第8話 探偵の情報源

 八神達がぞろぞろと向かったのは彼らが良く知る場所。

 特に、中村と三上が毎日の様に通う彼らの職場、そう、警察署だ。


 先程の区役所のビルとは足元がガラス張りの空中回廊で接続されており、ものの五分で隣のビルに移動が可能だ。尤も、エレベーターで上屋から降りるのだからそれなりの時間は掛かるが。

 そのエレベーターで降りて警察署の区画の最上階、--と言ってもビルの中ほどにある狭い一室--、で小さめの自動販売機が数台と立ち飲みしながら打ち合わせの出来るテーブルが置かれている休憩室へと入っていった。

 そこで良からぬ算段でもしているのかと言う程に周りに気を付けながら声をひそめてそれぞれの携帯端末を開き話を始めた。


「俺からの情報だってばらすなよ」

「大丈夫だ。どのみち一課が調べ上げるだろうからな」

「それなら良い」


 そう言いながら八神は携帯端末の画面に一枚の写真を表示させる。

 当然、依頼者である明音から資料に、と貰った彼女の妹である染谷伊央理そめたに いおりの写真だ。簡単に部外者に資料を見せてしまって良いのかと疑問に思うかもしれないが、中村は良く知った間柄であり口が堅いことは今までの付き合いからも確かだ。尤も、彼が警察官であるとの倫理観から来ているのかもしれないが、軽い性格とは相反していることだけは確かだ。

 その中村とコンビを組む三上もまた一年ほど見てきた中でも口が堅いと言っても過言ではないだろう。職務に忠実であるように教育された賜物とも言えよう。

 そのような理由から、この狭い部屋の中だけでとの条件で二人に写真を見せたのだ。


「なるほど、オレ達の動画と同じ制服を着ているな」

「そうっすね。髪型も近いみたいっすね」


 ちょっと斜にして笑顔を見せている伊央理の写真と防犯カメラの動画を交互に視線を向ければ、同じ人物であるとみて間違いないと中村は口にした。


「で、名前は?」

「ああ、これは染谷伊央理、昨日来た依頼人の妹だ」


 八神は知りえた情報で氏名のみを中村達に開示した。

 それだけわかれば後は彼らが調べるだろう、と考えたからだ。

 氏名には家族構成、どこの学校へ通っているのか、そして、明音と同じ住所、区役所で調べられる事柄はわかっていたのだが。


「それだけわかれば十分だ」

「今度はそっち情報の番だぞ」


 八神と中村達は持ちつ持たれつの関係を構築している。昼飯を奢りあう仲だけではない。

 重要度の高い、いや、機密事項は口にすることはないが、捜査にそれほど関係がなく、しばらくしたら公にされるであろう情報を早くに八神に教えることは何でもない。


 八神が知りたいのは、中村達が携帯端末に映し出していた映像が何処で捉えられていたかである。昨日の会議の議題に上がった案件であり、今も警官の歩哨が立ち近寄りづらい場所である可能性が高いと八神は考えていた。

 その予想は当たっており中村からは場所の情報が提供されたのであった。


「ま、オレから話せるのはこのくらいだな」

「いや、それでもわかっただけありがたいが」


 三人はそれぞれの携帯端末をポケットにしまい込むと、部屋に添え付けの自動販売機に向かう。”ガコン”と三つの音が聞こえたその後、プシュッと二つの音が響き、ガチャリとドアを開けて一人、三上がそこから出て行った。


「アイツはアイツで考えがあるんだろうな」

「そろそろ独り立ちか?」

「お前が言うと卑猥に聞こえるが?」

「紳士を前にして、それはどうかと思うが、えぇっ?」

「誰が紳士だ!」


 飄々とした表情のまま部屋を後にした三上を見送った中村は思うところがあったのか、ふと言葉を漏らした。

 年の離れた部下は中村と少し考えが異なる。恐らくだが八神から得られた情報を確固たるものにしようと区役所へと向かったと予想する。警察署内でもネットワークにつながった端末で調べられるのだが、あえてそれをしない事で警察署内で波風を立てないようにと考えたのだろう。


