第一話
ニーイェット大陸南西対敵性巨大厄災生物第一防衛線
より三〇〇KM沖合上空。
「傾注」
上空三〇〇〇〇F。濃灰色の、二機の大陸間横断用中型貨物輸送機が夜明け前の空を飛ぶ。コンテナが機体前方に敷き詰められた貨物スペースの後部で、腰を掛けていた二十に満たない数の隊員が隊長の一声で一同に口の動きを止める。
作戦開始時刻まで四八時間を切っている中、指示が出るまで暇を持て余すこの時間が、彼等にとって数少ない、一息を入れる時間だ。
ただただ、機体の外壁のその向こうを覗くように沈黙を保っている者。
皴まみれになった、愛する妻と子の写真をまじまじと見ている者。
祈る者。
隣の隊員と雑談する者もいる。家族の現状や昨晩の日替わりレーションの中身はなんだったか、そんな他愛ない話だ。機内の重い空気を読んでいるわけではなく、度重なる戦闘で精神的疲労が回復しておらず、自然と声量は絞られたものとなってはいるが。
「たった今入った情報です」
ヘッドホンから言葉が響く。共通回線がオープンになり、各員は、目の前に立つ黒い有線ケーブルを曳いた女通信使に目線を向けた。
貨物スペースでは気圧調整が行われておらず、酸素マスクに口元を覆われているのは通信士も例外ではない。顔の全貌が窺えないが、険しい表情をしているのは部隊員全員が認知した。
「ニーイェット大陸南西で、目標〝アラハシュ〟の大型の個体が予定より早く出現。防衛線に進行中とのことです」
思わず口を開いてしまう隊員が複数。部隊内に伝播して、他の隊員も左右を見渡すなど、動揺を顕わにする隊員が少なからずいる。
この場にいる隊員の大半は正規兵ではなく、戦闘の長期化により招集された義勇兵が占めているせいか、このような場面で私語が飛び交うことが多いが、今日はそれが少ないようだ。
「通信士」数少ない正規軍出身の部隊長が、少し張りのある声を通信士に向ける。
「なんでしょう」
「予測出現時間は最短でも……」ちらりと、全環境対応腕時計を見ると、続ける。「あと四〇時間後だと聞いたんだが……。今入った情報は確かなのか?」
「はい」
躊躇いなく返答をした通信士は、手に携えたタブレット端末を操作しながら続けた。
「すでに第一波の地対地攻撃を慣行。したものの、目標未だ沈黙せず」
ホログラム映像が、部隊員に挟まれる形で投影される。ニーイェット大陸の立体映像が表示されると、数秒立たずに当該防衛拠点と目標までの地形図が拡大され、簡素化されたミサイル、砲弾が目標へ段階的に防衛拠点から発射される。
「空からの攻撃は?」
「対要塞用空対地貫通爆弾を使用。目標〝群〟は一時進行を停止し、程なくして進行再開。外傷は確認できたものの、移動速度からして致命傷ではないと推定」
「我々を覗いた、現状最も効果的な攻撃手段が効かないとは」
「待ってくれ」隊員の一人が、前者の言葉を遮るように言う。
「まるで複数いるような口調だが」
「はい。確認できるだけでも、数は九。全て大型種であり、それ以外は現状、センサー類は捉えておりません」
ホログラムには、扇状に展開する〝アラハシュ〟の群れが投影された。
「聞いてないぞ。これだけの数がどうして……」
「よくないですね」落着きを払った口調だが、言葉には緊張を隠せていない部隊長に続き、隣に座る若い副隊長が続ける。
「ここ半年で七日から十日の間隔で〝アラハシュ〟が現れるようになりました。こんなペース、十年前に誰が想像できたでしょうか。しかも今回は群れですよ。それも大型の」
「誰が群れの出現なんて想像できる」
「隊長であれば容易に想像できたのでは?」
手元のタブレットに表示された資料を睨みつけながら、副隊長は隊長を煽る。
「これより当機は進路を修正し、現地時間〇六三〇にポイント到達と同時に作戦を決行せよ。本部からの命令は以上です」
「……と、いうわけだ」
大きく、ため息をつく。
シートベルトをあらかじめ外していた隊長が立ち上がると、周囲を見渡す。
この部隊が発足された当初は、実験部隊という名目で設立された、外部に軍の技術力をアピールするだけの窓際的存在だった。
金食い虫だの浪漫しか頭にないだの、発足当初こそ世間からはひどい言われようだったが、十年前のアラハシュ出現を境に評価は一変し、最前線で怪獣に立ち向かう英雄にまで成り上がった。
英雄とはいい響きだが、その言葉をもってしても不釣り合いなほどに犠牲が後を絶たない。彼が指揮するこの部隊は最も犠牲が少ないとされているが、それでも隊員補充の頻度は多く、一年も経てば、彼の見知った顔はほとんどいなくなるのだ。
「現地到着まで一五分もない。総員、直ちに降下準備にかかれ」
了解、という掛け声を吐いた隊員の中に、震える者はいない。
どうせ長くないこの世界。死の覚悟はできている連中の集まり——第八〇一対アラハシュ独立遊撃部隊は任務になると面構えが違った。
一人、例外の新入りを除いて。
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