第43話 親ガチャ

 飲んだくれの父親と買い物依存症の母親─ こんな両親の元に生まれた私は、生きている価値のない人間だとずっと思っていた。

 年がら年中ふたりは罵りあっている。

「こんなに飲み代がかかって、家にろくにお金も入れんで」

「お前こそ見栄ばかり張ってチャラチャラした服やら光り物を買いやがって。豚に真珠とはこのことじゃ」

 中学生の私は、お金のことでいがみ合う両親のいる家に帰りたくなくて、夜の町をほっつき歩いた。

 そこで知り合った似たような境遇の子と、コンビニの前でたむろし、意味のない言葉のやり取りをして、面白くもない冗談にえへえへと笑いあって、ますます生きているのが嫌になっていた。


 そんな私が年に2回夏休みと冬休みに、親に命じられて出かける場所があった。

 バスに揺られて3時間ほど、県境をまたいだ県庁所在地にある叔父の病院だ。

 病院全体が一棟のビルで最上階が叔父一家の住居となっている。

 父の弟である叔父はいつも、私のことを汚いものでも見るような目で見たが、従姉妹たちや彼女たちの母親である叔母は、

「よういらっしゃいました。さあ、一緒にご飯食べましょう」

と私の手を引くようにして、窓全体が大きなガラス張りになっているダイニングルームに連れて行ってくれるのだ。

 私は母が用意した一張羅を着ているが、従姉妹たちが着ている高級なブランドの服とは比べ物にならない。

 彼女たちの部屋は、おとぎ話のお姫様が住むお城のようだった。


 ここで一週間過ごしている間は、私は別の人間に生まれ変わっている。

 従姉妹たちと暮らしてみて、わかることもたくさんあるのだ。従姉妹の上の子の名前は瑠美、下の子は亜由美。瑠美は六年生で亜由美は四年生。二人ともエスカレーター式に中学、高校と進学できる国立の小学校に通っているが、それぞれの家庭教師が毎日のように訪れて、少なくとも3時間は部屋に缶詰め状態になる。私はと言えばその間、暢気にテレビを見たり、お手伝いさんたちと話をしたりと、自由気ままに過ごしているのだ。


 私が高校生になると、もう従姉妹たちに会いに行く習慣は無くなり、代わりに叔母から段ボール一箱分くらいの私のための洋服やバッグなどのプレゼントが届けられるようになった。

 高校を卒業した私は建設会社の事務員として働くようになり、そこで出会った青年と結婚し、平凡な主婦になった。


 叔父に似て少し気難しいところもあるが、成績が抜群に良かった瑠美は、私立の大学の医学部を卒業して医者になり、医者の養子を迎えて病院の跡をついだ。

 一方、亜由美は高校生のころひどい過ちを起こしてしまった。家を飛び出して裏社会の人間になってしまったのである。

 ただそんな亜由美も結局は、最終的には医者になる道を選んだ。

 きっかけは大きな事故にあったことだった。亜由美は奇跡的に一命をとりとめ、その日を境に親元に帰って行った。救急搬送された亜由美の命を救ったのは叔父だったのだ。


 子どもは親を選べない。親もまた子どもを選べない。平凡な主婦になった私は、あんな親でも私にはちょうど良かったのだと思えるようになっている。

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