 八神は中村の部下である三上が徐々に独り立ちし始めたと思って口に出したが、何を思ったのか中村は話の腰を折るようなからかいの言葉が浴びせられた。


「ま、オレはそろそろ戻るとするか」

「情報どうも」

「昼行燈も楽じゃないな」


 昼行燈じゃなく”釘バット”ではないか、とジトっとした視線を向けながら八神は不敵な笑みを浮かべ、くるりと踵を返して休憩室を後にした。


 最後に一人残された中村は、残った缶コーヒーをグイっと飲み干すとゴミ箱に放り込んで何でもないと装いながら自分の部署へと戻るのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「あら、いらっしゃい。今日も一人?」


 八神は一度探偵事務所に帰り、夜が更けるまで遅い昼寝をして時間をつぶしてから再び街に繰り出した。


「今日も一人さ。とりあえず、何時ものを貰おうかな?ママはいつも綺麗だね」

「ふふふ、ありがとう。大好きよ」


 街に繰り出し足を運んだのは一軒の飲み屋。木目が美しいカウンターがある”Bar ホワイト・ローズ”と言う店だ。女店主のママ、片山白華かたやま しろかが八神を出迎えてくれる事を見ても足しげく通っているのがわかるだろう。

 そんなママにお世辞の一つを言っても邪険に扱われないのだから、悪くは思われていないだろう。しかも、綺麗なママに”大好きよ”なんて言葉を返されるのだから、八神も顔がにやけて来るのだ。

 ただ、八神を以てしてもママの年齢はわからずじまいだ。”女性に年齢を聞くものではありませんよ”とやんわりと受け流されてしまうし、見た目も若々しくあるのだから。


「よせやい。大好きなのは俺が落とすお金だろうに」

「あら?ばれてた」


 浮かれ気分で言葉を返すと思いきや、守銭奴と言いたげな言葉を口にする。

 その言葉はママが怒っても可笑しくはないが、あえて怒ることはせず笑顔でするりと受け流してしまう。

 その笑顔の裏に何があるのかと考えてしまうのであるが……。


「何時もの事だろうが」

「それもそうね。で、一応、調べさせたわ。聞きたい?」

「もちろん。ベッドの中ででもいいぞ」

「ダメよ。貴方にはあげないわ」


 二人の会話を聞いたら、深い男女の仲と思われるかもしれない。

 だが、ママが断った様に、二人の仲はそうではない。

 どんな仲かと言われると……。


「昨日の女の子、足取りが消えたわ。港の方でね」

「港?ってことは港湾部の荷揚げ場か……。また珍しいところで消えたなぁ」


 二人の会話が示す通り、八神真治は探偵であり片山白華は彼の情報源の一つである、そんな関係でしかないのだ。

 昨日、夜遅くまでママと打ち合わせをしていた為に、検査中に寝不足で大欠伸をしていたのはそんな理由からである。

 ちなみにであるが、ママが口にした港には客船の乗り場や漁港は存在しておらず、資材や製品の荷揚げや輸出に使用される貿易としての場所のみである。


「でもね、それ以上はまだわかってないのよ」

「ま、昨日の今日だからなぁ……。そうそう、警察も動いてるみたいだぞ」

「それは初耳ね。何時もの彼?」

「ああ。中村から教えてもらった」


 ママからは十分とは言えないが、たった一日である程度の情報を仕入れられた。

 それは偶然であったが、僥倖と言えるものだった。

 これである程度、探し人の捜索範囲を絞ることができるだろうと、八神は口角をあげて薄い笑みを浮かべていた。


 そのお礼ではないが、捜索対象の少女を警察も探しているとママに教える。情報源が誰かなんて言わなくてもわかるのが二人の仲である。


「で、どうするの?」


 ママがお酒をすすめながら訊ねる。

 短い言葉であるが、それが何を示しているのかは阿吽の呼吸の様に答えを返す。


「港ってのが気になるな。どういった経緯で二十四区に足を向けたのも分からないから、それを調べてからかな?まぁ、わからんだろうけど」

「女の子、大丈夫かしら?」

「早く探さないといけないが、手がかりがないんじゃ仕方ないさ。後はこっちでやるさ」


 ソファーに大きく身を委ねながら”何時もの”と頼んだお酒の入ったグラスを傾ける。

 大きめの背の低いグラスには琥珀色のお酒と大きな澄んだ氷が微妙なバランスを保ったまま入れられ、その向こうには頬に手を当てたママが心配そうな表情を浮かべていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る