第10話 伊央理の通う学校へ
「う~~~~!!」
車は自動運転区間に入ると、フロントガラスに情報を映し出しもう一度確認しながら牛の鳴き声と思えるような唸り声を上げた。
整理された情報ではあるが何気に厄介であると思わざるを得ないからだ。
今回の探し人、染谷伊央理は東京都の北東、ごく普通のK区立の中学校に通っている。別段、特筆する特徴も無い。進学校だったり、スポーツで有名、そんな事はこれっぽっちも無かった。生徒数も東京都の中では少ない方であろう。
その特筆すべき特徴も無い学校であるから二十四区の区役所で得られた情報は殆ど無いと言ってもいいだろう。精々校長や教頭の名前がわかったくらい。
何の情報も無い事が厄介であると恨めしく目を細めるしかなかった。
「直接聞くしか無いか……」
溜息交じりに言葉を吐くとフロントガラスに写った情報の先の景色に視線を移すのであった。
フロントガラスの情報に唸り声を上げてから暫くして自動運転区間が終わり、八神は自分の手で車を走らせ、K区立の中学校へと乗り付けた。そして、駐車場に車を置き来客用の出入り口へと向かう。
校舎の窓からちらほらと見える生徒たちはお昼時の為か給食の準備で忙しそうであった。
そんな微笑ましい光景に視線を奪われながら来客用の出入り口を潜り用務員室へと声を掛ける。
「すみませ~ん」
普段は口が悪い八神とは言え、公共の場ではそれなりに言葉使いに気を付けている。探偵業などをしていればそれは当然と言えば当然かもしれない。
八神の声に反応して、用務員室から一人の男が返事をしながら顔を出して来る。
「はい~。えっと、どちらさん。保護者の方?」
中学校ともなれば訪れるのは保護者が一般的であろう。
その他に機器のメンテナンスで訪れる業者もいるだろう。
だが、八神の様にセールスマン然としたスーツを身に纏った男が現れるのは数が少ない。そのために彼を舐めるように胡散臭いと視線を向けて来る。
「申し訳ない。私、こう言う者です」
「はぁ……。探偵?」
八神が胸のポケットから取り出した名刺を渡す。
肩書に”私立探偵”なんて書いてある名刺だ。滑稽だと笑われるかもしれないが、事実なのだから仕方がない。
用務員は八神の顔と名刺に視線を交互に向けて暫くしてからやっとの事で声を絞り出してきた。
「えっと、探偵が学校に何の用ですか?」
「理由は言えないが、二年〇組の染谷伊央理の担任に話を聞きたいのだが」
「……。確認するから暫く待っててくれ」
「お手数をお掛けする」
八神の名刺と共に用務員はすぐに部屋の奥へ引っ込み、何処かへ連絡をし始めた。
それを見ながら”あの連絡先が警察署でなければ良いが”と、八神はびくびくとするのだが、暫くの後それが杞憂であったと知るのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「すみませ~ん。遅くなりました」
携帯端末を弄りながら暇を持て余すこと十分余り。
来客用の出入り口なのに椅子すらないのかと頭の中に浮かんだのだが、パタパタと早足と共に現れた女性に目を奪われて、すっかりとそれを忘れてしまった。
八神宛てに現れたのだから伊央理の担任には間違いないだろうが、女性の容姿は反則ではないか?と思うのだった。
「いや。急がせてしまったみたいで……」
パタパタと現れただけであれば良くあると思うが、彼女の口がかすかにではあるがモグモグと咀嚼しているところを見れば怒るに怒れない。
八神は申し訳なさそうにぺこりと頭を下げる。
「私も時間がないので……。立ち話も何なので用務員室でお話を伺ってもよろしいですか」
「構いませんよ」
”それでは”と女性は八神を伴い用務員室へと入り、簡易的な応接セットへ案内した。
簡易的と表す通り、ソファーなどではなく食堂にあるような簡単なつくりのテーブルと椅子のセットである。
テーブルに着くと八神は名刺を出しながら自己紹介をする。
「探偵の八神と言います。学校に押しかけて申し訳ない」
