第2話 探偵の優雅な午後2 制服を着た女の子
「ごっそさんで~す!」
香ばしい焼肉の香りが漂うどこぞのチェーン店から出てきた三人組。
そのうちの一人、チャラチャラとした格好をした一番の若手、三上が中年男性の八神に向かって若者らしく腰をちょっとだけ曲げてお礼を口にする。その恰好は人を小馬鹿にしたようであるが、本人はいたって真面目に感謝をしているのだが、他人の目からはそうは見えない。
中村ほどの付き合いは無いにしても、三上ともそこそこ顔を合わせているのでお礼を言えるだけマシと、八神は薄く笑みを浮かべて頷いて見せた。
その若者とは逆に老齢に片足を突っ込んでいるはずの中村はと言うと、歯と歯の間に肉が詰まっているのか爪楊枝を口に生やしながらお礼を口にする事もなく、手にした携帯端末で早速、話を始めた。ポケットの中でブルブルと震えていたから中村に電話が掛かってきていたのだろうが、所々に隠語が飛び交っい警察署からだとすぐにわかる。
「いいか、こんな奴みたいになるなよ」
「そうっすか?鉄さんが自分の目標なんですけど」
「仕事の目標は構わんが、態度がなぁ……」
離れた場所で通話を続ける中村をジトっと視線を向ける八神であった。
それからしばらく、八神と三上が話を続けていると通話が終わったのか中村が溜息をつきながら二人の傍へと向かってきた。
「また事件だとよ……。夕方に捜査会議だってぞ?」
「またっすか?昨日、事件が一つ片付いたばかりで明け方からさっきまで寝たばかりじゃないですか?」
「大丈夫だ、三上!事件の数だけ出世できると思え。事件は有難いものだぞ~」
「え~」
中村が溜息をついていたのは事件が発生したためではなく、その内容にあった。それは彼の口から語られることは無かったが、溜息からして厳しい事件であり、八神は自分にも関係があるとそれとなく察していた。
中村と三上は警察署では人員が少なく珍しい警視庁二十四区署特殊捜査課に所属している。その二人に呼び出しが掛かるのは非常に珍しい。普段であれば警察署で待機している者達が召集されるはずだからだ。
「ま、ちょっと休憩してから帰るとするか。もうちょっと付き合えよ、八神~!」
「今日はゆっくり寝てようかと思ったんだがなぁ。ビールは出さないぞ」
「はぁ?もう一本ぐらい、飲んだうちに入らんぞ」
実はこの中村、先ほどのチェーン店で仕事中にもかかわらず、すでにジョッキに一杯炭酸入りで黄金の飲み物を飲み干していたが、それは内緒である。
そして、八神の探偵事務所へと向かおうとしたところで三上だけは”ちょっとコンビニに寄るっす”と、別方向へと走ってゆくのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
八神と中村が、探偵事務所に到着したであろう時間からしばらくののちである。
歩いて数分のところにある某有名コンビニチェーンの袋をぶら下げて気怠そうに三上が探偵事務所へと足を向けている。気怠そうな表情からわかる通り、腹いっぱいになるまで焼肉を食べているのだから仕事などせず昼寝でもしたいと思っているのだ。
だから、口から出てくる言葉は”あ~、ねみぃ”となる訳である。
ちなみにだが、環境にやさしい植物由来の代替ビニールが発明されてから、昔の様にコンビニではビニールに商品が入れられ無料で配られるようになっている。
彼の言葉を誰に聞かれることもなく八神のアパート、--鉄筋構造の五階建てで頑丈に作られているのだからアパートと呼ぶには少し語弊があるのだが、八神も中村もアパートと呼ぶので三上も自然とそう呼んでいる--、のエントランスに到着しようとした三上の視界に、この場にふさわしくない人が入ってきた。
絶滅したと思われたセーラー服を身に着けた少女がエントランスからそのアパートを見上げていたのだから、否が応でも視界に入り、尚且つ、職業柄声をかけぬわけには行かない。
エントランスと言っても安アパートと呼ぶくらいなので猫の額ほどしか無いのであるが。
これも、警察官になった自分の責務と思い、三上は溜息を吐きながら少女へと近づきつつ声を掛ける。
「あの~、そこの女の子。ちょっといいかな?」
”ビクゥッ!”
