第3話 探偵の優雅な午後3 女の子の名前は……。
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「ったく、三上の野郎、いつまで油を売ってんだ!」
「誰かさんが目標だとか言ってたから、真似てるんじゃねぇか?」
泡の出る金色の飲み物が入った瓶を口から離しながら悪態をつく中村。なかなか帰ってこない部下の三上に向かっての言動なのだが、八神からしてみればそのまま言葉を出した張本人にブーメランのように返ってくるのだが、と言いたげに言葉を返した。
「あんだって~?」
当の中村はそれが自分に向けられた言葉だと判っているので鋭い視線を八神に向ける。尤も、狭い空間に二人しかいないのだから判らなければ鈍感過ぎると思うだろう。
そして、一触即発な空気の中、ガチャリと重い鉄扉を開く音が二人の耳に入り、一時休戦となるのであるが……。
「三上よぉ!遅いじゃねぇか……、ってなんだそりゃ?」
「中の字よ、なんだそりゃって、弱者誘拐だって見りゃわかるだろう?」
「
中村は”いつまで待たせるのか”と声を荒げようとしたが、彼が背負っている女の子に気づきキョトンとした表情を見せた。
そう、玄関ドアを開けて入ってきた三上はエントランスで出会った女の子をこのままでは拙いと背負って来たのである。本人に言わせれば保護したと口にするだろうが。
「警察官なのに年端も行かぬ女子高生に手を出すとは……。犯罪者かよ……」
「おめぇを見る目が無かったか……。オレもこんなのが部下とはヤキが回ったらしい」
八神と中村に辛辣な言葉を向けられ、”今日は仏滅か?”とカレンダーを確かめるが、それとは裏腹に書かれた文字は友引だった。こんな日に、こんな辛辣な言葉を向けられるなど、運が悪い……。いや、上司たる中村に嫌悪感を抱かれてしまった、三上はそう思うしかなかった。
だが……。
「はっはっは!これは傑作です。彼の顔を見ましたか?」
「くっくっく。ちげぇねぇ」
三上が今日は仏滅かと沈みに沈んだ心を表情に表すと、辛辣な言葉を向けていた八神と中村の両名が、手の平を返したように笑い声と共に茶化す言葉を向けてきた。まるで、息がぴったり合っているコンビのように。
「な、なんなんだよぉ!」
当然、三上は二人の言動に思考が追い付かず、声を張り上げる。
「いいか、三上。オレたちはお前がそんなことをするとは思っていない。だから警察官になったって知ってるって事だ」
「へっ?」
「つまりは
八神と中村の申告に鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした三上。玩具にされたなど、常識的に考えて口に出すはずも無い……、のだが、二人はあえてそれを口にした。
彼がどんな表情を見せるのか、行動を取るのか、興味があったからに過ぎないのであるが。
この場にいては三上に味方など居ない、茶化されてお終いである、誰もがそう思っていた。
が……。
「ちょっと、オジサン達、酷いじゃないの!」
そんな時である。
探偵事務所に甲高い声色で三上を味方する声が響いた。
その声色の主は、三上の背中に顔をうずめていた女の子だった。
八神と中村のオジサンコンビをキリリとした凛々しい表情で睨みつける。
ただ、凛々しい顔つきとは裏腹に三上に背負われて何とも恰好が付かないのであるが、それでも彼にとっては頼もしい味方である。
「オ、オジサンとはなぁ」
女の子から見れば十分、オジサンであろう。
剃り残しのある無精髭、ちょっと出てきたおなか回り、焼肉を食べて脂ぎった顔。そして、昼間っから
オジサンと言われるには証拠が揃いすぎていた。
だが、中村はそれを認めようとせず、怒気を露にしようとしたのだが、自分の年齢の半分も過ぎていない女の子にそれを向けるのはいかがなものかと頭を掻くしかできなかった。
「確かに、オジサンではないなぁ~」
その中村に味方するのはここの家主である八神。オジサンと言葉を向けられてあっさりと否定してみせたのだが……。
「だ、だろ!オレはオジサンでない!な、八神!」
「ああ。オジサンではない。
「ぷぷっ!」
漫才の如くの小ばかにしたようなやり取りに思わず吹き出してしまったのは三上に背負われている女の子。
何が可笑しいのかと問い詰めてやろうかと中村のコメカミに青筋が現れる。だが、うっかりとふっくらしてきたお腹回りに手をいつも添えているのを思い出し、舌打ちをしながら言い返せないと思い知るのであった。
「……。で、そいつは何なんだ?」
中村は三上の背中で笑い声を漏らしている女の子に指を向けて、眉間にしわを寄せ怪訝そうに疑問を口にする。初対面で笑われて無視しようかと考えたが、警官であると思い出しそれを止めた。