「担任の白鳥と言います。染谷伊央理……の事を聞きたいのですよね?」
女性は八神が渡した名刺をまじまじと眺めながら自らを白鳥と名乗る。
八神の思った通り、目の前の反則的な容姿の女性が染谷伊央理の担任だった。容姿だけでなく少し気の弱そうなところも男性の気を引き好感度は高いと思われる。
それはともかく、と八神は早速、伊央理について質問を投げかけることにした。
「早速で申し訳ないが白鳥先生、伊央理について聞きたい事がある」
先ほどまでの口調はどうしたのかと思われるくらいに口調を変えて声を出す。今までの彼は八神であって八神ではない。外面が良いだけの一般人として挨拶していただけだ。今は探偵、八神真治として伊央理の担任、白鳥先生へと相対している。
八神の口調が変わったと見た白鳥先生は体を硬直させながら小声で”はい”と答えるのが精いっぱいだった。
「先生にこういうのも何なんだが、少しばかり法に触れる事があっても逮捕とか無いから安心して話してくれ。では……」
白鳥先生は”逮捕”との単語に再び硬直してしまうが、それは無いと耳にしてほんの少しだが安堵の表情を見せる。
白鳥先生から時間がないと言われてしまった手前、悠長に無駄な質問をするわけにもいかぬと携帯端末を取り出し、音声録音のボタンを押すと質問を始めた。
「伊央理が学校に来ていないのはアンタも気にしていると思うが、実は伊央理の姉から探してくれと依頼を受けてね。で、伊央理が学校に来なくなった前日、いや、数日前から何か気になることがあったら教えてほしい。例えば、忘れ物をしたとか、怪我をしたとか、そんな些細なことでもいい」
白鳥先生は八神の言葉に目を見開いて驚きの表情を浮かべた。
学校に伊央理が来ていないのはズル休みをしているのではないかと思っていたからだ。
実は染谷明音、伊央理の姉妹の両親は海外に出張中で、自宅に姉妹の二人で住んでいる。時折親戚が様子を伺いに来るそうだが、彼らがそれ以上姉妹を目にかけている様子も無いらしい。
これらは明音から聞いたのであるが、八神はそれは如何なものなのかと憤慨することになったのだが……。それはともかく、明音は伊央理については”学校に行きたくない”と駄々をこねていると説明していたのだから、白鳥先生がそれ以上の理由を知る由もなかった。
白鳥先生は少し驚きはしたが、すぐに真顔になって記憶の海から伊央理の事を探し始めた。
伊央理の性格は明るくクラスメイトとの仲も良好だったと彼女は記憶している。多感で繊細な思春期真っただ中でも、だ。
そして、記憶の海に飛び込んで深く深く潜って探してみたのだが、コレといった記憶を見つけることは出来なかった。もし、何か不可思議な現象を見聞きしていれば記憶に残るはずだ、と。
八神が深慮する白鳥先生に視線を向けていると、彼女はゆっくりと顔を上げて申し訳なさそうな表情を見せる。
「すみません。私はコレと言った何かを思い出すことは出来ませんでした」
「そうかぁ……」
八神は何かヒントにでもなればと思っていただけに、何の情報も得られないとわかった途端、左手で目を覆って思わず天を仰いでしまった。
目の前の白鳥先生が悪い事は絶対にないのだが、落胆したことだけは事実であろう。
「思い出せないのなら仕方がない。もし何かわかったら遠慮なく連絡をしてくれ。夜遅くても構わないから」
「あ、はい。仲が良い生徒がいますから少し話を聞いてみます。お役に立てなくて申し訳ありません」
「そうそう、伊央理が行方不明なのは秘密にしておいてくれ」
深い溜息を吐きながら八神は用事は済んだと席を立つ。
白鳥先生も釣られて席を立ち、申し訳なさそうに頭を下げた。自分の担当する生徒の為に何か力になればと思っていただけに。
白鳥先生の記憶には残っていないかもしれないが、他の生徒たちもいることから一縷の望みはまだあると返事をするのが精いっぱいであった。
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