第19話 泥に埋もれた町から僕が奪い去ったもの

春の野原であの日

もう少し遊びたいと言った君の手を

僕は振りほどいた

それから君に会えないまま

季節だけが過ぎてしまった


だけど

僕はしょっちゅう夢を見た

草いきれのする原っぱで

君とふざけあい

笑いあっている夢だった

いつも思っていた

君が僕の本当の弟だったら

よかったのにと


長く雨が降り続いた夏の夜

山に近い君の家は 土石流に呑まれた

新聞で君の名前を見つけたとき

僕は光のない世界に突き落とされた

そして

君の肺を満たした泥に

復讐をしようと誓ったんだ


重い足取りで君の町に向かい

尖ったシャベルを天に振りかざし

力いっぱい地の泥に突き立てた

でも

あの日君の手を振りほどいたこの手で

いくら泥を掘っても

何一つ変えることはできなかった


黒い雲のような

どうしようもない絶望が

覆い尽くしているこの町に

いつか

光溢れる夜明けが訪れ

何かが変わる瞬間があるとしたなら

そこに居合わせることで僕も

わずかな光のかけらを

奪い取ることができるだろうか


けれど

朝焼けの空に

町が美しく浮かび上がる日が

来たとしても

君は戻っては来ないんだ


それでも

僕は 君と過ごしたあの春の日を

掘り当てるまで ずっと

ここで泥を掘り続ける


もし

もう一度君と手をつなげるとしたなら

この町が泥に埋もれる前に

君を連れて逃げてあげるのに


そうして

僕が集めた光のかけらを

君のポケットにいっぱい詰め込んで

いつまでも

君といっしょに遊んでいたいんだ

 

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