第17話 秋の始まりはミステリードラマのように
まだ暑さの残る10月初頭の昼下がりのことだった。
新卒2年目、駆け出しの新聞記者だった私は、その日汗だくで、取材先のビルに飛び込んだ。
午前中の取材が押して、昼食を取る暇もなかったが、空腹感はなかった。それを感じないほど、心も体も疲弊していた。どんなに頑張っても納得のいく原稿が書けず、チーフに直されてばかりの自分に限界を感じていたのだ。
新交通システム会社の社長室は、その都心のビルの8階にあった。1階の受付で身分証を見せると、すぐに女性秘書が現れ部屋まで案内してくれた。
8階のフロア全体に、赤いふわふわの絨毯が敷き詰められていて、足元の頼りない感覚に嫌でも緊張が増していった。
社長室のドアを開けてついたての向こう側に行くと、さらに左の部屋に繋がるドアがあり、そのドアから中に入ると、接待用のソファのセットがあった。
秘書にここでお待ちくださいと言われて、沈み込むようなソファに腰掛けると、溜まっていた疲労感が一気に襲ってきて頭がふらふらし、何だか夢の中にいるような気がした。
気がつくと、淡いグレーのスーツ姿のその人が目の前にいた。私は慌てて立ち上がり、名刺を差し出した。
オールバックの銀髪に黒縁の眼鏡をかけたその人物は、4年前に亡くなった祖父と同じくらいの年格好に見えた。
バッグの中から取り出した資料には、確かに76歳とある。川田宗太郎氏 JR西日本出身で、市が肝煎りのこの新交通システムの舵取りを任された人物だ。
JRと言えば、祖父も国鉄の時代からの職員で、最終的には四国の中枢の市の駅長を定年まで務めた。
「経歴を拝見したのですが、私の亡くなった祖父もJRに務めていました」
話の皮切りに祖父のことを持ち出してみると、祖父の名前を尋ねられので、
「高旗徹です」
と答えると、氏の瞳の色が変わった。
「そりゃ、私の義理の兄貴や」
と声が裏返った。
こんな奇跡に遭遇するのは、夜空に輝く星の1つを発見するくらい天文学的な数字の確率であるかも知れない。
祖父の年の離れた妹は、結婚してまもなく病没したので、私は会ったこともないが話には聞いていた。ただ、その後その夫だった人のことについては、何も耳にしたことがなかったのだ。
昔のことだからその結婚自体もなかったこととなり、縁もゆかりも無くなったのかもしれなかった。
でも、私の目の前にいるその人は、確かに私の祖父のことを義理の兄であると言った。
それから、年賀状をやり取りするくらいだけのおつきあいだが、川田氏との不思議な縁が繋がっていた。
ただ、私はその後結婚して、アメリカに駐在することになった夫に随行したので、川田氏との細い糸のような繋がりも途絶えてしまった。
川田氏の訃報を知ったのは、ロスで購読していた日系の経済新聞の記事でだった。
新交通システムは、その半年前の春にモノレールの橋桁が落下して、作業員や一般の人が亡くなると言う悲惨な事故がおこり、事後処理を行った川田氏は体調を崩して入院していたのだが、そのまま帰らぬ人となったと小さな記事は伝えていた。
ほどけていた糸が繋がり、またプツンと切れてしまった。
奇しくも、それも秋の始まりのことであった。
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