並木さんち
門前払 勝無
第1話
「並木さんち」
ミヒロの家は良いよねぇー。
109の隣にあるクレープ屋さんでカズキとミヒロはクレープを買っている。今日は平日だから人通りは少ない。
カズキががま口財布を覗き込みながら言った。
「なんでよ」
ミヒロはチョコバナナクレープを食べながら言った。
歩道橋から見える明治神宮は秋模様ー。
ミヒロは高校教師のお母さんと歯科医のお父さん、私立中学の弟、お祖父さんは元都議会議員ー。ミヒロは公立高校だけど東大を内定している。絵に描いたような安定の家庭構図である。所謂“普通”と言う奴である。
一方のカズキは片親で幼いときから母親と二人で暮らしている。母親は小さなスナックを経営している。カズキとミヒロの二人は仲良しで無い物をお互いに持っている。
今日は平日だがミヒロが学校へ行きたくないと言うのでカズキの家で私服に着替えて原宿へ遊びに来た。カズキは母親から遊んでおいでと三千円貰って家を出たがミヒロは毎月五万円のお小遣いを貰っている。カズキの母親は放任主義だがカズキとは小学四年生位から何でも話し合える関係である。ミヒロは高校三年生の今でも子供扱いをされている。服も自由に選べない門限は通常は五時で習い事がある時は終わり次第家に必ず連絡をしなくてはいけないのである。
二人は育ってきた環境が違うことを互いに羨ましく思い価値観の違いを楽しんでいた。
そんな二人だがカズキにはミヒロにも言っていない秘密がある。それは母親もカズキも幽霊を見ることが出来るのである。小学四年生の時からカズキは霊が見えるようになった。その時から母親と誰にも言わない秘密になったのである。
初めてミヒロがカズキの家に遊びに来た時であった。
カズキの母親の店でカラオケを楽しみながらジュースで楽しんだ。
その晩ー。
母親は「貴女、ミヒロちゃんに憑いてる者が見えてる?」と聞いてきた。
「なんとなく良くないのが見えてるよ」
「何か解る?」
「解らない」
「あれはかなり危ないよ」
「うん…」
「私は無理よ…私の力じゃ助けられない」
「どうしたらいいだろ?」
「お婆ちゃんも亡くなってるから…考えてみるね!貴女が抑えてるみたいだからミヒロちゃんから離れちゃダメよ!」
母親はそう言って、なるべくミヒロを色々な所へ連れて行きミヒロの心を穏やかにしておくように言われている。呪いや怨念の類は人為的なモノから始まるものだから他人との温もりや孤独を取り除くことで多少弱めることが出来るのだという。孤独や固執、執着が念を増幅させてしまう事があるのである。
母親はある程度の悪いものを祓う力があってスナックに飲みに来てくれる常連客達を自然と除霊して助けているのである。
霊を信じない人もたくさん居るから不自然にならない程度に成仏できていない霊を霊界へ送ってあげているのである。チェイサーに柊の葉を浮かべたり、レモンサワーに岩塩を少し入れたりタンバリンの裏側に数珠をぶら下げていたり客の背中を摩りながら叩いたりと、気づかれないように除霊している。
母親が言うには、ミヒロに憑いてるものはミヒロの祖父母のどちらかが原因であるという。
その祖父母のどちらかが相当な怨みをもたれていて、その怨みがミヒロに憑いているというのである。
それを守れるのがカズキであるとも言った。
カズキがミヒロを護っていると言うのである。
その日は、生暖か風が緩やかに吹く日であったー。
ミヒロがどこか暗い表情で、でも笑顔でカズキを家に招いた。
カズキは一度家に帰ってからミヒロの家に向かうことにした。
一階がスナックで二階が住居、玄関は開けっぱなしで野良猫のクロが台所で猫缶を食べていた。
奥の部屋で大の字で寝ている母親…。
「ただいま!今からミヒロの家に行ってくるね!なんかあったらどうしよう?少しだけ不安だよ」
イビキをかいていた母親は飛び起きた。
「なんて?」
「ミヒロの家に行ってくるよ」
「ちょっと待ってね!」
母親はボサボサの髪を描き上げながら押入を漁り始めた。
「あった!」
母親は古びた数珠をカズキに渡した。
「絶対に離しちゃダメよ!」
「……解った。でもなんで?」
「ミヒロちゃんの家には祖父母もいるでしょ?」
「お婆ちゃんが居るよって言ってたよ」
「あぁ…それじゃ弱いかも…」
と、言って母親は台所から包丁を持ち出した。
「何するの!」
「少し痛いけど我慢して!貴女とミヒロちゃんを護るためだから!そう言って右手を出すように言ってきた」
「まさか切るの?」
「うん…でも、ごめん…」
カズキは覚悟したように右手を出した。
つづく
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