第6話 中村達の捜査会議と八神の秘密

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 八神がアパートのベランダで黄昏ていた頃、警察署に戻った中村と三上は捜査会議に出席していた。


「これから捜査会議を始めるぞ」


 声を張り上げるのは、この警察署の署長だ。階級は警視である。


 だだっ広い会議室に三人掛けの長机がこれでもかと詰め込まれている。

 時代は移り変わってもこの光景だけは変わらなかった。

 机と机の間は狭く、腹の出た中村には窮屈に思えるほどだ。若くすらっとした三上には十分すぎるスペースだろう。

 彼らの後ろに十人ほどが控えている程の後方で捜査会議に参加している。その光景が不思議に思うかもしれないが、今日の会議はこれでよいのだ。

 そして、彼他の前方は空きが無いらしく全ての座席、--と言ってもパイプ椅子であるが--、が埋まっている。恐らく、捜査一課だけでなく、他の生活安全課なども捜査会議に出席しているのだろう。


「では、前方の画面を見てくれ」


 前方の壁に映し出された画面には今までに判明した事実が列記されていた。

 写真は無いが、男が他殺体で見つかった、いや、惨殺死体で見つかったとある。

 ただの人殺しではない。成人男性の頭をプレス機に挟んだかのように潰されていたのだから気分がいいはずもない。


 刺殺や絞殺など、人の手で出来るのなら中村や三上のような特殊・・捜査課は呼ばれる事はない。言葉通り、特殊な事案が発生しなければ、である。

 今回の事件は、その特殊な事案であるとして中村と三上、そして、警視庁二十四区署特殊捜査課の何人かが呼ばれたのである。


「鑑識が調べたところによると、男はこの場所で殺害されたことが分かった」


 署長のその一言、人の頭がプレス機で挟まれたかのように潰された事件、これこそが中村たち、特殊捜査課が呼ばれた理由である。

 どこかの工場で手に掛けられていたのなら不思議ではない。だが、惨殺死体が発見された場所、薄暗く狭い通路でプレス機を使わずに惨殺されたのであれば、犯人は機械を使わずに出来る力を持ってると考えざるを得ない。人ならざる力を持った存在が犯人であるのなら……。


 中村達、特殊捜査課が手に掛ける事件とは、そんな人ならざる者が関わるとされる事案なのだ。


 捜査会議は順調に進んでゆく。

 遺伝子情報による男の身元が判明するが、殺害現場に犯人の姿は見えない。足跡は鑑識が見つけていたが突如、傍に現れたかのような足跡であった。当然、防犯カメラには何も映っておらず捜査は難航するかと思われた。


「そこでだ。近くの防犯カメラに現場から離れる目撃者と思われる者が映っていた。それを全力で追ってほしい」


 会議室に映し出される映像に誰もが息を呑んだ。

 そこには年端もいかぬ少女の姿が映し出されていたからだ。

 付近の看板と比べてしまうと小柄であることがよくわかる。

 身長は百五十センチも無く小学生かと見まがうほどだ。纏っている服は何処からどう見ても学校の制服であり、別の区の中学生であるとわかった。

 防犯カメラの解像度はこの時代の標準以上であったが、角度が悪く顔を判別するまでに至らなかった。


 中村と三上はポケットから携帯端末を取り出すと、会議室に映し出された映像データを引き取り、何とかして顔を見ようと試みるのだが、それは無駄な努力であった。

 中村達と同じように試みようとするものは後を絶たないが、同じように時間を浪費するだけである。


 それから他の情報が共有され、捜査方針が署長の口から語られると捜査会議は終わりを告げる。


「捜査は目撃者と見られるこの子を探し出す事を優先とする。特殊捜査課は連絡があったらすぐ動けるように。では、解散」


 一時間ほどで初回の捜査会議が終わり、中村は伸びをしながら窓の外へ視線をやるとすっかりと日が沈んで帳が下りた空が目に入った。

 こんな黒い闇に小さな女の子が紛れ込んでいるかもしれないと思うとやるせない気持ちになるのだから不思議でならない。


 緊急の出番は無いだろう思いながら、大きな欠伸を伴い会議室を後にするのだった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「ふわぁ、眠いぜ……」


