第13話 捨てられたあたし

 あたしが宇田家にやって来たのは、あたしが生まれて半月後の2月29日だった。


 何でも3月になると、あたしの値段が一万円以上高くなると、あたしを売り急いだホームセンターの店員が言ったのだ。

「ママ この子がいい」

って、あたしを気に入ったのが、宇田家の6歳の女の子、ルリちゃんだった。


あたしはネザーランドドアーフと言う種類のウサギで、宇田家にはルリちゃんの2つ年上の男の子、あっ君がいて、4匹のミドリガメを飼っていた。


ホームセンターの店員は、かなりテキトーだったので、あたしは女の子として売られていて、宇田家での名前はミーコと名付けられたのだけど、


「ママー、この子、タマタマがついてる!」

と、ある日突然ルリちゃんが叫んだ。

あたしはどうも男の子であるらしかったけど、あたしはもう女の子としての覚悟ができてたし、今さら男の子として生きようとも思わなかった。


「ま、今さらだし、ミーコのままでいいじゃないか」

と、ことなかれ主義のパパが言ってくれて、名前を変えられずにすんだので、ちょっとホッとした。


 あたしが宇田家に来てちょうど1ヶ月ぐらい経った、ポカポカ陽気の3月のある日、あっ君が冬眠から目覚めたカメたちを、家の前の道路で甲羅干しさせていた。


「そうだ。ミーコと、カメたちを競争させてみようよ」

と、カメたちが目覚めて興奮気味のあっ君が言った。

「いいよ。ウサギとカメのお話では、途中でお昼寝したウサギが負けて、とろとろしてたカメが勝ったんだろうけど、ミーコはお昼寝なんてしないからね」

そう言ってルリちゃんは、あたしをいつものようにぎゅーっと抱きしめ、

「ほら、こっから行くんだよ」

と、アスファルト道路にチョークでラインをひいたところにあたしを着地させた。


「よーい、ドン」って、あっ君の合図の声で、ルリちゃんがあたしの背中を押さえていた手を離した。

 仕方なくのそのそ30センチくらい進んでから振り向くと、4匹のカメたちは、1匹として前に一歩も出ていなかった。

 あたしは戦意を喪失した。バカらしくてこんなことやってらんない。


 せっかく道路まで出たのだから、この際この辺りを走り回って来ようかな、とつい出来心がわいちゃって。

と言うのも、お向かいの諫早さんがあっ君やルリちゃんの声を聞き付けて、姿を現したからだ。このじーさんときたら、あたしを見かけるたびに、

「うまそうなウサギじゃな」

って洒落にもならないブラックジョークを口にするのだ。


 あたしは一目散に駆け出して、くるりと角を曲がって、団地の町内会長さんのおうちを目指した。元中学校の校長をしていたと言う町内会長さんは、恰幅のいい紳士で、その奥さんも上品で控えめな人だった。何よりこの夫婦は、あたしを見かけるたびに、

「なんてかわいいうさちゃん!」

って大げさにほめてくれるのだ。


 町内会長さんのおうちは、立派な和風の邸宅で、どこもきちんと戸締まりがしてあったけど、裏庭に回ると、都合良く奥さんが洗濯物を取り込みに出て来たので、その隙に開いた勝手口からおうちの中に忍び込んだ。


 いい匂いのする部屋の中で、町内会長さんがドレッサーの前に座っていた。ちょっと普段と違うなと思ったのは、セーラー服姿だったからだ。しかも馴れた手付きで、顔にファンデーションを塗り、睫毛にカーラーをあて、マスカラまで塗っちゃってる。


 見てはいけないものを見てしまったと思って、後退りしていると、洗濯物を抱えた奥さんが入ってきて…。


 「ああ、どうなるんだろうっ」

 て事の成り行きを物陰から見ていると…。

「おいおい、時間かかるな。まだ化粧終わんねえのか」

って言ったのは、町内会長じゃなくて、奥さんの方で、見るとエプロンを取り、ブラウスも脱いだ奥さんは、胸に晒を巻いていて、肩から背中にかけて緋牡丹と龍の刺青がしてあるじゃない。

 あたしはもう、驚いたの何の、秒で人間不審に陥ってしまって、おうちから飛び出したの。

 そして空き地の草を食べ、夜は空き家の空っぽの犬小屋みたいなところに潜み、3日間くらい過ごしたかしら。


「お腹も空いてるし、そろそろ帰った方がいいかな」

なんて思ったりもして、日が暮れるのを待って、宇田家に向かったの。

 宇田家に向かう道の途中、あのじーさんの住む諫早家の様子をうかがうと、何と玄関前に固形のラビットフードが入った陶磁器のお皿が置かれてたのには、ちょっとうるうるしたわ。

 遠慮なく頂いてから、宇田家の敷地に入り、エアコンの室外機の上に飛び乗って、中の様子を伺うと…。


 あたしはショックでのけぞり、地面に落ちそうになったわ。

 ルリちゃんたら、別のウサギを抱いて、私にしてたようにほっぺたすりすりしてるんだもの。


もうこの家に私の居場所はないと悟った私は、とぼとぼとあてもなく歩き始めたの。

 そうしたらね、どこかで見たことのあるあの人とばったりと出くわしたの。


 カンカン帽を斜めにかぶり、ジャケットを肩にかけてるあの人、確か寅さんとか言うけっこう訳ありの人ね。


「おう、ウサギちゃん、迷子になったのかい?

旅は道連れって言うからね。

ついて来な。何かうまいもん食わせてやろう。」


って声をかけられ、人間不審になってたあたしも、この人なら信用できるんじゃないかなって、ウサギの直感で、付いてくことにしたわ。何代目のマドンナになるのかしら、なんて考えながらね。






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