第14話 花嫁姿のままで

 ひ孫が誕生したので、施設に入所している妻にも見せに行った。


 妻は私が、ばあさんや、と呼び掛けても絶対に返事をしないので、

「トミ子さん、来ましたよ」

と、声をかける。

 ばあさんは、私のことを夫でなく、遠縁のおじいさんだと思っているようなのだ。


「トミ子さん、赤ちゃんが生まれたのよ」

 孫娘のゆかりが腰を屈めて、生まれて1週間ほどの我が子を差し出して見せた。

 すると妻は、


「まあ、トオルちゃん、ねんねしてるのね。トオルちゃんは、よくねんねして偉いわね」

 と、私たち夫婦の息子の名前を連呼しながら、目を細めた。


「そうね。トオルも生まれたことだし、落ち着いたら延び延びになってたあなたとの結婚式を挙げましょうか?」

 そう言ってばあさんが、伏し目がちに向けた視線の先には、孫娘の夫となったノボル君が立っていた。


 私とゆかりに目で促されたノボル君は、たじろぎながらも、

「そうですね。トミ子さんの花嫁姿綺麗だろうな」

 と、とりあえず口裏を合わせてくれる。


 車椅子に座る妻に抱かれたひ孫は、抱かれ方の不安定さに小さな口を歪めたかと思うと、ホンギャー、ホンギャーと泣き始めた。


 慌てたゆかりが、自分の腕に取り戻そうとしたが、妻は意地でも渡そうとしない。

「これは、きっとおっぱいを欲しがってる泣き方よ」

 そう言って、自分のセーターをたくしあげようとするが、枯れ枝のような腕にはその力が加わらない。

 見守っていると、薄いセーターの胸が、みるみる乳汁のようなもので濡れていくではないか。


 それを見つめる私の目にも、熱い乳汁のようなものが次から次へと溢れ出ていた。

 思えば終戦間もない時に結婚した私たちは、結婚式はおろか、その日その日を暮らしていくのが精一杯だった。


 最初の子であったトオルが生まれても、栄養状態の良くなかったトミ子は母乳が出ず、重湯を炊いてそれをさらに薄くのばしたものを、母乳代わりに与えていたのだ。


 苦労をかけてすまなかった。

私は心の底から妻に詫びた。


 突然、トミ子の意識が失くなったと、施設から連絡が入ったのは、その夜遅くであった。

急ぎ駆け付けたが、もう既にこの世の者ではなくなっていた。


 湯灌を終えた後に、何を着せようかと言うことになり、ゆかりが白いドレスを差し出した。

 気に入っていたが、妊娠出産を経てサイズが合わなくなったのだそうだ。


 白いドレスを着て、白い花の冠を被り、死出の旅支度を整えたトミ子は、棺の中で色とりどりの花に埋もれていた。死に化粧を施された顔には、幸せな花嫁の笑みを浮かべていた。

 そして重い扉の向こうに消えて行った。




 

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