第4話 探偵の優雅な午後4 探偵に依頼を出したい理由

 女の子は染谷明音そめたにあかねと名乗った。制服を着ている通り、高校生であることも当然の如く口にした。

 日曜なのに制服を着ているのは、評判が悪いとは言え探偵に会いに行くのに正装しなければならないと考えた結果だった。正装と言っても高校生がスーツを持っている筈も無いので制服に落ち着くのであるが。


「学生が日曜日にわざわざねぇ」

中の字なかのじよ。その学生がわざわざ来てんだ、何か理由があっての事なんだろ?」


 中村は警官であるためにちょっとした表情の揺らぎに敏感だ。

 八神もそれがわかっているのだが、”口で説明しなければわからないだろう”とわざわざ代わって口を開いたのだ。

 二人が何かを悟ったとみた明音は”ふふっ”と薄い笑みを浮かべながら二人に質問を投げ掛ける。


「ふふふ。さすが警官と探偵ってだけあるわね。わたしがここにいるのが不思議なんでしょ?」

「まぁ、そういうことだ」


 女性が探偵に依頼をするなどよくある事だ。

 依頼の内容は多岐にわたるが、男性と女性ではその内容が異なる事が多々ある。

 だが、明音はそのどちらにも所属しない未成年だ。

 本来であれば探偵に依頼するには高額な報酬を用意しなければならない。未成年の彼女であるならばこんな場所に来ずに警察に相談するのが第一であろうと思わずにいられない。


 それにもう一つ。明音が身に付けている制服も首を傾げる原因の一つだろう。可愛いデザインで人気があるだろうが、八神や中村がこの辺りで見かける学校には無い物だからだ。尤も、最近転校して制服が間に合わなかった、そんな理由も考えられるが。


 それもあり、何故ここに来たのか、経緯も同時に訪ねようと考えた。


「で、話してくれるんだろ?」

「いいわ。すぐにわかっちゃうことだから。簡単に言うと、人探しよ」


 明音の依頼を聞くと八神は頭を掻き毟った。当然、渋い表情をしてである。

 人探しなどいくらでも依頼が舞い込んで来るので受けるのは問題はない。何件も解決してきた実績を持っている……。

 ……のだが、八神は渋い顔をしている。


「ん?お前がそんな顔をするのは珍しいな。オレに何か奢れって言われたときぶりだな」


 ”キシシ”と嫌味な笑みを浮かべる中村。場を和ませようとするも、効果が無かった。

 むしろ、冷たい空気が流れ込んでまるで北国にいるとされ感じてしまう。


「やっぱり依頼を受けるのが嫌なんだ!あんたなんかに依頼なんかしないわ。帰る!」

「ちょっと、待った!」


 明音は探偵八神の表情に失望を感じてしまった。そのままの感情を言葉に表し、すくっと立ち上がって帰ろうとする。

 八神は明音が納得出来ないのであればそれでも良いと思ったのだが、完全な無駄足にさせてはいけないと彼女を呼び止めた。

 渋い表情を見せたのは含むところがあった、人探しが嫌ではないと言葉にしようとした。


「結論を出す前に俺の話を聞いてくれ……ると助かるが?」

「いいわ。聞いてあげる。でも、その話がいい加減だったら遠慮なく帰るわ」

「それで結構。では……」


 八神は頭の中で言葉を整理しながらゆっくりと口を開いた。

 渋い表情を見せてしまったのには幾つか理由がある、と。


 一つ目はどんな理由があったにせよ、なぜ警察に相談しなかったのか、だ。高校生が一番に行くのは地元の警察署の筈だろう。国の税金で運営されている警察であれば八神の様な私立探偵のように依頼料がかかることは無い。それに、百パーセントではないにしても秘密順守。それに、人員不足もある程度は地域の連携でカバーできる。

 だから、何らかの理由があって八神のところへ足を向けたのではないかと考えたのだ。


 二つ目は依頼料の事だ。

 目の前に座る明音は彼女自身が口にした様に高校生だ。身長も百六十センチ程と街中で遊びまわってても誰も気に留めないだろう。そんな彼女が人探しの依頼料を払えるとも思えない。

 相場としては一日に十万円掛かっても不思議ではない。

 夜の商売に手を出しているとも見えないし、莫大な遺産を受け継いだとも、そして、どこかの社長令嬢である訳もないだろう。


 そして三つ目はなぜ八神のところへ来たのかだ。

 警察に相談しなかった理由があり依頼料が払えるとしても、明音の近所の探偵に駆けこまなかったのか不思議でならない。

 評判でいえば八神は探偵というよりも《・》迷探偵と呼ばれてもおかしくはない。確かに人探しも請け負っているが、もっとくだらない依頼が多いのが実状。何処で八神の噂を聞いてきたのか、気になるところだ。


