第9話 寝起きの頭に目覚まし代わりの……

 八神は五階建てのアパートの最上階に探偵事務所兼住居を構えている。

 他の階は満室になっているが、最上階は彼以外の入居者はおらず、夜になるとしんと静まり返る。何か考え事をするにも、夜遅くに帰って来るにも都合が良い。

 その自宅に夜の街から帰り、シャワーを浴びてソファーで眠りに就いた。


 夢現でまだ頭が働かない、そんな夜が明けてしばらく経った時、ソファーテーブルに置いた彼の携帯端末がけたたましく鳴り響いた。まるで目覚ましを掛けたかのように時間ぴったりで。

 眠気まなこで時計に視線を向ければ朝の七時を指している。毎日、自動で時刻を合わせる時計に使われているんじゃないかとふと思うのだが……。だが、それよりも鳴り止まぬ携帯端末を恨めしそうにそれを手に取り睨みつけながら通話のボタンに指を伸ばす。


「ふわぁ。もしもーし」

「”もしもーし”、じゃないわよ」

「こんな早くから如何した?依頼者様」


 携帯端末から元気よく聞こえてきたのは妹を探してほしいと依頼してきた染谷明音だった。電話越しとは言え、平日の朝っぱらから元気な声を浴びせてくるのは女子高校生と言った所だろうか?


「”如何した?”じゃないわよ。報告がなかったから連絡したんじゃない」

「あのなぁ。一日二日でポンと見つかるわけないだろう。そんな事ばかりだったら探偵は要らないだろうが」


 ほんの少しであるが手掛かりを掴んでいたとは逆立ちしても口にする訳にはいかない。探し出せるかどうかもまだわかっていないのだから。もし、手掛かりがあったと口にして最後の最後に”どうにもなりませんでした”と依頼者を激怒させるような事だけは避けなければならない。そういう現場を嫌という程経験してきた経験が彼にそうさせる。


「そう……なのね。あんたの事だから何か掴んでると思ったのよ」

「ほう……。高く評価してくれて有難いこって」

「あんたと話をして……ちょっと噂と違ったからね」


 依頼してきた日にほんの少し世間話をしただけで、この評価だ。末恐ろしいとはこの子の様な事を言うのだろうと八神は戦慄を覚える。

 さすがに冷や汗を流す程ではないが、探偵や刑事課の警察官に向いているのではと考えてしまう。彼女がやる気があればの話であるが。


「ま、いいわ。何かわかったらちゃんと報告してよね」

「ああ。努力するよ……って、切っちまいやがった」


 八神が返事をする間もなく通話は一方的に切られてしまった。

 用が済んだからか、朝のあわただしい時間だったからかは不明だが、彼女が慌てていたことだけは確かだろう。


(彼女も女の子だしな……)


 時計の針は七時を回り間もなく学校へ向かう時間だ。

 明音くらいの年齢であれば身だしなみも気を使う。

 八神はそう思いながらソファーからゆっくりと起きだすのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 ろくでもないテレビの情報を垂れ流しながらの軽い朝食で腹を満たした八神はアパートの地下に来ていた。

 そこは駐車場となっていて住人の車が停めてあり、スペースの半分以上が埋まっている。交通の便が良い東京ならではの光景だろう。その中に可愛らしい車が一台、鎮座している。こじんまりとしたコンパクトカーで八神の愛車である。

 彼の外見と似合わなそうな可愛らしい車だが、その外見と違い高性能を誇っている。


 この時代、エネルギー革命により水素燃料社会に発展していた。

 当然、八神の車も同じように水素燃料で動いている。

 だが、街中を見回しても燃料を補給する水素ステーションは殆ど見られない。何故かと言えば車に搭載されたもう一つのエネルギー発生装置が水から水素を精製しているからだ。


 実は今、誰もが所持している携帯端末にはその水素とは違った発電システムを搭載している。空気中の水分を自ら取り込んで電力を発生させて動かしているのだ。

 膨大にして強力なエネルギーを生み出すのはまだ技術的に無理であるが、携帯端末に必要な電力を生み出すには十分だった。


 そのシステムを大型化して水から水素を発生させるだけの電力を生み出すシステムを車に搭載することによってエネルギーの補給が要らなくなったのである。

 水素と酸素が結合するときのエネルギーによって電力を発生させて車は動く。水素と酸素が結合すれば水が生み出される。生み出された水は再び車のタンクに戻され水素にされるのを待つ。このように車は百パーセントに近い効率のエネルギー循環システムで動いている。


 ちなみにであるが、水素燃料電池の車とシェアを二分する形でバッテリー駆動による電気自動車も販売が続けられている。当然、水素燃料電池は製造コストが跳ねあがるからである。


 可愛らしい車のドアを開けて乗り込み、手にしたキーを差し込んで車を目覚めさせる。

 車を動かすにはキーなど差し込む必要が無いスマートキーシステムが一般的なのだが、何を思ったか八神は差し込み式のキーをオプションで選んでいる。

 それから自前の携帯端末を車の専用スロットに挿入すると車内に合成された声が響く。


『おはようございます。今日も安全運転を行いましょう。行き先を指定してください』


 携帯端末を繋げることにより、車は外部のネットワークにアクセスできるようになる。そして、便利機能の一つ、ナビゲーションシステムが自動で起動し行き先を聞いてきた。


「そうだな、最新の”探偵フォルダ”の中から、染谷伊央理の通う学校へ」

『かしこまりました。ルートを検索します』


 携帯端末の中に保存してある依頼者や探し人の情報を読み取って自動で経路を探してくれる。他の車に無い高性能AIが八神の声を的確に判断して、だ。

 携帯端末をいじる事など何一つなくルートがポンと表示されてきた。


『ルートを設定しました。途中、自動運転エリアを利用します』

「分かった」


 携帯端末の画面には、東京湾に浮かぶこの二十四区から染谷伊央理のが通っている学校、--東京都の北東部にある中学校に通っていると判明した--、へのルートが緑色の一般道と赤色のAIによる自動運転区間が混ざったルートが表示された。

 自動運転区間は手動でも運転できるが、周りとの速度差を無くすために自動運転が推奨されている。手動にしたからと言って移動時間が短くなる事など無いのだが。


 シートベルトを締めてギアをドライブに入れるとフロントガラスにぼやっと白い画像が浮かび上がる。それは一般的にヘッドアップディスプレイと呼ばれている技術だ。過去には透過型のディスプレイを置き、そこに焦点を合わせなければいけなかったが、この時代では機械が人間の焦点を自動で判別してフロントガラス越しと条件を付いているが、視界の中に自然に写るようになっている。

 焦点を合わせる必要がなく、事故が大幅に減った要因の一つの技術でもある。


 それからアクセルをゆっくり踏み出すと車は小さな甲高いコイル鳴きを出しながら進み始める。

 地下からのスロープを上がり徐々に明るさを増す光に目を細めながら地上へと車を進ませる。ウィンカーを点滅させて通りへ出ると共にアクセルを踏み込めば必要以上のパワーで地面を蹴りだし、八神をシートに鎮めてしまう。

 フロントガラスには燃費悪化の原因だとアクセル踏み過ぎの注意勧告が点滅。さすがにやり過ぎたと猛省しアクセルを戻す。


 後はナビゲーション通りに目的地に向かうだけ、と鼻歌交じりにフロントガラスに流れる景色を楽しむのであった。




※エネルギーは完全に今の技術以上のモノになってます。実在の技術と夢の技術を組み合わせて、ね。

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