第20話 緑の窓口の美女

 9月30日で在来線の回数券の発売を終了すると朝の地方ニュースで聞いて、最寄り駅に慌てて買いに行くと、日中の時間帯にも関わらず窓口が閉まっていた。

 よく見ると閉まった窓口に、

『駅員にご用の方は、発券機横にある緑の窓口ボタンを押してください』とある。

 こう言うのは苦手だなと内心不服に思いながら、四角い緑色のボタンを押すと、

「どう言ったご用件でしょうか?」 と、インターホン越しに若い女性の声がした。

「回数券を買いたいのですが」

と答えると、

「広島駅緑の窓口におつなぎします」と反応があり、天井に近い画面が波打って、女性の顔が現れた。しかも北川景子似のたいそうな美人だ。

「今日でこの区間は、回数券が買えなくなるんですよね?」

ちょっと上ずった声で僕は尋ねた。

 女性は美しい眉をひそめて、

「そうなんですよ。イコカに移行するものですから、ご迷惑をおかけします」

と、少し暗い声で答えた。

 僕は30歳そこそこだけれども、極端なアナログ人間で、スマホもパソコンもほとんど縁がない。友人たちからは変わり者とのレッテルを貼られている。

 ただ、僕がデジタル音痴なせいで、画面の中の北川景子を悲しませてしまったのではないか、と言う気がして、申し訳ない気持ちになっていた。

 スマホもパソコンも使わないですむ仕事しかできない僕は、ろくろを回して陶器を作る陶芸作家を目指していたが、それだけではとても食べていけないので、週一回早朝に宅配センターの仕分けの短期バイトをすることにしたのだ。その仕事先に提出する交通費の領収書が必要だった。

「領収書が必要なんです」

 そう言うと、北川景子は軽く頷いて、何か機械の操作をした。

「かしこまりました。○○駅から✕✕駅までの回数券と、その領収書ですね。では、表示された金額をお支払いください」

 僕がお札を投入して、お釣りボタンを押すと、回数券11枚と領収書が束になって、機械から吐き出された。

「他にご用件はございませんか?」

北川景子に問われて、僕は何だか名残惜しい気がしながら、

「無いです。お陰さまで助かりました。ありがとうございました」

と、天井方向の画面に向かって答えた。

「ご購入ありがとうございました。失礼いたします」

 北川景子は、にこやかに微笑むと、画面から消えてしまった。

 しばらく駅でぼうっとしていた僕は、思い立ってその足で携帯ショップに行き、スマホを購入した。

 その後週に一度宅配センターに通うようになり、回数券は1ヶ月で使いきったので、イコカを購入するために、広島駅の緑の窓口に出向いた。

 窓口で対応してくれた太った中年の女性に、

「9月30日にオンライン緑の窓口で対応してくれた女性に、お礼を言いたいのですが」

と、勇気を振り絞って言ってみた。

 すると、女性は、

「確かに広島駅の緑の窓口でしたでしょうか?ここには、この何年も女性職員は私の他にはおりませんが」

と、僕の顔を怪訝な表情で見た。

 僕はひどく落胆し、購入したイコカを眺めてやりきれない気持ちになっていた。

 でも、とにもかくにも、僕は彼女のお陰で三十歳にして、スマホデビューを果たした。そして、友人たちとラインもするようになり、スマホ決済も普通にするようになった。

 しかし、スマホで[緑の窓口 北川景子]と何度ググってもやはり、彼女にはあれ以来会えないでいる。

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