 最後の四つ目は親に相談したのかである。

 二つ目の理由と被るが私立探偵に依頼するとなるとそれなりのお金が必要となる。明音の風体を見ても自由になるお金は多くないはずだ。むしろ高校生のバイト代など高が知れている。


「と、まぁ、ちょっと考えても四つほど考えられるかな?」

「……って、お前。それじゃぁ、”探偵みたい”じゃないか?」

「ん?普通だろ、こんな事。それに俺は探偵だぞ」


 八神は明音にざらっと説明したのだが、その説明を耳にした誰もが口を開けてぽかんとしてた。それに気が付いた八神が”あれ?何か間違ったか”と焦りを顔に浮かべて見せるのだが、いち早く立ち直った中村が表情を変えずに感想を漏らしていた。

 探偵に”探偵みたい”とは侮辱として捉えられても仕方がない。現に、中村には流暢に、そして、立て板に水の如く理由を話すところなど見たことがなかったのだから。


 三上もそうだ。

 探偵として適正もなく、仕事自体が趣味に近いと中村から聞かされていた。だから頭の回転が鈍く、足を使うしか能がないとしか考えていなかった。


 そして、中村が驚きを口にした今でも、明音はぽかんと口を開けていまだに放心状態から抜け出せていない。その彼女に皆が視線を集中させると、それに気が付いたらしくコホンとかわいらしい咳ばらいをして感想を漏らしてゆく。


「えっと、聞いてたのと違うんだけど?」

「ん?何がだ」

「こいつの噂よ」


 噂。

 明音はしっかりとした口調で”噂”と口にする。

 どんな噂が広がっているのか、八神は背筋が凍る思いがした。そして、全身に冷や汗を掻き、焦点は宙をさまよい心ここにあらず、そんな気持ちになった。

 しかし、その噂とは八神が考えていた事とは全く違い、杞憂であった。


「探偵とは思えないズボラで、いつも依頼を解決できなくて料金は取られないって噂よ」

「へっ?」


 八神が冷や汗を流していたのは昨夜の事が関係していた。その噂が流れてしまっているのかと脳裏に浮かんだからだ。

 昨夜の出来事に連なるのであればとてつもなく危険なことに首を突っ込んでしまうことになるのだが、そうではないと感じ思わず呆けるような声を漏らしてしまった。

 彼女の聞いた噂は八神が予想していたよりもよっぽど良かったと言っても過言ではない。


 しかし、間違いは訂正しなければならないのは確かだ。

 いつも未解決ばかりではない。解決させている方が多いのだ。

 いいところ、三割くらいが未解決である。

 それも、比較的難しい、人探しの依頼を、である。

 だが、それは完全な未解決ではないのだが、今は未解決にしておいた方が良さそうだとそこは口を噤むことにした。


 ただ、その一言で八神はここに来た理由を察した。

 親に相談できず、お金もそんなに持っていないと。

 だから、とりあえず話を聞こうと二つ目と四つ目の理由に目を瞑ることにした。


「いつもではないよ。未解決は三割くらいだぞ。そこんところ間違えないでほしいぞ」

「ふ~ん、三割が未解決ねぇ……。多いか少ないかわからないけど、ホームズやポワロの足元にも及ばないのは事実ね」

「こいつ……。初対面に失礼だなぁ……」


 明音は物語上の名探偵と比べてしまうのであるが、実際、そんな探偵がゴロゴロと在野に落ちている筈も無い。八神が口にした通り、物語の名探偵と比べるのは失礼にあたるとだろう。今は化学的な証拠に基づく捜査が一般的であるのだから。


「まぁ、いい。名探偵なんて存在しない。探偵業ってのは警察とは違う民間の調査会社って所だ」

「ふ~ん、そうなのね」

「……。で、誰を探して欲しいんだ?」


 探偵が良くわかっていなさそうな明音は生返事で答える。

 そのままでは話が進まないと八神は呆れた様に”本題は?”と、を進める。

 依頼料もある程度は説明したのだから、後は明音の判断に委ねる。


 そして、明音は勿体ぶったように探し人を口にした。


「妹よ。わたしの妹……」


 力強く口にした明音だったが、その表情は暗く沈んで行くのであった。

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