人気のないエントランスで後ろから声をかけられれば少女でなくとも驚きのあまり口から心臓が飛び出てしまう程に驚くのは仕方のないことだろう。そう、少女は漫画に出てくるような驚き様を見せてしまった。しかも、急に声をかけられたものだから腰を抜かし地面に”ドスン”と女性らしからぬ音を出しながら尻もちをついてしまった。
「あ~、そんなに怖がんなくてもいいよ。ほれ。これでも一応警官だからよ~」
「ひぃ~」
三上が胸ポケットに手を持って行ったそのしぐさを見た女の子は、恐怖のあまり引きつった声を漏らしながら顔をそむける。三上はただ単に身分を証明する為の警察手帳を見せようとしただけなのだが。
さすがの三上も女の子の仕草にちょっとだけ心を痛めるのであった。
「う、うう。ヒドイ。警察手帳を見せようとしただけなのに……」
先入観とは非常なものであろう。
女の子は三上の恰好から暴行を受けてしまうのではないかと思ってしまった為に、彼を悪人と認定してしまったのだから。
だが、さすがの女の子も何もしてこない三上にほんの少しばかり余裕を持ってみることができるようになったのか、”警察手帳”と言う単語にそむけた顔を恐る恐る戻してみることにした。
「……あ、あぁ。ごめんなさい。てっきり襲われるかともって……」
「お兄さん、傷ついたよ……」
「急にうしろから声を掛けるのが悪いんですよ、プンプン」
警察官だと判ったとたん、手のひらを返したように女の子は年相応の反応を見せる。
いや、ちょっとばかり幼いと感じざるを得ないかもしれないが……。
そんな女の子を三上は空を見上げながら一度溜息を吐いてから再度話しかける。
「で、こんなところで何をしているのかな?今は学校の時間じゃないか?」
「う。そ、それは……。って、今日は日曜よ!」
「あれ、そうだったっけ?まぁ、いいや。こんなところに何の用」
三上達は遅い昼食を食べに行ったのは間違いない。
だが、それは世間一般から見て少しだけ遅い昼食であった。
その時間を学生に当てはめてみれば、昼食を終わって午後の授業が始まって二時間目の授業であったことは間違いない。だが、この日は休日で特殊な学校以外は休みであった。
休日が一定でない警察官になり、曜日感覚がマヒしていた為に三上は間違えてしまったのだろう。それに女の子が制服を着ていたことも曜日感覚を狂わせる原因の一つとも考えられる。それでも、お昼に出掛けていたのだから、何時もよりもファミリー層が多く見て取れたのだからそこで曜日感覚を修正するべきだった。
それはともかく、こんなところで女の子を一人残しては行けないと気を取り直して質問を口にする。ちゃらちゃらした見た目ではあるが、職業柄無視できずにいたのである。
しかし、女の子は三上の問い掛けを何やらぼやかした様にぼそぼそと何かを喋るに留まっていた。
「まぁ、いいや。とりあえず、君を逮捕……じゃなく、保護するから付いてきて」
「え?逮捕っ!!」
「しないから!。日曜日に制服着てるだけで逮捕なんか出来ないって。保護だ、保護」
どんな言い訳をしたとしても女の子にいらぬ誤解を与えてしまったのは三上の落ち度であった。仕方ないと左手で頭を掻きながら右手を女の子に差し出して、何となくではあるが紳士であろうと見せる。
そんな努力を見せた三上であったが、女の子はその手を取ろうとせず顔を赤らめながら顔を背ける。
不思議そうな顔をして三上が女の子の顔をまじまじと覗き込むと、怒鳴り付ける様に口を開けた。
「だからぁ!腰を抜かして立てないんだってば!」
「あ!」
三上の失態である。
頭を掻いていた左手は、そのまま下ろすことなく長い時間、頭に乗っていたのは言うまでも無いだろう。さらに、差し出した右手は誰の手を掴むことなく、プルプルと震えるしかなかった。
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