、生徒が帰宅するか、部活動で活発に活動している時間であろう。

 顧問の先生も忙しいと思いながらも、八神はその連絡を有難いと思いながら耳を傾けた。


『仲の良い生徒に話を聞けましたのでそれでご連絡したのですが、ご迷惑では無かったですか?』

「そんなことは無いですよ。まだ出先ですけど、帰ろうかなと思ってた所ですから」


 ”ご迷惑でなくてよかった”と安堵の溜息交じりの声が携帯端末のスピーカーから聞こえてきた。やはり、少しばかり気が小さいのだろう。これで学校の先生がやっていけるのかと余計な心配をしてしまった。


『それでですね、生徒からは”呼ばれてる”って言ってたそうです』

「”呼ばれてる”……。ですか?」

『はい、そう聞いてます』


 八神はスピーカーから流れてきた白鳥先生の言葉に自分の耳を疑ってしまった。

 まさか、彼自身の身に起こったことと同じことが探し人の身に起こっていると思わなかったからだ。

 だから思わず、聞き間違いでないかと問いただしてしまった。


(まさかね……。神隠しとか言わないよな)


 動揺を露にするが、携帯端末越しに知られてはいけないと平静を装う。

 それから二言、三言白鳥先生とやり取りをするとお礼を口にして通話を終えた。


 そして、通話を終え一息ついた八神であったが、背中が冷たい汗でびっしょりとなっていたことに驚くのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る