 翌日朝、と言っても時計はすでに九時を大きく回り、十時も越え、十一時手前の朝というには語弊がある時刻、健康的な人であれば活発的に活動している時刻でもある。

 まもなく昼食時だと言うにも関わらず、八神は口に手をやりながら盛大に欠伸を漏らしていた。


「ちょっと八神さん。三か月に一度なんですから、邪険にしないでください」

「申し訳ない。ちょっと野暮用で寝るのが遅かったもんでね」

「体は大切にしなければダメですよ。メンテナンスすれば一生持つんですから」

「面白いこと言うね~。今度デート行かない?」

「それとこれとは違います。中村警部に言いつけますよ?」

「それは困る」


 冗談で場を和ませようとしたのだが、顔をしかめる窓口の女性、--首から下げたネームプレートには後藤田花音ごとうだ かのんと掛かれている--、に申し訳なさそうにぺこりと頭を下げる。


 ここは東京二十四区の中心部にある区役所。その中でも隔離された場所に設けられた窓口である。さらに奥に進むと地下への入り口があり、八神が先程まで検査を受けていた場所が存在する。

 なぜこんな場所に来ているかというと、窓口の女性、華音が口にした通り、三か月に一度顔を出さなければならないからだ。八神の場合は義務ではなく、強制されているのだから仕方が無いだろう。何処から強制されているかと言われれば、それは……国からである。


 この窓口の名称だが、案内板にも表示板にも出ていない。

 それもそのはずで名称を”ニュー・ヒューマン特別課窓口”と言う。


 その名が示す通り、人以上の力を有する者達を専門に扱う窓口、部署である。

 日本国政府は正式には”超人”と呼称しているが、報道や海外に目を向ければ”ニュー・ヒューマン”だったり、”パーフェクト・ヒューマン”だったりする。また、とある宗教に寄てば忌み嫌われ人ならざる者として”デミ・ヒューマン”や”デビル・ヒューマン”と蔑ます呼称を使用するところもある。

 ”ニュー・ヒューマン”で通じる日本は良い方であろう。


 その日本でも”超人”の呼称を止め、”ニュー・ヒューマン”にしてしまおうかと政府内でも意見があったりするのだが。


 尤も、確認されている数は少なく、東京都でも八神を除いてもう一、二人であり、日本全体の全てがここに集められていたりもする。

 言ってみれば、日本国内にいる珍獣を政府が飼いならしている、そんな所だろう。


「今回の検査もそろそろ終わりますから辛抱していてください」

「それはわかっているがなぁ……。いちいち面倒なんだよな」

「完全なモルモットにされないだけでも有難いと思ってください」


 実際、八神の様な”ニュー・ヒューマン”がどのようにして生み出されたのかは定かではない。外観は大多数の人間と何ら変わることがない。遺伝子的に寿命に関わる場所と個体により違う能力も持ち合わせているところが違う程度。しかも、異性との間に子供を儲けることも可能だ。

 それは採取された精液による人工授精で確認されている。人権や倫理観に背くとされているので、日本国では公式の記録とされていない。


 ちなみに、女性のニュー・ヒューマンは現在の所、世界中のどこを探しても確認されていない。


 実際、華音の言葉は的を得ていた。

 どの様にして生み出されたのか定かでない存在を調べたいと考える科学者は五万といるのはどの国でも同じだ。しかし、八神や他の”ニュー・ヒューマン”もそうだが、生まれた時からそれ・・では無い。ある時に体の構造が変ってしまい”ニュー・ヒューマン”となったのだから。

 法律のある国で人権を無視した強引な検査をしてしまえば、過激な人権保護団体が黙っていない。もしかしたらデモどころでは無く武器を携えて何処かの省庁を占拠してしまうかもしれない。

 それがわかっているからこそ、八神は面倒と言いながらも三か月に一度の勤めを果たすのである。


「はいはい、わかってますよ」

「”はい”は一回ですよ。では、お大事に」

「大事もクソもあったもんじゃねぇけどな」

「何か言いましたか?」

「何も~?」


 八神は鋭い視線を向ける地獄耳の受付嬢に手をひらひら振って返すと、”おお怖い怖い”と内心で思いながら背を丸めてその場を後にするのだった。

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