「ああ、こいつはこのアパートを見上げてたんで気になって職質したっす」
「こら!こいつって言うな。職質も違うだろうが!わたしには
三上は怒られてしまった。
耳元で怒鳴られキンキンする声に顔をゆがめる。
そして、”そんな元気なら降りてくれ”と背負っていたために前傾させていた姿勢をシャキッと伸ばして強引に明音を背中からずり下ろした。
「いったぁ~い!あんた、ホントに刑事さん?」
三上の背中からドスンと落とされお尻をしこたまぶつけたらしく、痛みを顔に出して三上を睨みつける。
「ったく、耳元でキンキン声を上げるのが悪いんだろうがっ!」
キンキンと耳鳴りをする耳を押さえながら三上はぼそりと告げる。
「そうそう、こいつ……じゃなかった、明音さんは八神さんに用があるらしいっすよ」
「俺に、か?」
「え、こいつが探偵なの?」
三上はまたキンキン声を上げられてしまわぬ様にと彼女の名前を言い直してから、ここに来るまでに得た彼女の目的を口にした。
明音の目的は八神と中村を唖然とさせるのは十分であった。
さらに八神の風貌から明音を失望させるも十分だった。
ここは、八神が主を務める探偵事務所ではあるが実のところ、殆どがくだらない依頼しか来ない。それは彼の主観ではあるが。
失踪した猫を探して欲しいという小さい女の子からの依頼。
主人が浮気しているかもしれないから調査して欲しいと駆け込んでくる厚化粧の主婦。
指輪を無くしてしまったから探して欲しい。その結果、顔に泥を塗りつけながら、どぶさらいをする羽目になる、などなど……。
探偵は探偵でも、迷探偵と呼ばれても違和感が無い依頼ばかりが舞い込んでくるのだ。
そんな生活できるほどの報酬を貰える筈もない依頼ばかりであるために、八神の恰好は最下層の生活をしていると見られても過言ではない。
だが、思い出してほしい。八神は訪ねてきた中村や三上に昼飯をご馳走している。
探偵業は彼の趣味であり、社会的な隠れ蓑として看板を掲げているにすぎない。
彼の本業は他にあるのだから。
だから、みすぼらしい恰好の八神を明音はジトっと疑うような視線を向けざるを得ないのだ。
「このアパート、じゃなかった、ビルの探偵と言えば俺しか居ないからな」
「こんなのが探偵?わたし、帰る」
考えていた探偵と正反対の風貌の八神に失望したのか明音は帰ると言い出した。
腰を抜かし、背負われ、そこから落とされ、そして、失望する。
今日は厄日だと溜息を吐きながらゆっくりと立ち上がり探偵事務所を後にしようと玄関に体を向ける明音。
「お嬢ちゃん、ちょっと待ちな」
帰ろうとする明音を止める声。
何を考えたのか、中村は明音を引き留めた。
「なに?わたし、こんな探偵に頼みたくないんだけど?」
「そう言いなさんなって。こう見えても役に立つと思うぜ。意外とな」
依頼人候補の明音に、”こんな探偵”と言われ八神はショックを受ける。
だが、彼に味方しようとする中村と言う援軍が現れる。しかも、一言余計な言葉を携えて、である。
「おいおい、”意外”とは一言余計だろうが」
「そうか?」
中村の一言に沈んでいた気持ちを浮かび上がらせる八神。
そして、その一言を浮かび上がらせた気持ちを乗せて否定するも、中村はするっと聞き流すのであった。
「ま、依頼料とかの前に相談してみたらどうだ?」
「ゴホンッ。俺は探偵だし、中村や三上は警官だ。口は固いことだけは保証するぜ」
「そ、そうね。でも、わたしがダメと思ったら、びた一文払わないからね」
八神は”とりあえず、それでいいよ”と諦めたように口にして明音にソファーをすすめる。当然のように中村と三上もソファーへと腰を下ろす。
三人がソファーに腰を下ろしたのを見た八神は、冷蔵庫に向かい中から飲み物を出し、それぞれの前に置いた。
中村と三上には缶コーヒー、明音にはジュースだ。
八神も自分の前に缶コーヒーを置く。だが、中村たちとは違う銘柄でちょっと値が張る。
「それじゃ、改めて。俺がこの探偵事務所の所長、八神真治だ」
「一応、自己紹介しておくか。オレは警部の中村鉄郎。こっちは知ってるかと思うがオレの部下、三上俊だ」
「うっす、よろしくっす。それにしても、八神さんって所長って肩書なんすね、一人なのに」
「ほっとけ!」
三者三様で自己紹介を行う。
当然、中村と三上は警察手帳を出して身分の証明もして見せた。それが功をそうしたのか、明音は少しだけ顔の緊張を解してみせる。
「明音。わたしは
自己紹介を終えると目の前の缶ジュースをプシュッと開けて一口、喉に流し込んだ。
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