第38話 ジャスト イン タイム

 どう考えても若気の至りだった。

アメリカに住み始めたとき、カレッジのアカデミックスキルと言う訳のわからないコースを取った。

 宿題の量が半端なくて、家を出るぎりぎりまで泣きそうになりながらレポートを書いていた。

 始業時刻と同時に教室に滑り込むと、初老の巻き毛の教授がにやっと笑って「ジャスト イン タイム」と言うのだ。


 思えば小さいときから、何をするにもぎりぎりにならなければエンジンがかからなかった。

 低血圧のせいか、特に朝はボーッとしていてすぐにはベッドから起きられない。

 結婚して主婦になってからも、朝は苦手だった。夫や子供たちのお弁当作りも、家を出る直前に何とか間に合うのが常だった。

 しかし、子供たちが成長するにつれ、

「お母さん、学校での集団生活は何でも5分前行動が当たり前よ。お弁当もそうだけど、参観日や懇談会でもぎりぎりに来るのはやめて」

と窘められるようになった。

 そのようにして40歳を過ぎてやっと、5分前行動ができるようになり、50歳を過ぎるとさらに慎重になり10分前行動を心がけるようになった。

 ところがその事を大阪の八十を過ぎた伯母に話すと、

「おばちゃんはな、旅行に行くときでも駅に30分前には着くように行くんやわ」

 と、言われ脱帽する他なかった。

 その伯母が、4年前に脳梗塞で寝たきりになった。私がお見舞いに行くと、体は不自由でも周囲の人たちを笑わせる。さすが大阪人と思わせる気丈な伯母だった。

 3年前の10月、東京に所用で出かけていた私は、最終の新幹線で広島に帰ろうとしていた。

 新大阪に到着したとき、一瞬伯母の病院に立ち寄りたい気がした。

 でも、そうするとその日のうちには広島に帰れない。

 9月にお見舞いに行ったばかりだし、2週間後にもう一度東京に行く予定があったので、その時に大阪に寄ろうと考えたのだ。


 果たしてその翌朝、私は従妹からの電話で伯母の訃報を知った。

 急ぎ大阪行きの新幹線に乗った。

前の晩、新大阪で降りてそのまま病院に行っていたら、ジャスト イン タイムで、伯母の死に目にも会えたのかも知れなかった。

 もうすぐ伯母の命日がやって来る。

 


 

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