第2話

「並木さんち」2


 ミヒロの家は建売住宅の少し大きい感じであった。

 ただ…なにか悪いものが覆って居るように感じた。


 母親はカズキの右手に小さく六芒星を包丁で刻んできた。それを包帯で巻いて居る。


 インターホンを押すと同時に玄関が開いたー。

 カズキは驚いて後退った。

 玄関では笑っているのだが泣いているような笑顔の祖母が立っていた。

 直感で「この人だ!」と一目で解った。

 この白髪で穏やかそうな小さなお婆さんに何か物凄く強い念が取り憑いていると理解出来た。そして、その念がミヒロにも憑いているのである。

「あ…すみません。こんにちは、有元カズキです」

「貴女がカズキちゃんね…どうぞ、ミヒロは二階に居るからね」

「ありがとうございます…」

祖母が背を向けると背中に鬼の形相の男の顔が見えた。

 カズキは背筋が凍り付いて震えが止まらなくなってきた。


 ミヒロの部屋は殺伐としていて、何か渦巻いて居るような空気をしていた。

 部屋の中は流行り物がたくさんあり、サンリオグッズもたくさんあった。

「カズキちゃんありがとうね!」

「何?急に…」

「…初めて友達を呼んだの」

「そうなの?」

「うん…あのね…私ね…」

ミヒロは何かおもいなやんでるみたいだった。

「しばらく学校を休むことになったの…」

「え?なんで?」

「親と祖父母の勧めで…カウンセリング受けることになったの…」

「カウンセリング?」

「私ね…弟に比べると成績も悪いし…親が言うには私には悪魔が憑いていてそれを祓わないと家に不幸が起こるんだって…」

「それは…ちが!…ごめん!続けて」

「うん、私が高校に入るときも私立に落ちたり、お爺ちゃんが落選したり、お母さんが家出したりね…弟は私立行ってるけど…薬物に手を出したり…お父さんは役員会で退任させられたの……その原因が私にあるんだってさ…」

「…それは…」

「だから!最後にカズキちゃんに会いたかったの…」

「ミヒロ…」

「カズキと居ると自然な私を出せて、凄く気が落ち着いてたの…だから、最後に会いたかったの…」

その時に祖母がお茶を持ってきた。

「ミヒロさん!あまりそういう事は他人に言うんじゃありません!」

「ごめんなさい…」

「カズキさんも今ミヒロさんが言った事は他に言わないでね」

「……」

祖母の顔にある染みがウネウネと動いているのが見えた。

「…すいません…聞いてもいいですか?」

「なんですか?」

「…怨まれてませんか?」

「はい?」

「お婆さん…誰かに怨まれていませんか?」

「何を急に!失礼な!」

祖母は声を荒げて癇癪を起こした。

 目を見開いた祖母は「かえりなさい!子鬼!」と言って壁にギリギリと爪を立てていた。ミヒロは泣き出した。祖母の背中から黒いものが浮かび上がり笑っている。

「…きも!!」

カズキはミヒロの手を摑んで祖母を振り切り部屋を出た。

 廊下の壁は鍾乳洞のようにジメジメと油が滴り落ちている。

「きもい!!」

カズキは力強くミヒロの手を摑み直して階段を下りた。


 玄関のドアは開かない。


 二階から黒い何かが降りてくるー。


「ナギコ……に……よく……似てる……」

目の前に来た黒い何かが言った。

「貴方は?」

カズキは包帯を取り母親が付けた六芒星を向けながら聞いた。

「あの女は…私利私欲で…嘘に…塗れて…生きてきた…俺は…あの女を…信じて…全てを…捧げた」

古い数珠が弾け飛んだ。

「あの女は…解っている…だが…俺を…死に…追いやった」

ミヒロが足元から黒いものに包まれ始めた。

「あの女は…自我は…無い…あるのは…自己保守の…考え…周りのせいにして自分は悪くないと腐った自分に言い聞かせて他人を死に追いやる…そして、死に追いやった事を上辺で後悔する…それを優越にしているのだ…不幸のヒロインになることで周りの気を惹くのだ…それが、あの女の幸福なのだ…だから、俺はあの女の全てを怨むのだ…この並木家を不幸に包むのだ…それがあの女への愛だから…」

「貴方はそれで良いの?」

カズキはミヒロを力強く抱き締めながら言った。

「……」

「これが貴方の求めた幸せなの?」

「……」


 黒い何かの中に微かなモノが見えた。

 それは、大人が二人、子供が二人…大人の間に子供が二人、青空で笑ってる。


つづく

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