第33話 狂い咲き
難病の友人に会いに行った。
少し年上の友人である民代さんは、先月五十に手が届いたが、童顔なので四十そこそこに見える。
夫の健吾さんは、庭で植木の手入れをしていた。
民代さんは私が結婚してこの土地に来たとき、初めてできた友人だ。
ごみの出し方一つわからなかった私に、彼女はお好み焼きを食べに行こうと誘ってくれたり、馴れない町内会の行事に参加するのにも、本当の姉のように付き添ってくれた。
人見知りの激しい私が、昔ながらの住民同士の意識が強いこの土地に何とか馴染むことができたのは、彼女のお陰としか言いようがない。
民代さんが孤発性の多系統萎縮症と診断されたのは3年前だった。コロナが始まるのと時を同じくして、急速に病状が進み今はベッドに寝たきりである。
「コロナに罹って死にたいの」
昨年そう洩らしていた民代さんだったが、ワクチン接種が始まると、ちゃんと2回の接種も済ませた。
マスクをしているので、酸素吸入の透明の管も見えない。思うように口が開かなくなったせいで口数は減ってきているが、私の冗談にも声をあげて笑ってくれる。
「信じられんな。椿が一輪だけ咲いとる」
民代さんの夫が、庭からすっとんきょうな声をあげた。
「見に行ってみようか」
私の誘いに民代さんが微かに頷く。
健吾さんが慣れた手つきで民代さんを車椅子に移乗させ、車椅子の背のポケットに入れた携帯用の酸素ボンベに管を繋ぎ直した。レンタルのスロープを使って玄関から庭に出ると、木々の葉を通過した秋の光に包まれる。
椿の木の繁った葉に隠れるように、ひっそりと紅色の花が咲いていた。
「この花みたいに散りたい。ポトンとある日花ごと落ちて」
民代さんの言葉に、私は苦い唾をごくりと飲み込む。急に強くなった風が椿の花を揺らす。
健吾さんが風を遮るように風上に立つ。それでも風は容赦なく吹き付ける。震えるように咲く椿の花は、民代さんそのものだ。
咲いたら散ると言う運命を私は忘れていたけれど、民代さんはその先にある散ると言うことをいつも思っているのだ。いかに散っていけるかを。
「人工呼吸器も人工栄養も要らない。自然になるように死んでゆくのでいいの」
独り言のように語り続ける民代さんの声を風の中に聞いていたその時、葉陰にもう一つ小指の先ほどの花の蕾を見つけた。
「一つ散ってもきっとまた次々と咲くよ、この木には。健吾さんがこんなに大事に育ててるんだもの」
そう言いながら私は、これからのふたりの歩む道のりを思い、小さな椿の蕾を見つめた。
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